フラア・ネフティス編3 魔女の宣告
歴史にもしもはない・・・
と言われるのは常だけれども、
仮にパレードが無事に終わり、
少女たちも、大人しく家に戻ることができれば、この先の悲劇は避けられたのかもしれない。
だが、この若き王の気まぐれの行動・・・、
偶然に飛んできた「それ」、
それらさえ重ならなければ・・・。
そう、
王の御車が少女たちの間際を過ぎるころ、
国王アイザスは戯れに、
自らの髪を飾り立てていた羽根の装飾物を、
少女たちの集団めがけて放り投げたのだ。
「それ」は静かに宙を舞い、
やがて彼女たちの頭上に・・・。
当然のごとくその羽飾りを掴み取ろうと、
フラア達は死に物狂いで腕を伸ばす。
その「飢え」にも似た狂気の行動は、赤の他人には近づくこともできまい。
半分取っ組み合いになる寸前で、
「不幸にも」それを手に入れたのは、
フラア・ネフティス。
勝利感と満足感で、
多少の腕の痛みや引っ掻き傷など物ともせずに大きな笑みを浮かべる。
「やったーっ!! アイザス様の羽飾りぃ!!」
だが、
それを承服できないのがコーデリアだ。
何しろ、一度はコーデリアも掴みかけていた。
「取った」と確信したのに、
完全に掌の中に納めなかったために、
横からフラアにかっさらわれていたのだ。
勿論、フラアに「横取り」したなんて意識はない。
その手応えは、
確実に自分が手にした感触しか知覚できなかったのだ。
周りの少女たちは、
諦め、悔しさをにじませた表情を浮かべるだけだが、
コーデリアにおいてはそれだけで済まなかった。
ここに来るまで調子に乗っていたフラアを、
これ以上許すことに耐えられなかったのだ。
「フラア! 待ちなさいよ!!
それはあたしが最初に掴んだじゃないか!
何、盗人みたいなまねしてるのさ、
さっさと返しなさいよ!!」
・・・まぁたイチャモンつけに来た、コーデリア・・・。
あ~、もうめんどくさいぃ・・・。
「・・・あのね、コーデリア、
あなたが触ったかどうかなんて知ったこっちゃないの!
あなたが掴めなかったから私の手の中に収まったんでしょ?
いい加減、なん癖つけるの止めてよね!?」
コーデリアの目の釣り上がり方は尋常じゃない、
まるで何かに憑かれたかのようだ・・・。
「フラアぁ・・・!
澄ました顔して何様のつもりだい・・・、
いい気になってんじゃないよっ!
ちょっと、みんなにちやほやされてるからって、調子に乗って!」
「はい~!?
ちやほやって・・・私は普通よ、
そう見えるとしたら、あなたが人気ないだけでしょ!
それはあなたの日頃の行いじゃない、自業自得よ!」
周りの女の子たちは、
「またいつもの」と、静観決め込むつもりだったのだが、
どうも今日は、いつもより場の空気が険悪になっている・・・。
誰しも、そのおかしな空気に戸惑い始めていたが、
だからと言って、二人の衝突を止めれるはずもなかった。
そして この時代・・・
この国で決して使ってはならない忌まわしい呪詛の言葉が、
異常な顔つきに変貌したコーデリアの口からこの後、飛び出ることとなる・・・。
「このあたしに向かって何だってッ!?
・・・フラア・・・!
許さない・・・アンタは何様なんだいっ!?
いいや!? もしかしてアンタ・・・
そうか! ようやくわかったよ!」
フラアにはコーデリアの言いたいことなど全く理解できない。
図星突かれて、
コーデリア本人も何言ってるのかわからなくなってしまったのだろうと、
余裕を決め込んでいた。
だが・・・。
コーデリアはまくしたてるのを止めない。
「・・・大体おかしいと思っていたんだ、
あんたの家族は、
どっかからこの街に流れてきた得体のしれない一家だし、
大した稼ぎもないはずなのに、
そんな高価な髪飾りやアクセサリーを手にして・・・、
今も、あたしの物になる筈だった羽飾りをあんたが・・・、
まるで魔法でも使ったかみたいに・・・っ!
