フラア・ネフティス編3 役立たず
ディジタリアスは、
思い出したかのように審問室長に向かって口を開く。
「ああ、いや・・・、
別にここに用があったと言う訳ではない・・・。」
「はぁ!? 困りますな、
こちらは神の栄光を汚す者どもを日夜、取り調べねばならぬのです。
気まぐれや軽いお気持ちでいらっしゃられても、
仕事の弊害になるわけなのですが・・・。」
後ろで王統府の老人が「無礼な!」と血管を浮かせているが、
ディジタリアスは慣れているのか、気にも留めない。
それどころか、幾分卑屈にも見えるかも・・・。
「すまんな、正確には探し物をしているのだ・・・。」
「探し物ですと?」
「うむ・・・、余はあまり芸のない無力な王族なれど、
いささか天文を見ることができる。
このところ、
東の空・・・西の空・・・そしてこのウィグル王宮の真上にて、
奇妙な星が瞬いている・・・。
吉凶いずれかになるものかは判断できぬ事なれど、
何か事件か怪異が起きるのか・・・、
気になって、この数日王宮を調べていたのだよ・・・。
そして今日、その星の瞬きは最大になっていた。
すると、本日そなた達が魔女・・・
とやらを捕まえたと言うではないか?
それでこの目で確かめたくなったのだよ・・・。」
カラダの弱いディジタリアスは、
その分、王宮の図書室や古代の文献に精通している。
いつの間にやら占星術に近いモノを体得しているようだ。
しかし現実に、
「占星術」などと言うものが信ぴょう性があるのかどうか、
理性的に考えれば、眉唾にしか考えられないかもしれないが・・・
ただ、彼も「天使シリス」の血を受け継ぐ者である。
それは何らかの、
超感知能力の一種だったのかもしれない・・・。
さて、今のディジタリアスの発言・・・。
それはフラアにとって好材料なのか?
いいや、とんでもない、
むしろ逆だ。
審問室長は、それ見たかと言わんばかりにほくそ笑む。
「ほほぉ? それは興味深い事実ですな?
成程、いま閣下にお知らせいただいたものは、
この部屋で拘禁している魔女とその一味に、
確かに関係があるのでしょう。
後に、今のご発言を審判で取り上げさせていただきたいと思いますが、
宜しいですかな?」
ディジタリアスは何の感情も見せずに軽く頷くのみ・・・。
とんでもない!
とんだ疫病神じゃないか、この王族は!!
フラアはもはやヒステリー状態に近いぐらいに暴れるが、
どうにもこうにも対処しようもない。
ディジタリアスは今一度、フラアに視線を伸ばした。
その眼は何を考えているのだろうか?
汚い者へ向ける蔑みの目なのか、
哀れな少女へ憐れみをたたえた目なのか、
・・・それとも、王族にありながら、
眼前の少女すら救えぬ無力さを恥じる、
自虐の目なのだろうか・・・。
しばらくして、デジタリアスは審問室長に向きなおり問う。
「この娘は何をしでかして、魔女と認識されたのだ?」
「はい、恐れ多くも、このラシの城下の自宅にて、
血を分けた兄と禁断の交わりを行ったと密告がありまして・・・。
その詳細をこれより調べ上げなくてはならないのです。
如何にして兄を誘惑したのか、
魔術・・・儀式・・・はたまた薬の調合か・・・、
悪の蔓延を防ぐためには、
少々手荒なマネをしてでも遂行せねばならないのです・・・。」
「・・・・・・。」
ディジタリアスはそれに何の返答もしなかった。
逃げるように視線を逸らすと、
その視線の先で、テーブルの上の髪飾りが目に留まる。
「ん? これはこの少女の持ち物か?」
ここには審問室長もいる。
どうやら審問吏達がネコババするのは、もう無理なようだ。
黒いフードの審問吏は残念そうに報告する。
「はっ、それはこの娘が17の誕生日に母親からもらったと言っております。
曰くありげのようですので、押収すべきかと・・・。」
この髪飾りがディジタリアスの注意を引いたのだろうか?
彼はしばし、
何かを思い出そうとしているのか、
間を取った後、審問室長に更なる質問をした。
「・・・この少女はいずれ、
魔女裁判を迎えることになるのかな?」
「はい、間違いなくそうなるでしょう。
それが何か?」
「裁判の時には、
様々な証拠や証言が集められるのだろう?」
「勿論です。」
「では・・・当然、
この髪飾りも証拠物件として取り上げられるな?」
「は? はい、
それはそうです・・・な?」
「いや、わかった。
余の知りたい事は十分だ・・・。
邪魔をして済まなかった・・・。」
そのままディタリアスは、
申し訳なさそうに踵を返し、
ゆっくりと・・・とてもあっけなくその部屋から出て行ってしまった。
・・・何の役にも立たないっ!!
再びフラアの心に絶望が襲うのだが・・・、
やはりディジタリアスの出現で、
何か流れが変わったのだろうか、
審問室長が部下の二人に新たな指示を出す。
「王族が興味を持ったか・・・、
勿論、だからどうということはないが、
体面だけは繕わないとな・・・!
お前たち、今夜はもういい。
それより、今まででいいから、
この娘から聞き出したことを文書にして、わしに提出しろ、
今夜中で構わん。
明日の昼までには、わしが調書を作成する。
後はお前らはそれに従って取り調べを続行するのだ!」
「は、はいっ!」
少なくとも・・・今夜から明日の朝にかけては、
フラアがこれ以上責められる事はないようだ。
だが、それは時間が先延ばしになっただけの事で、
相変わらず、自分達の状況が良くなる兆しは微塵もない。
だが、この後フラアは知ることになる。
いくつもの幸運・・・
いくつもの不幸・・・
それらが交互に襲いかかることによって、
自分の未来が開いていく事を。
そしてそれは・・・
誰かの仕組んだ筋書きなのかどうか・・・。
幾つもの運命の分岐点を前にして、
果たして彼女が選択する道は・・・。
後にある人物が言う。
「筋書きはいくらでもあった。
ただ、要所要所で彼女が選択した行動の結果が彼女の運命となる。
もしそれまでの一つでも違えれば、
彼女が『選ばれる』ことなどなかったのだよ・・・。」