第8話
確かに、
強化された彼女達の攻撃を二・三回受けたとしても、メリーは止まらなかったかも知れない。
だが、
あくまでもメリーが考えたのは「攻撃」である。
メリーはよけることも防御することも考えない。
そしてその躊躇いの無さが、驚異的なスピードを生み出すのである。
メリーは正面の壁に向かって突進、
そして重力を無視するかのように壁を駆け上り・・・
さらには天井さえにもそのか細い足を到達させる・・・!
そのメリーの稲妻のようなスピードと、
彼女達の予想と想定を裏切った動きは、
彼女達ホーリークルセイダーの視界から、
完全にメリーの姿を消失させてしまった!
二人の剣が虚しく空を斬る・・・、
ほんの一瞬メリーの姿を見失ったことにより、
次への動作が遅れてしまう・・・。
そ の 隙 を 狩 る 者 は 見 逃 さ な い !
メリーが天井に足を触れたのは、
ほんの一瞬だった・・・。
その一瞬に足首をバネのように伸縮させ、
更なるスピードで眼下の獲物に襲い掛かる!
視界の外から高速の速さで振り下ろされる鎌を防ぐすべは無い。
信じられないスピードで落下してきたにも関わらず、
メリーは、音も無く、
フワッ、
と着地した・・・。
・・・ホーリークルセイダー、
紅かすみの顔が白目をむく・・・
メリーの姿を探して顔を上方に向けた直後だった。
そして、
その無防備になった咽喉からは、
真っ赤な鮮血が噴出した・・・。
胸に飾られていた数珠が、
バラバラと床にこぼれ落ちる。
胸を露出させた痩身の女性は、
力なく廊下に崩れ落ちた・・・。
「かすみーッ!!」
メリーは着地した時のしゃがんだ態勢のまま、
だが、勿論戦闘態勢は解除してはいない。
十六夜はるかは逆上して、
しゃがんだままのメリーに剣を振り上げる。
・・・メリーの目がぎょろついた。
メリーは神速の動きを以って迎え撃つ。
それは発射された弾丸の様な跳躍だ。
突き出されたメリーの鎌の柄の先端は、
剣のつかを握るはるかの右手首を完全に砕いた!
息つく暇も無く、
小さい円を描くような軌跡でその鎌は、
無慈悲にも、
ホーリークルセイダー、十六夜はるかの首を跳ね飛ばしていた・・・。
大きな音を立て、
彼女の豊満なボディが冷たい床に揺れる。
・・・所詮どんなに訓練を積もうとも、
人間相手を想定した動きでは、
数々の処刑を執行してきた人形メリーの敵、足り得なかったのだ・・・。
もはや邪魔者はいない・・・。
直接、社長室のドアを開けても良いのだが、
ターゲットには、
真正面から当たらないのが彼女の流儀だ。
メリーは手前の応接室のドアを開ける。
社長室では、
赤いフードのローブに身を包んだ小伏晴臣が静かに佇んでいる。
・・・ホーリークルセイダーの勝利を信じているとでも言うのだろうか?
メリーは応接室の天井に、
配電設備や、
いろいろなパイプが走っている天井裏への出入り口を見つけた。
もはや急ぐ必要は無い・・・。
この館に侵入した時と同じように、
ゆっくり壁を這い登る・・・。
紋様のある死神の鎌は、
あごの下で支えることもできる・・・。
壁から天井に移るときや、
出入り口に入る時だけ持ち替えればいい。
関節を、
人間では有り得ない角度に曲げながら、
メリーはゆっくり天井裏に忍び込む。
・・・方角を間違えることも無い。
それでも一分とかからなかっただろう。
メリーは、
社長室の天井の出入り口を簡単に見つけ、
一切の音もさせずに、
天井の出入り口の蓋を開けた・・。
その位置は、
社長室の大きな机の斜め後方・・・
教祖小伏晴臣の座る斜め後方でもある。
全ての条件が整いつつあった・・・。
メリーは、
天井から垂れ下がるように、
関節を一つずつ延ばしていく。
伸ばした鎌は今にも床に届きそうだ。
メリーはこのタイミングで社長室の電話を鳴らす・・・
これも彼女の能力の一つなのだろう。
ジリリリリリ・・・ン
ジリリリリリ・・・ン
小伏晴臣は、
メリーが天井から現れ今に至るまで、
身じろぎ一つしていなかったが・・・
ようやく三度目のコールが鳴る前に、
その重い腕を動かした。
「・・・はい・・・。」
呪われた人形メリーは、
小さく、
けれどはっきりした声で受話器を通じて話しかける。
「・・・もしもし、
わたし メリー・・・、
今、あなたの後ろにいるの・・・。」
既に着地は済ましていた。
後は、
この赤いフードの男が後ろを振り向くだけ・・・。
だが、
「天聖上君」小伏晴臣は、
そうはしなかった・・・。
フードの下の、
半分だけ露わになっている顔を歪めて、
こう電話口につぶやいたのである。
「 や っ と 会 え た ね ェ ェ 、
エ ミ リ ィ ィ ィ ・ ・ ・ ! 」
それはメリーにとって、
予想外の反応だった。
(この男は何故、振り返らない?
