フラア・ネフティス編2 氷の目をした男
間違いなく自分を呼びとめる男の声だ。
仰天して周りを見上げるが、
誰の姿も見えない。
警戒したまま、
もう一度逃げ出そうかと思った時、
背中に何かがつきつけられた。
ツナヒロの全身から汗が噴出する・・・。
「だ・・・だれだ!? 物盗りか!?」
背中からは、
かすれ気味の、ややキーの高い男の声が聞こえてきた。
「物盗り? ふざけるな・・・
おまえは盗られるような物を持っていないだろう?」
それはその通りだ。
ツナヒロはこの国の金銭を持っていない。
欲しいものは、大体要求すれば手に入る。
・・・だが、
それを知っているということは、
後ろにいる男は、ツナヒロがどういう境遇の者かも判っているということか・・・?
「ああ、金なんか一文だって持ってねーよ、
それより、じゃあ何の用だよ!」
「用か・・・、
用があったのはお前の方じゃないのか?
二、三日前、屋敷の中を覗いただろう・・・?」
「あっ、あの・・・!」
しまった! つい口から出ちまった!
「別に隠す必要もないだろう?
お前、門番に名乗ってるじゃないか・・・。
他にあの屋敷を覗こうなんて人間、
この辺りにいるわけもないしな・・・。」
「いや、・・・その、
興味があっただけで・・・、
特に何かしようと思ったわけじゃ・・・、
第一、オレは何も見てない!
そ・・・そんなことより、オレのことを知ってるなら、
こんな扱いでいいのかっ!?
せめて背中に突きつけてる物を下してくれよっ!」
後ろの男はピクリとも動かない・・・、
喋るのもやめてしまった・・・。
何か考え込んでるのだろうか。
「お、おぃい・・・?」
すると、背中の男は不思議な事をツナヒロに指示をした。
「右手を上にあげろ・・・。」
「右手・・・ホラ?」
「よし・・・。」
男はツナヒロの二の腕に、そっと指を触れると・・・、
そのまま静かに彼の腕に沿って指をなで下ろした。
「???」
勿論、痛くもかゆくもない。
だが、次の瞬間、信じられない現象が起こる。
今、触られた腕の皮膚がざっくりと割れ、
そしてそこから大量の血液が吹き出し始めたのだ!
「うわあああああっ! な、なにをするぅ!!」
あり得ないほどの出血だ!
これでは痛くないとはいえ、失血死してしまうのでは・・・!?
「騒ぐな・・・。」
男はツナヒロの腕をガッチリつかむと、
もう一度、同じ個所に指をなぞらえた・・・。
「ちくしょうっ!
こんなに血が出てるじゃねぇ・・・あれ?」
血が・・・
いや、たしかに血だらけだが、皮膚が裂けていない・・・。
傷があった痕跡すら見えない。
そ、そんな馬鹿な・・・!?
試しに左手の指で、
傷があったはずの個所を引っ張ってみるが、
血だらけでヌルヌルしてるだけで、皮膚自体は正常だ。
「な・・・なんだ?
お前・・・何したんだ?」
男は、
さらにゆっくりと、不自然なほど丁寧に、
現在の状況をツナヒロに理解させた。
「今、お前が認識すべきことは・・・、
オレがもう一度、お前のカラダに触れたら・・・、
そこから大量に血液が流れ出すということだ・・・。」
背後の男は相変わらず、何の感情も見せずにゆっくりと話す。
そしてツナヒロは完全に恐怖に呑まれ、
その男に逆らう気が失せて行った・・・。
背中の男はさらに言う・・・。
「わかるな・・・。
例えば、おまえの咽喉なんかに私の指が触れたら・・・、
出血量はこんなもので済まない・・・。
それこそ、私が傷を治す間もなく、お前は死に至る・・・。」
「あ・・・あぁ・・・。」
ツナヒロは震え始めた・・・。
これまで気楽に過ごしていた反動か、
明確な死の恐怖に、
カラダが自分の意志でコントロールできなくなってしまっている。
「理解できればそれでいい・・・
後ろを振り返っていいぞ・・・。」
そんな事言われても・・・
ツナヒロはよろけながら・・・いや、
後ずさりしながらようやく振り返ることができた・・・。
薄い月明かりに長い髪が映える・・・。
若い・・・まだ若い男だ。
下手したら二十歳前後の男じゃないか?
男の風体は異様で、
肩甲骨まで伸びる長い銀色の髪自体、この国で見たことないが、
服装も体にぴったりフィットしている初めて見る服だ・・・。
そして何よりも、ツナヒロを見下ろす氷のような目・・・。
「・・・怯えなくていい、
・・・オレの言うことに正直に答えるのならば・・・な。」
「あ、ああ、わかった、正直に話す・・・。」
「良し・・・。
まず、お前の名だ、
正確にもう一度・・・。」
「ツ、・・・ツナヒロ・スーク・・・。
この国じゃ名字が前に来るから、
それに合わせるなら、スーク・ツナヒロだ・・・。」
「スーツナヒロ? スークナヒロ?」
「い、いや、スーク・ツナヒロ・・・、
別にツナヒロでもいいが・・・。」
「・・・じゃあツナヒロと呼ばせてもらおう、
それで、先日、おまえ塀によじ登っていたな、
お前は興味があると、いきなり他人の塀の中をのぞくのか?」
「あっ、そ・・・それは・・・。」
ど、どうしよう、悲鳴が聞こえたからなんて・・・。
だが、この髪の長い男はツナヒロの懸念を感じ取ったようだ。
「何を見た!?」
この男がどんな技を見せたかは後程・・・。