魔法、そうだ、おかしいんだよ・・・あんたは!
フラア・・・お前は普通の女じゃない!
魔女・・・
そうさ、おまえはきっと魔女に違いないんだ・・・、
正体を現せ! お前は魔女なんだろぉっ!?」
その瞬間、
辺りは水を打ったように静まり返った・・・。
フラアの友人たちはもちろん、
パレードを見に来た周りの見物人、その他大勢・・・、
誰もが「とんでもない禁忌の言葉」に、
彼らの目は、
一斉にこの険悪な空気の二人の少女に注がれてしまう。
普通に考えれば、
コーデリアはちょっとしたヒステリー状態にあったのだろう、
それは情緒不安定の思春期の女の子にあって、
それほど珍しい現象ではないかもしれない。
普段から興奮しやすい性格ならなおさらだ。
だが・・・この時代、神聖ウィグル王国では・・・、
変質したキリスト教・・・
ヤズス会マグナルナ派の教義が浸透しているウィグル王国内では、
「魔女」のレッテルを貼られる事、
それは・・・中世ヨーロッパの暗黒時代と同様に、
社会全体からはじき落とされるばかりではなく、
法王庁の官憲に捕まって拷問の後、投獄・・・、
いや、
下手をしたら死刑台に送られてしまうほどに危険な宣告だったのだ・・・!
フラアにしてみれば、
コーデリアとの険悪な空気の中で、
取っ組み合いぐらいは避けられないかも、
という覚悟ぐらいは持っていた。
だが、この時代にあって、
最低最悪の結果につながりかねない危険な言葉が、
この腐れ縁の友人の口から飛び出るとは夢にも思わなかった。
「ちょ・・・!
コ、コーデリア、何言い出すの!?
あ、あ、あなたこそ頭、おかしいんじゃない!?」
まさかの事態の変化に、
思わずフラアの顔はひきつった笑顔が生じてしまう。
頭で考えるよりも、カラダが危険を察知したのだ。
この状態から脱しなければならないと・・・。
少しでも険悪な空気を和らげねば・・・。
そして、誰よりも・・・、
その言葉の恐ろしさに 改めて気づいたのはコーデリア・・・。
「はっ」と自分の言動に恐怖を覚え、
途端にフラアとケンカするどころではなくなってしまった事態に気づいたのである。
アイザス王の羽飾りなんかにこだわっている場合じゃない!
かといって、
今さらフラアと仲良くするなんてできる訳でもなく、
ようやく次の言葉を吐き出すので精いっぱいとなった。
「あ、い、いや、言いすぎた、
今のは忘れろ、フラア・・・
そ、そいつはお前にくれてやるよ!
ホラ、みんな行くぞ!!」
少女たち全員、胸をなで下ろした。
一時はどうなるかと・・・。
結局、
コーデリアにいつも付き従ってる者たちが彼女のあとを追い、
「反コーデリア派」とでも言える者たちが、
しばらくフラアと一緒にお祭りを楽しみ・・・
やがてこの場を後にした・・・。
いくら何でも、
この戴冠パレードの最中に、
これ以上、大事にはならないだろう・・・。
みんな、一抹の不安を覚えつつも、
なるべくそんな事は考えないようにしていた。
また、明日はいつもの日常に戻るんだし・・・。
だが、この一連の騒動を、
一人の信心深い老婆が、
目を見開いて見続けていた・・・。
既に腰が曲がり、
使い古した杖を興奮して震わせながら、
「魔女」の存在に狂信的な恐怖を覚えつつ・・・。
そして運の悪い事に・・・
その老婆は彼女、フラア・ネフティスの近所に住んでいる老婆であった・・・。