エミリーとは何のこと?)
そして次に彼女はこう思った。
(何を言ってるか分らないが、
この男は、
背後にいる自分の存在を
既に認識している・・・。
振り向かなくても刑は執行できる。)
メリーは、
その両手で抱える死神の鎌を、
容赦なく振るおうと力を込めた。
・・・だが。
! ?
( 腕 が ・ ・ ・
動 か な い ・ ・ ・ ! ? )
何が起きているのか?
人形のか細い腕が、
メリーの意思に従わない・・・!
カラダが硬直してしまっている・・・。
メリーの混乱はこの時から始まったのだ、
この男の声を聞いた、その時から・・・。
メリーが、
鎌を振り上げたまま固まっていると、
ようやく赤いフードの男は、
椅子に座ったまま、
クルリとメリーを振り返った。
「 お・・・おおおぉ!
あの時と変わらないぃ・・・!
美しいよ、エミリ~ィ、
・・・いや、それとも・・・、
マリィィィ~・・・?
いやいや、
今はメリ~と名乗っているのかぁぁぁい?」
もはやその声は、
受光式で威厳のある声を発していた者とはまるで別人であった・・・。
男の表情はいやらしく歪み、
不気味な歯を見せて大きく笑う・・・、
舌なめずりしながら喋っているのではないかと錯覚するほどだ。
アーハッハッハッハーァ・・・
「・・・ほお~ら、
エミリイィ~・・・
わたしは今・・・
おまえの目の前にいるよぉぉぉっ!」
そう言って、
「天聖上君」と呼ばれていたはずの男は、
ゆっくりフードを外し、
その白い顔を人形メリーの前に晒した・・・。
その瞬間、
メリーの意識に電撃のようなものが走る!
それは自分の記憶・・・
恐怖・・・絶望・・・!
人形になったその日から、
決して感じることの無かったはずのものが、
堤防が、洪水によって一気に破られてしまう様に、
今、メリーの心に破滅的な勢いで流れ込んできたのだ。
・・・あまりにも色素の薄い、
灰緑色の瞳がそこにある。
まだ自分が、
エミリーという名の少女であった頃の凄惨な記憶・・・
生きながら数々の拷問の後に殺された、
あの時と同じ目がそこにあったのだ・・・。
「・・・あれから・・・
どれぐらいの年月が過ぎたのかぁ・・・?
150年?
そう、そぉれぐらい経ったのだねぇぇ・・・?」
メリーの人形のカラダは、
まるで人間と同じ反応を示すかのように、ブルブル震えだした・・・。
そのグレーの瞳には、
もう恐怖の色しかない・・・。
「・・・思い出してくれたかぁい?
あんなにもわたし達は愛し合ったよねぇ?
来る日も来る日も君のカラダに、
わたしはわたしの精を注ぎ込んだぁ!
君は一滴残らず、
受け止めてくれたじゃぁないか・・・!?」
いいや!
あの生きながらの地獄!
生きながらの激痛!
・・・誰も助けに来てくれない、
永遠の絶望!
メリーの心は、
完全に恐怖の記憶で金縛りのようになる。
小伏晴臣は・・・いや、
すでにこんな偽名はどうでもいい、
彼はゆっくり、その手のひらを、
メリーの流れるような美しい髪に差し入れた。
メリーは、
ビクンとカラダをのけぞらせて反応する。
「相変わらず作り物とは思えない・・・
本物の人間の髪じゃぁないかね、
これはぁ・・・?
本当に苦労したよねぇ、
・・・あの山奥の田舎の湖で、
このカラダを見つけたときには、
天からの贈り物だと思ったよぉ!
運命の出会いだとねぇ・・・?」
男はもう片方の手で、
メリーのか細い腕を肩口に向かって撫で上げる。
「・・・ほぉ~らぁ、エミリ~ィ、
捕まえたぁ!」
彼は滑らかな人形の白い素肌・・・
薔薇の刺繍のドレスの触感・・・
全てを味わうようにさすりだす・・・。
服の上から胸のふくらみを撫で回し、
長い髪の間に入れた腕は、
そのまま肩にまわして人形の背中を荒々しく抱きしめた・・・、
人形のカラダに完全に欲情しているのだ。
メリーは150年前と同様に、
その瞳に拒絶の意思を示すが、
この男には全く無意味な反応だ。
「・・・折角、
素晴らしいカラダを見つけたのにぃ、
そこに宿っているマリーの魂はほとんど消えかけていた・・・。
いや、否!
消えてはいない・・・
まだ十分な魂の量だったぁ・・・、
だが!
わたしはそれを呼び起こすやり方を知らなかったのだ・・・。
わたしは人里離れたところに住んでいたからねぇ・・・!
そんなわたしがたぁった一つ見つけた方法・・・、
そぉれぇがぁ可愛いぃエミリ~ィ!
おまえの魂を新たに注入することだったのだよぉ、
エェミリィ~!!」