フラア・ネフティス編3 発覚
最も早くその変化に気づいたのは母親だ。
いつものご近所さんの態度がやけに余所余所しいのだ。
集団に参加する時はそうでもないのだが、
一対一で主婦仲間に話しかけると、
壁でも作られたかのように、しゃくし定規の挨拶で終わってしまい、
世間話をすることも出来なくなってしまっているのだ。
ある朝なんかは、
ご近所さんのグループに声をかけようとしたら、
母親の姿を見るや否や、あっという間に散会してしまった。
まるで腫れモノでも見つけたのかのように・・・。
何かがおかしい・・・。
娘のフラアのほうも、
ご近所さんに挨拶すると、いつもの明るい笑顔がないらしい・・・。
一方、フラアの交友関係ではどうであろうか?
友人たちとは相変わらず遊んでいる。
敵対心剥き出しだというコーデリアは余所余所しいままだが、
他の子たちはいつもどおりだそうだ。
いや、
・・・正確にはそうではない。
父母を心配させたくなくて、
「いつもどおりだよ」と言っているだけなのだが、
彼女の交友関係でもわずかながらに変化が生じていた。
最大の変化はコーデリアが自分に絡まなくなったことだ。
勿論、仲良しになったわけでも仲直りしたわけではない。
「何か遠慮している」・・・そういう表現が最も適切だ。
他の友人たちとは変わらず遊んでいるが、
待ち合わせの場所とか、帰り際とか改まる状況になると、
女の子たちの表情にぎこちなさが見えるのだ。
「何かあったの?」
とフラアが聞いても明確な答えは返ってこない。
そんな毎日を繰り返しているうちに、
相変わらず売上が戻らないネフティス家も、
家計のやりくりが難しくなる状況へと変わっていった・・・。
さて、客の来ない店先にいても仕方なしいし、
そんな状況で修業を続けても気が滅入るだけだ。
兄のピエリは週末、
久しぶりにゼペットさんの飲み屋へと出かけてみた。
ひょっとしたら知らず知らずのうちに、
陰気な顔つきになっていたかもしれない。
友人と騒げば、また元の調子を取り戻せるかもしれないし・・・。
大体、この時間なら知り合いの一人や二人は・・・、
あー、いたいた!
優顔のデボアにケィデンスもいやがる!
二人は前回と同じく・・・
まぁお祭りの時ほど混んではいないが、
指定席でもあるかのように、カウンターの隅っこで静かに飲み始めていた。
「もう、飲んでるのか、おまえらぁ!
ゼペットさん、ビールお願い!」
ピエリは景気よく声をかけて二人の傍に近寄るが、
ここでもピエリは予想外の反応で迎えられた。
二人とも・・・
いや、マスターも含めて、
まるで幽霊でも見たかのような表情を見せたのだ。
当然、ピエリも硬い表情に戻し、
しばらく口を閉じて、デボアの隣に腰を落ち着けた。
どうなってやがるんだ・・・!?
いつも陽気な筈のゼペットさんは、
岩のように硬い表情のまま、グラスをピエリに用意する・・・。
「ありがと、ゼペットさん・・・。」
やむなくピエリは大きくグビグビ飲んでからデボアの背中を叩いてみた。
「おい!
何を辛気臭く飲んでんだよ、おめーら元気ねーな、
何かあったのか!?」
デボアはあからさまに迷惑そうな顔をしてピエリに向きなおるが、
説明は何もない。
一つ向こうのケィデンスが、何かを言いたげにピエリの顔を窺っている・・・。
「ケィデンスまでどうした!?」
「あ、あ・・・ピエリ、なんでも・・・」
なんて歯切れの悪い奴らだ。
こりゃ、無理やり飲ましてでも白状させるか・・・。
そう思った瞬間、デボアが席を立った。
しかも、呆気にとられるピエリを無視し、
ケイデンスに「行こうぜ」と言って帰り支度を始めたのだ。
「て、てめぇ、デボア!!」
すぐにピエリもデボアの腕を掴むが、
無理やりデボアはその手を振り切り、店の外へと出てゆく。
ビールなんか飲んでる場合じゃない。
一度、ピエリはマスターに金を支払って追いかけようとしたら、
ここでも意外な態度をゼペットは見せたのだ。
「・・・ピエリ、金はいらねぇ、おごりだ。
だが、その代りもうここへは来んな・・・。」
何でだよ!!
そう食ってかかろうとも思ったのだが、
今はデボアを追いかける方が優先だ。
第一、この一連のおかしな空気は原因は一つの筈。
なら、友人のデボア達から聞き出すのが一番手っ取り早いと思ったからだ。
ピエリは駆け足で店を飛び出し、
あっという間にデボアの背中に追いつき、その首根っこを力づくで振り返させた。
「てめぇ、どういう了見だ!!」
にわかに、道の真ん中が騒然となる。
もっともデボアは、大きな声を出すまでもなく、
ピエリに乱された上着の襟を直しながら、
冷静に努めてピエリの顔を睨み返した。
「・・・どうもこうもねーよ、
もう、オレらにつきまとうんじゃねーよ・・・。」
これが幼い頃からツルんで来た友人のセリフだろうか?
ピエリは何が起きているのか信じられない。
興奮して、今度は胸元をねじ上げようとするが、
デボアとて、
そう何度もいいようにされては堪らない。
ピエリの両腕を払いながら、迷惑そうにデボアは大声を放った。
「あー、うぜぇな!!
ピエリ! てめぇ、何も聞いてねーのか!?」
「何も!? 何の事だ!?
いったい何があった!!」
そこで初めて、デボアは意を決したのか、
親指を立て、酒場の裏側に来いとピエリに合図する・・・。
三人が、人目のつかないゼペットさんの店の裏側に入ると、
ピエリは待ち切れずにデボアに食ってかかった。
「さぁ、何があったんだかオレに教えろ!!」
デボアとケィデンスは一度視線を合わせた後、
ようやくデボアが口を開いた・・・。
「いいか、よく聞け、ピエリ・・・、
町じゅうに、お前の妹の噂で持ちきりだ・・・。
今までお前らの耳に一度も入らなかったのか?
お前の妹・・・
フラアが実は魔女だったってな・・・!」
いよいよ明日から坂を転がるように・・・!