フラア・ネフティス編3 集団リンチ
あまりに信じがたい言葉が親友の口から放たれた。
辺りは既に薄暗く、
ピエリの視界には、二人の友人の突っ立ってる姿しか映らない。
耳に入る音も、
もはや周りの喧騒としてしか認知できなくなっていた。
そしてピエリはようやく、
デボアの言葉の意味を飲みこんだ・・・
いや、飲みこんだはいいが、
それを受け入れることなどできはしない。
「な・・・何ほざいてるんだ!!
そんな噂がって・・・お前らガキの頃から妹を知ってるだろ!!
一緒に遊んだことだってある筈だ!!
そんな噂がデタラメだって事ぐらいわかんねーのかよッ!?」
勿論、ピエリはそんな噂なんか根も葉もない濡れ衣と分かっている。
だが何より信じられなかったのは、
友人たちがその程度の事で、自分たちを避けてしまったという事実だ。
けれど、この神聖ウィグル王国では、
魔女と宣告を受けることは、この社会から抹殺される事を意味していた。
・・・時には本当に処刑されることすら・・・。
それほど、
ヤズス会マグナルナ派が浸透するこの王都ラシでは、
魔女や魔術の儀式に対する迷信と偏見が強かったのである。
・・・開祖、月の天使シリスを崇拝するあまり暴走してしまった教義・・・。
今となっては、
そんな風習が始まった原因を、
宗教面だけにとらえる必要はないのかもしれない。
実際は、法王庁がその絶対的権威を高めるために、
こんな迷信を助長させてきた結果であるかもしれないからだ。
病没間近の前国王・・・、
そして世間知らずの若き王子アイザスには、
そんな下々の生活の苦しみなど、一顧する必要すらなかったのだし・・・。
勿論、宮廷の重臣たちの中には、
魔女など迷信だと思っている者もいた。
だが、彼らの個人的信念など吹き飛ばすほどに、
既に法王庁の権勢は絶大なものとなっていた・・・。
さて、デボアもケィデンスも、
実際、魔女がホントに存在するのか、
まして小さい頃から知っているフラアが魔女なのかどうか、
自分たちでも確信を持っていたわけではない。
ケィデンスの方は、
フラアが魔女だなどとは、とても信じられない様子だ。
それで、あんなおどおどした態度を取っている。
だが、優顔のデボアの方は、
「魔女と一度レッテルを貼られた」者がどういう扱いを受けるのか、
またそれを庇い立てなどしたら、どういう結果になるのか、
全て計算してのこの態度なのだろう。
もう、あの一家に関わるのはやめよう・・・
それがデボア達だけでなく、
ネフティス家から距離を置き始めた者たちの、
平均的な行動だったのだ。
勿論、フラアやその家族が、
明らかに魔女としての行為を働いたわけではない。
もし、そんなことになれば、
間違いなく法王庁の役人が捕まえに来るはずだ。
・・・いまだ彼らが動かないのは、
証拠も訴えもないからに他ならない。
だが・・・いずれ・・・。
激昂するピエリの問いにデボアは反応すらしない。
優顔が却って厭らしく見える。
こいつはこんな男だったのか!?
「てめぇ! デボア!!
お前、フラアに惚れてるっつってたじゃねーのかよ!?
そんないい加減な気持ちでお前、フラアのこと思ってたっつーのかぁ!!」
「はん? 惚れてただぁ?
・・・確かにピエリ、
お前の妹は可愛いよ、今もそう思う。
だけどよ、
言われてみたらありゃあ異常だよ、
この辺りの女子の中でもピカ一だ。
そりゃあ、男どもの垂涎の的だわな・・・。」
「デボア・・・何が言いたい・・・!?」
「ああん? だからよぉ、
夜な夜な魔術かなんかで、オレ等の心を惑わしてんじゃねーのかぁ?
とんでもねぇ女だぜ!
それに元々お前ら一家は余所者だ、
どこからやって来たかもわからない。
そんな・・・」
言い終わる前に、ピエリの右拳は勝手にデボアの顔面を捉えていた・・・!
ドンガラガッシャーンッ!
酒場の樽が崩れ落ちる。
可愛い妹をこれ以上、侮辱されてなんか堪るものかっ!!
ピエリはそのまま、横たわるデボアを引き摺り起こす。
「てめぇ! デボア!!
お前ってヤツはそんな目でオレらやフラアを見てたのかよっ!!
許さねぇっ!!
てめぇがそんな男だったなんて・・・!」
だが、
デボアもやられっ放しの訳がない。
第一、自分こそが正義と思っているのだ。
「放せよ、ピエリ!」
今度はデボアの鉄拳だ!
金物屋の息子のデボアは、見かけより遥かに筋肉質だ。
あっという間にピエリはぶっ飛ばされる。
「ち、畜生、デボア、てめぇ・・・!」
無様に寝ころぶピエリを見下しながら、
デボアは周りを見渡した。
「よーく周り、見ろよ、ピエリ・・・。」
既に彼らを、
十数人ぐらいの男たちが静かに見つめていた。
ピエリがそれに気づくと、
彼らの視線は全て自分に集まっている。
中にはデボア同様、仲の良かった筈の友人もいる。
・・・まさか、こいつらも!?
「お、おい! サモア! マルガリー!!
お前らもフラアのこと気に入ってたよな・・・!
お前たちまでいい加減な噂、信じているなんて・・・!?」
だが、
その友人も、当初のデボア同様、
まるで汚いモノでも見るかのような目つきで、ピエリを見下している。
本当にオレは、
子供の頃からこいつらと同じ時間を過ごしていたのか・・・!?
こいつらはオレの知ってるデボアと同じ人間なのか!?
まるで、全くの別人に取って変わったみたいに・・・。
いや、もうそんな錯覚は、
個人レベルでは済まなかった・・・。
町の人々も、
家の近所も・・・、
馴染みの店や、いつも気ままに過ごしていた居場所さえ・・・、
もうピエリの知っているそれでなくなっていたのだ・・・。
オレは・・・オレ達は・・・この街の人間じゃ・・・
もう・・・この街で暮らしていくことはできねぇのか・・・!?
デボアやコーデリアが言うように、
ネフティス家がこの街の出自でない事は、
比較的多くの人間に知られていることである。
勿論、王都に田舎から人口が流入してくることは珍しいことではないのだが、
ここまでこの街に、ネフティス家が馴染んでいることが稀なケースと言えよう。
それはひとえに父親の誠実な仕事ぶり、
明るい母親、
そして可愛い子供たち・・・。
それらが町の人々に受け入れられた結果である。
ピエリも、越してきたのは本当に幼少のころ・・・。
以前、どこに住んでいたかなんて、
ほとんど覚えちゃいない・・・。
それほど、この街に染まっていたのに・・・、
なんで・・・何でこんな事に・・・。
うわあああああああっ!!
全てに裏切られ、
パニックになったピエリはデボアに突進した。
だが、ここまで周りに囲まれたら、
一対一のケンカになる事も成立しやしない。
すぐに集団に取り囲まれ、
ピエリは寄ってたかって顔面やカラダをぶん殴られる。
一発ごとに、
自分の人格や家族の尊厳、
これまで生きてきた人生を粉々にされてる気分だ。
反撃することもできず・・・手足も封じられて、
何も考えられなくなるまで、
ピエリはただただ一方的に殴られ蹴られ続けて・・・。
そして・・・冷たい地面に彼は、
数時間立ち上がる事すらできず、転がされていたのだ・・・。
次回、・・・さらなる悪夢が。