フラア・ネフティス編3 捕縛
そしてついに、運命の日がやってきた・・・。
あれから三日後の事だ。
朝から、やけに辺りが騒がしい。
ネフティス家の一同が、
普段とは違う妙な街の雰囲気に気づいたとき、
既にそれは遅すぎた。
まだ店を開ける時間ではないのに、誰かが扉を叩いている。
それもやけに強く・・・というより高圧的だ。
父親が申し訳なさそうに扉を開け、
「すいません、開店は・・・」
と言いかけたところで父親は固まってしまった。
そこにいたのは、
どう見ても客などではなく、
法王庁の制服を着た役人の一団がそこにいたからだ。
「装身具造りのネフティスだな?」
扉を叩いてたと思われる男は、何の感情も見せず職務を実行する。
「は、はい、左様で・・・、
あの・・・私どもに何か!?」
役人は一枚の令状を父親に差し出した。
「・・・この家に魔女がいるという告発があった。
フラア・ネフティス、17歳・・・。
お前の娘だな、
そして魔女を隠匿していたお前たち家族も取り調べを受けてもらう。
10分以内に全員、この家から出るのだ!」
父親のカラダから血の気が失せる。
い、いったいこれはどういうことだ!?
「な、お、お待ちを!?
そんなフラアが?
これは何かの間違いです!!
娘にどんな嫌疑がかけられているというのですか!?」
役人は形式的に令状の一部を指で指し示した・・・。
「聞きたいか?
・・・三日前、嵐の晩に、ネフティス家の娘フラアは、
邪悪にも、兄のピエリと禁断の交わりを行ったという目撃証言だ。
インセストは魔女であるという成立要件の一つとされている。
それが容疑だ、
申し開きは審問所で行うがいい。」
あまりの突発的な出来事に・・・、
いや、予想すらできない事態の展開に父親はパニックに陥ってしまう。
「ば、ばかな!?
フラアが・・・ピエリと・・・!?
う、嘘でございます!
そんな事があり得るはずございません!
おい! ピエリ! フラア、お前たち!?」
後ろで氷のように固まっていた家族たち・・・、
フラアは両手で顔を覆い、
ピエリはあまりの恐ろしさに両膝を崩して凍りついていた・・・。
そして父親は、
ピエリの態度で・・・
自分の子供たちが何をしでかしたのか、
全てを悟ってしまったのである・・・。
「ピ、ピエリ! お、お前、まさか!!
ピエリッ!! 貴様ぁーっ!!」
「構わん! 全員ひっ立てろ!」
ネフティス家一同が、
大人しく家から出てこないと見るや、役人は号令をかけた。
ドカドカと複数の部下が縄を持って、
母親やフラア、ピエリを縛りにかかる!
「や、やめてください、娘に乱暴はしないで!!」
「いやっ、お母さん!
お父さん、たすけてっ!!」
だが家族全員、屈強な役人に取り囲まれ、誰も抵抗する手段などある筈もない。
ネフティス家からはいくつもの悲鳴が発せられるも、
程無く家族全員捉えられ、表通りへと引きずり出された・・・。
辺りは見物人や野次馬たちが集まり始めて、
このラシのダウンタウンに生息していた魔女の一家が、
役人達に摘発されるのを痛快そうに眺めていたのだ。
噂は既に流れていた。
後はいつ、法王庁の役人がやってくるのか、
近所の住人にとっては、今か今かと待ちわびていた瞬間がまさこの時なのだ。
ガンッ!
「あうっ!」
母親に石が投げられた・・・。
誰かが放った一投だったが、
すぐにそれに合わせたかのように、大勢の野次馬たちが、
父親や、ピエリや・・・
そしてフラアにも投石を始めた。
本来まだ魔女と決まってない者に対して、
市民が攻撃を加える権利はないのだが、
役人たちは気にも留めてない。
表通りに留めてある馬車に乗せるまでの間だけだったが、
フラア達は、哀れにも血だらけになりながら、
法王庁の馬車で審問所に連行されていくのであった・・・。
この時、彼女たちの唯一の救いは、
家から追い出される寸前、
ピエリが官吏のわずかな隙をつき、
一本の工具を包帯の中に隠し入れた事だろうか。
王宮と一口に言っても、
大きい意味ではその広さは果てしなく広大だ。
アイザス王の居城や王族の者が住むエリア、
又はそれらに関わる仕事を司る王統府、
議会や官庁が建ち並ぶ行政部、
そしてヤズス会マグナルナ派が管理する法王庁・・・
大きく分けると、その3つのエリアに大別されるが、
その法王庁の一角、
王宮の中でも最も番外地的な場所にあるのが、
この陰鬱な審問所だ。
ここに普通の犯罪者たちが連れてこられることはない。
法王庁の律法に反した者だけが連行されてくる。
それは神聖ウィグル王国の法律などからは、完全に独立しているのだ。
基本的にウィグル王国では、
変質したキリスト教・・・
すなわち王国の開祖でもある月の天使シリスを崇め、
現在のキリスト教とは似て非なるものとなっている。
またこの国では、信仰の自由は名目上、認められているが、
いかなる宗教だろうが、マグナルナ派の律法に反した場合、
簡単にこの審問所に連れてこられる。
特に彼らが目を光らせていたのは、
「善良な市民」の中に潜んでいる「魔」の存在だ。
これにはある程度の根拠がある。
数百年前の・・・ウィグル王国二代国王カラドックが、
その父、シリスより直接耳にしたものを、歴史書でもある書物「ウィグル王列伝」に記していたからだ。
「・・・カラドックよ、
我々『天空の者』が警戒せねばならぬのは、
人に潜みし『魔』と呼ばれるものについてだ。
この時代に復活を果たした『大地の支配者』など、それに比べれば微小な存在だ。
それ故、私は、
人間のカラダを借りてまでも『それ』を見極めようとしたのだ・・・。」
実際、
天使シリスが如何なる意味において「魔」という呼称を使ったのは定かではないが、
マグナルナ派は、
この言葉を「悪魔」または「魔女」の存在の証として、
広く自らの布教に活用させていた。
勿論、迷信深い庶民たちが、
自らそれを望んでいたとも見ることもできる。
「正義が正しく執行されること」・・・
それこそ民衆が、
安心して暮らせる世界なのだから・・・。
人に潜みし魔の正体。
これ実は結構、物語上重要です。