フラア・ネフティス編2 イズヌへ
「・・・凄まじいな・・・、
だがこれでかなりの時間が稼げるだろう・・・。
そうだ、ツナヒロ、
さっきのバーナーとやらは、城壁を破ることは可能か?」
「あ? ああ、燃料に限りはあるが、
要はこの馬車が抜けれるだけの穴を壁に開ければいいんだろう?
たぶん、可能だ。」
「良し・・・。
なら、この後は無理に関所や城門を破る必要はあるまい。
最低限の労力で、この九鬼を抜け出るぞ。」
「・・・なぁ、ザジル・・・。」
「なんだ?」
「今更だけどさ、
お前、この九鬼を出てどこに行こうってんだ?
身寄りはいないんだろう?
今までの会話のやり取りでは、
お前に逃亡先なんてなさそうだったぞ?
まさか、行き当たりばったりで出てきたとか言うなよ?」
「・・・とりあえず、先を急ごう、
道すがら話すさ・・・。」
もはや追手が来ている気配はない。
宮城の中は今頃、
蜂の巣をつついた騒ぎになっているだろうが、今さら知ったことではない。
ザジルは御車の座に座り、
ツナヒロはそのすぐ後ろで、ひっきりなしに首を真後ろに向けて、
追手が来ないか落ち着かないそぶりを見せていた。
「ツナヒロ。」
「お? おお。」
「これからのことだが、
明日の朝一番で、この馬車をもっとみすぼらしい物と交換する。
馬も疲れてるようなら、交換した方がいいのかな・・・。
この馬車の装飾からすれば、
交換するのに苦はないと思うんだが・・・。」
「ああ、なるほど、それで?」
「そしてオレ達が向かう先は北だ・・・。」
「北?」
「九鬼帝国の権勢が及ばない地となるとそこしかない。
西に行けば神聖ウィグル王国もあるが、
そこまでの距離は途方もないものだし、
オレ達の事を受け入れてくれる可能性も低い・・・。」
「北っていうと・・・
九鬼と戦争している・・・」
「そうだ、大陸最強の軍事国家イズヌだ・・・。」
しばらくツナヒロは考え込んでいたようだが、その内、突然大声で喚きはじめた。
幾度考えなおしても、
ザジルの言動から見え隠れする、一つの矛盾を理解することができなかったのだ。
「おい、ちょっと待てよ!
お前、オレを連れ出したのは、
オレが作るかもしれない兵器を恐れてのことじゃないのか!?
あっちに行ったところとて、
やらされることには違いないだろう!?
何の意味があるんだよ!!」
「ツナヒロ、少し勘違いをしているな。」
「勘違い? 何をだ!?」
「オレの目的の一つは、あの気味の悪い九鬼を叩きつぶすことだ・・・。
お前が持ってる旧世界の科学技術とやらを、
イヅヌが欲するならくれてやってもいいのさ。」
「な、なんだ、そりゃ!?
汚くねーか!?」
「汚い? それを判断するのはイヅヌさ。
あいつらは変に騎士道精神とやらを振りかざすそうだからな、
ことによると、お前の力を欲しがらないかもしれない。」
「騎士道精神?」
「イヅヌは九鬼と正反対の国だ、
軍隊の強さは大陸一だと言うが、
謀略に弱く、バカ正直で、
民百姓が犠牲になることを何よりも嫌う。
・・・勿論、オレが見てきたわけではないが、
オレが育った教錬施設では、
事あるごとに上の人間たちが、イヅヌの人間をバカにしていた。
わざわざ、そんな嘘をつく必要もあるまいしな、
恐らくある程度、その話は真実だと思う。
ツナヒロ、お前はどう思う?」
「い・・・いや、どう思うったって・・・、
どの国も大差ないんじゃねーの?」
「そうかもしれない、
だが、多神教の・・・
しかも邪神を崇拝する九鬼一族より、
まだ、東方教会を国教とする彼らの方が安心できるはずだ。
他にも大陸最強と言われる軍神、ミカヅチにも会ってみたい・・・。」
目を真ん丸くして驚くツナヒロ。
「なっ? 邪神崇拝?」
「知らなかったか?
それが九鬼の名の由来だそうだ。
その秘儀は門外不出なために、その明確な姿を知る者は誰もいないが、
大勢の人身御供を行っているようだぞ。
・・・こっちの話は、
オレ達の組織も時々、活動に協力していたから、信ぴょう性はかなり高い。
とにかくオレはもう、
あんな気味の悪いモノに加担したくないんだ。
正々堂々戦うのはいいが、
せっかく、このオレに備わった力を、
低劣なる振舞いに利用されたくはない。」
「人身御供・・・今の時代に・・・
いや、この時代だからこそなのか・・・。
そんなものまで・・・。」
「・・・まぁ、イヅヌを疑うのもいいだろう、
どっちにしろ、
オレはイヅヌに忠誠を誓うつもりがあるわけでもない。
できれば、オレの戦力とお前の存在価値とを合わせて、
商人の行う契約のようなものを取り付けられれば理想なんだが・・・。」
そんなうまくいくのだろうか?
さすがにツナヒロも、
それは甘すぎる認識だと瞬時に判断したが、
一つ好材料があるのを思い出した。
「あ! ザジル!
そう言えばイヅヌって東方教会の布教エリアなんだよな?」
「ああ、そうだが・・・?」
「なら、力になってくれそうな人がいる!
ボードリール司祭だ!!
おれはあの人にひと月ほど世話になっていたんだからな!」
「へぇ・・・! それはいいな、
ん? その司祭とやらはイヅヌにいるのか?」
「そのはずだ!
確か生まれもイヅヌだと言ってた!
お前の真意を話せばきっと理解してくれると思うぞ!?」
「そうか・・・ツナヒロ、そんなツテが・・・。
どうやら・・・オレ達に追い風が吹いてきたようだな・・・!」
その時、ザジルの口元が緩んだのを見のがさなった。
良く見ればまだ幼さの残る・・・二十歳ぐらいの若者なのに・・・。
子供のころから人を殺すことを教えられながらも、
自分の未来を切り開こうとしている・・・。
ツナヒロはまだ、
ザジルを全面的に信用しているわけではないが、
ほんの、少しだけ、
こいつに付きやってやるか、と思い始めていた・・・。
九鬼一族にはいろいろ謎があります。
過去の物語にヒントがあるかもしれません。