フラア・ネフティス編2 別れ
「おい! ユェリン!!
ダメだっ!! 目を開けろッ!
たのむ! ユェリン!!
そ・・・そうだ、ザジル!!
お前オレの傷口を治したよな!?
アレをやってくれ!!
そ、そうしたらすぐにここを出発するから!!」
ザジルはすぐにユェリンの元に駆け寄った。
ほんの・・・ほんの数秒傷口を注視していた彼は、
口早にツナヒロにある決断を促した・・・。
「・・・致命傷に近い。
オレには開いた傷口を閉じることはできるが・・・、
医学知識があるわけではない。
それにこの傷は体の奥まで達している・・・。
内臓の損傷を戻すには、一時的にこの傷口を広げないと不可能だし、
そうなると出血量もかなり危険なものになる。
それでも・・・いいのか?」
「こ、このままでも死んじまうだろう!?
急いでくれ! そうしたら・・・。」
ザジルは一度、
ツナヒロの目を見て、彼の意志を確認した。
すると首を元に戻すや否や、
あっという間にユェリンの背中の包丁を引き抜いた。
途端に噴水のように大量の血液が吹き出した!
だが、ザジルはうろたえない、
そのまま冷たい瞳で、彼女の傷口の中に指を突っ込んだのだ!!
ツナヒロは脂汗を垂らして見ているだけしかできない。
こ・・・これでなんとかなるのか?
感染症の心配だって・・・。
その永遠にも感じる長い時間は、
10秒もかからなかったのかもしれない・・・。
それまで、
とめどもなく溢れ続けていた血液は、急に流れを止め、
ほぼそれと同時に、
ザジルは血まみれの指先を抜き出していた。
言葉をかけようとするツナヒロのうろたえを無視し、
ザジルはさらに表面上のユェリンの傷口に、
今一度その指を這わせていた・・・。
「ザ・・・ザジル、ユェリンは・・・!?」
「何度も言わせるな、
保証はできない・・・。
傷口は何もなかったように塞ぐことはできた。
それでも、
・・・このまま意識を取り戻すかは、オレにもわからない・・・。」
「そ・・・そうか・・・。
あとは彼女の体力次第・・・なのか?」
「そう言うことになる。
だが・・・わかってるな?
このまま彼女を連れていくのはたやすいだろうが・・・、
それこそ自殺行為だぞ・・・・。」
ツナヒロはユェリンの細い体を抱き抱えた。
「おい、ツナヒロ、聞いているのか!?」
だがツナヒロの向う先は、
馬車のある屋外ではなく、ベッドのある自分の部屋だ。
ユェリンの細い体は、
そこらじゅう血まみれだが、
外傷はもはや、どこにも見当たらない。
今はどうでもいいが、ザジルの能力は如何なるものなのか?
「ツナヒロ・・・。」
ザジルは、
ユェリンの顔を覗き込むツナヒロに、
これ以上心配する時間など与えない。
「・・・なんだ?」
「さっきの自分の言葉、忘れてないな?」
「・・・う、あ、わかってる・・・。
だが、せめてこの屋敷の下女にユェリンの看病するよう、命じてくる。
そのまま、この屋敷を出るから・・・それでいいだろ?」
「・・・急げ、
異変を嗅ぎつけられて、奴らに捕まりでもしたら、
五体満足で生きる事など、もうできないぞ。」
ツナヒロは最後にユェリンの顔を見つめると、
そっと一言つぶやいてその場を後にした。
「どうか・・・死なないでくれ、
ユェリン・・・。」
一方、ザジルはその場にしばし留まった。
何をしていたかと言うと、
しばし、ユェリンの顔を覗き込んでいたのだ。
彼は何を思ったのか、
ゆっくりユェリンの顔に近づくと、
彼女の耳元に自分の口を近づけた・・・。
「・・・オレの技は、
対象者に意識がある時しか使えない・・・。
なぜ、ツナヒロを黙って見送る?
それでよかったのか?」
何とユェリンは、
その言葉で、うっすらとだが目を開いて見せる。
「・・・自分の身の程ぐらいは承知してるわ・・・、
でも、ザジル・・・
こんなことをしでかして・・・。
『お館様』は絶対あなたをお許しには・・・ならないわ・・・。」
「・・・逃げきって見せるさ、
オレは、お前らやあの屋敷に縛り付けられている者たちとは違う。
あのツナヒロは、
夜空にまたたく星に向かって旅をしていた男なんだろ?
ふん、九鬼帝国にやってきたのが運命?
違う! オレの手の届くところに、
そんなツナヒロがやってきたのが運命なんだ!
・・・オレはこの国から・・・
オレを縛っていた鎖を引きちぎってみせる!」
そしてザジルはカラダを起こす。
ゆっくりこの部屋から出ようとするザジルの背後から、
ユェリンは最後に力なくつぶやいた。
「・・・ザジル・・・、
あなたがどう思っていようと・・・
私同様、
自分の卑しい過去を洗い流せることなんて不可能よ・・・。
でも・・・でもあの人だけは、
ツナヒロ様だけは・・・お願い・・・。」
「わかってる・・・、
守り抜くさ、必ずな・・・。」
部屋の扉をそっと閉めるザジル・・・。
そして彼は階下に降りようとする寸前、
誰もいない廊下で一人つぶやくのだった・・・。
「人を殺すことしかできないこのオレが・・・、
誰かを守り抜くことができたなら・・・、
オレはきっと生まれ変わることができる・・・。」