第6話
いよいよメリー視点の物語となります。
・・・・・・
ここは、どこだろう・・・?
・・・わたしは何故ここにいるのだろう・・・?
「彼女」が目を覚ました・・・。
その場所は狭い空間・・・、
顔の前には大きな障害物があり、
周りには小さな小道具や本が置いてある。
既に「彼女」は、
憎しみや無念さをエネルギーとする力を失っていた。
今では普通の、
非力な女性程度の腕力しか残っていない。
「彼女」はゆっくりとカラダを起こした。
眼前の障害物が邪魔なので、
片手で壁に手を当てると、
その壁そのものが大きく押し出される。
車の中・・・。
・・・そこはハッチバックタイプの、
後部座席の後ろの荷物置き場。
「彼女」が目を覚ましたのは、
町で普通に見かけるタイプの、赤い軽自動車の中であった・・・。
今までも、
「彼女」は一仕事を終え、
憎しみの対象を除去した後は、
次の情念を感知するまで「眠り」につくのが通常だった。
・・・ただしそれは、
人間の「眠り」と言うよりかは、
機械の休止、あるいはスタンバイ状態といった表現のほうが適正といえる。
もっとも、
どちらにせよ今回のように、
再び目覚める時に、
何故そこにいるのか分らなくなっているなんて事は考えられない。
うぅ らぁ らぁ・・・
「彼女」は小さく声をあげる・・・
特に意味はない、
小鳥がさえずるのと大差無い。
その間も「彼女」は思い出そうとしていた。
記憶がなくなっているわけではない・・・、
混乱しているのだ・・・、
混乱?
こんな事は今までに無い・・・
初めての事で・・・いや、
初めての事では無いかもしれない。
とても・・・
遠い昔に・・・一度
・・・いや、二度ほどあった事かもしれない。
だが、
今、思い出すのはそのことではない・・・。
私はメリー・・・私は今、この町にいる・・・
そうだ、
いつものように大気に溢れる電波に干渉し、
この「人形」のカラダに入り込んできた他者の想念、
・・・その想念の怨恨の対象に向けて、
自分のカラダは行動を起こしていた。
自分の狩るべき対象ははっきりしていた。
その命を狩った今では、
顔を思い出すのは難しいけれど、
あの時点では、
虐げられた哀れな者達が、最後に思い描いた憎むべき顔が、
はっきりと自分の脳裏に浮かび上がっていた・・・。
・・・あの時、
「彼女」は夕日の沈んだほの暗い街中を、
隠れるようにして走っていた。
川原の生い茂った草むらの中を走ったり、
民家の屋根の上を、猫よりもしなやかに、
時にはムササビのように飛び移ったり・・・。
林の木々の中を駆け抜けて、
時には自動車のヘッドライトに照らされながらも、
目的地の建物まで一息に近づいていた。
もしもし、私 メリー・・・、
今、あなた達の建物の前にいるの・・・
この段階で、
ターゲットの一人の携帯電話が使えるようになっていた。
「人形」の意識の中に、頭髪の無い初老の男性が見える。
・・・遠隔透視・・・
という単語が適切なのか、男性のこわばった表情も確認できた。
目標が目の前に近づいていることで、
「彼女」のパワー・スピード、
・・・あらゆる能力が強力になっていく。
そのスピードは野生の豹をも上回るであろう。
目にも留まらぬスピードで建物の側面に廻り、
その壁に垂直にへばりついた。
遠目からなら、
巨大な蜘蛛が壁を這っている様に見えるかもしれない。
「人形」の脳裏に瞬時に作戦が展開されていく。
それは狩猟生物の本能のようなものだ。
またもや初老の男性の携帯が鳴る。
着メロは教会のテーマソングのようだが、
そんなことはどうでもいい。
『もしもし・・・
私・・・メリー、
今、あなた達の部屋の外にいるの・・・』
「彼女」は二階の一室のガラスの外にいた。
暗がりから部屋の中を窺う。
初老の男性・・・
そう、その男の名前は児島鉄幹である。
そこには五人の男女がいた。
恨みの大きさはそれぞれ違うが、全員処刑対象に間違いない。
部屋の外には、
何人かの信者が待機しているようだが、
「彼女」の目的に障害となると判断されれば、
自動的にその凶悪な鎌の餌食となる。
「聖魔祭司」の称号を抱いた児島鉄幹は、
一人怯えながら部屋の扉の外に注意を向ける。
他の幹部は、
彼の狼狽ぶりが理解できずに戸惑っている。
・・・だが、
部屋の外とは廊下側ではない、
窓の外だ!
「人形」は、
アラベスク文様の鎌を大きく振りかざし、
渾身の力で部屋の窓を爆発させるかのように破壊した!
悲劇的なガラスの割れる音が建物中に響き渡る。
突然の衝撃、強烈な破壊音、
部屋中に飛び散るガラスの破片。
その場の誰もが金縛りにあったかのように動けない!
そして・・・
処刑執行が今、始まる!
うぅ・・・らぁ らぁーッ!!
次の話は大量虐殺となります。