フラア・ネフティス編2 凶刃
ツナヒロとユェリン、
二人の世界の外では激しい戦いが繰り広げられていた。
野蛮な・・・しかし力強い二本の槍が、
ザジルに向けて振り払われている。
だが、まるで白鳥をも思わせる優雅なザジルの身のこなしは、
ひと振りの攻撃ですらもかすることはない。
ツナヒロが気がつくと、二人の大男が大きな衝撃を立てて、
地面にほぼ同時に崩れ落ちた。
案の定、刃物一つ持っていないはずのザジルは、
返り血一つ浴びていないくせに、衛兵のカラダは血まみれだ・・・。
いったい、どんな技を使っているんだ・・・。
たった今まで、殺し合いをしていたばかりだと言うのにもかかわらず、
何事もなかったかのように、ザジルは静かに振り返る。
そしてザジルは、
これ以上の猶予をツナヒロには与えない。
「賽は投げられた・・・。
行くぞ、ツナヒロ、
お前はそのまま彼女を抑えていろ。
同じ施設で地獄を味わった者同士のよしみだ・・・。
苦しまずにあの世へ送ってやる。」
しばらくの間ツナヒロは、金魚のように口を動かす事しかできなかった。
やがて、ようやくそれが言葉となる・・・。
「な・・・何を言ってるんだ!?
地獄? あの世にって!?
ちょっと待て!! 聞いたろうっ?
ユェリンはオレを騙してなんかいなかった!!
二人ともだ、頭を冷やせ!
オレとユェリンが二人でここを抜ければ万事解決だろ!?
そうすりゃ・・・。」
だが、ザジルは冷たくツナヒロの望みを突き放す。
「無駄だ、
あの施設で育った者は、もう他に生きる道を知らない。
そういうように育てられてしまったんだ。
だからこそ、オレは一人で行動している。
理解しろ、ツナヒロ、
その女は、オレ達を逃がさないためにありとあらゆる手段を取るだろう。
その女がいては、ここを出られないんだ。
いつまでもグズグズしてるなら、この計画自体おじゃんだ。
オレは最悪の場合、ツナヒロをも始末するぞ?」
そんな・・・。
身の危険を感じて今度はユェリンが、
憎悪の炎を燃やしザジルをにらみつけた!
「ザジル!
よくも・・・よくも私のツナヒロ様を・・・
私の幸せをぐちゃぐちゃにしてくれたわねっ!
お前に・・・
お前なんかに何の権利があって・・・!!」
「フン、オレに? お前の幸せ?
何言ってる、
・・・オレ達にそんなもの、はじめから存在しなかっただろう?
お前は一生、肉人形・・・
オレはただの暗殺者・・・、
いや、一生じゃないか、
肉体のピークが過ぎて役にたたなくなったら、
奴隷以下の扱いだものな・・・。
オレ達に権利や自由なんてものは最初からない。
だったら、この手でつかみ取るしかないだろう!」
そしてザジルは一歩ずつ間合いを詰める・・・。
どうすればっ?
その時、ツナヒロの視界に・・・
階段の下から下男がこっそり登ってくるのが見えた。
ちょうど、ザジルの真後ろ・・・
ツナヒロにはザジルの下半身の向こうに見える。
勿論、同じ方向を向いていたユェリンにもそれがわかっていたが、
「教育」を受けているユェリンは、
その反応を表に出すことなどあり得ない。
しかし・・・ツナヒロのカラダは、
それを一瞬、動揺として露わに反応してしまったのだ。
そしてそのツナヒロの反応が何を意味するか、
「暗殺者」として育ったザジルには、
次に何が起こるのか瞬時に理解できていたのである。
下男が包丁を振り上げ、ザジルの背中に投げつけたとき、
ザジルは常人の目にもとまらぬ跳躍・・・宙返りを行い、
これまた誰の目にも触れぬ指先の動きで、
下男の咽喉元を切り裂いていた・・・!
そして悲劇が・・・。
「ユェリン!?」
ツナヒロが大声をあげて、
初めてザジルも気がついたのである。
下男の投げつけた包丁は、
あろうことか、ユェリンの柔らかい肌に突き刺さっていた。
背中から・・・胸中央に近い場所に・・・
「ツ・・・なひろ・・・さ・・・ま・・・。」
「ユェリーンッ!!」
彼女の手から凶器がこぼれる・・・。
力もどんどん失われていく・・・。
ユェリンは死を覚悟したのか、
ツナヒロの胸に沈み込んだ・・・。
「ツナヒロさま・・・あっ・・・たかい 」
「うそ・・・嘘だ・・・こんな・・・。」
なんで・・・こんな立て続けに親しい者たちが・・・、
ノートン・・・ドナルド・・・それにユェリン・・・
何もできないツナヒロに、
ユェリンは薄い頬笑みを、ようやく浮かべる事が出来たようだ。
「ツナヒロ、様・・・、
ユェリンは・・・幸・・・せで し・・・ 」
・・・そして力尽きたのか、彼女の瞼は閉じられる・・・。