フラア・ネフティス編2 怪しき館
雲行きが変わってきました・・・。
「うぃ~、
うーたーげー美ー味ーしーかーのーやーまー♪」
こんな歌は古今東西どこにもない。
宴会続きで酔っぱらっているツナヒロが、
千鳥足で適当な歌をくちずさんでるだけである。
絶対にマネはしないで欲しい。
九鬼帝国の帝である九鬼実彦には、
宮廷のあちらこちらに親族だか外戚だかがたくさんいる。
毎夜毎夜、ツナヒロは引っ張りだこなのだ。
ツナヒロ本人も、
あまり飲みすぎると仕事や健康に差し支えるとはわかっているのだが、
とくに納期もないわ、責任もないわという気楽な仕事なので、
歯止めが効かなくなりつつある。
・・・唯一気掛かりがあるとすれば、
酔っぱらって帰って、まともにユェリンを抱きしめられなくなるかもしれない、
という不純な動機だけだ。
ただ、嬉しいことに、
どんな遅くに帰ってきても、
ユェリンはにっこり笑って待っていてくれている。
部屋を開けると・・・(もう彼女は自由にツナヒロの寝所に出入りできる)・・・、
主人の帰宅を待っている犬や猫のように、
駆け足交じりで抱きしめられに来るのだ。
別に毎日、事に及ぶほどツナヒロは精力的でもないが、
ユェリンの笑顔や、
布団からのぞく、すやすや眠るその顔は、
まるで宝石のようで、何回見ても飽きないのだ。
・・・やばい、惚れ始めちまったかな・・・。
正直、顔は好みかと言うと、
そうではないはずだ・・・。
プロポーションに関しては、
まっ ・・・たく文句ない。
むしろ、惹かれたのは彼女の仕草や表情・・・態度だろう。
ツナヒロだって子供ではない。
彼女の過去だって想像できる。
今のところ、彼女の口から語られることはないし、
こちらからもわざわざ聞こうとは思わない。
この先、進展があるとするならば、
いつか明らかになる事もあるだろう。
その時、果たして・・・
この関係は終わりを迎えるのか、それとも・・・。
勿論、酔っぱらっている今では、
そんな深刻な事を考えているわけではない。
それに小便ももよおしてきた。
家までダッシュすれば、間に合いそうだが、
この辺りって・・・。
そういえば、この国では立ち小便は犯罪となるのだろうか?
法律も覚えた方がいいよな・・・。
ツナヒロがうろついてるこの地域は、
中央官舎とは言っても、それなりの重要ポストに就いている者しか立ち入れない地域だ。
いわゆる首万里城の中でも、
さらに高い外壁や衛兵たちに守られている。
それは鉄壁の守備だ。
だがその特区の中に入ってしまえば、
あまり衛兵の姿は目立つわけでもない。
時刻も時刻なので、
いま、ツナヒロの視界には誰もいないのだ。
・・・やれるか・・・。
でも見つかったら、一気に評判落ちるよな・・・。
そんな時、
彼の耳が何か声のようなものに反応した。
・・・声・・・いや、悲鳴?
発情期の猫? ・・・でもなさそうだ。
悲鳴のような声は断続的に聞こえる。
ツナヒロの酔いは醒めてゆく・・・。
見るとこの辺りでも更に高く・・・
そして長い塀が続いている屋敷が見つかった。
広さ的にも、この屋敷の中のどこかから聞こえてきた声のようだ。
・・・誰の家だろう?
実彦の住まいはここではないし、
今まで紹介された豪族や高官の誰とも記憶が合致しない。
少し先を見やると、
長い塀の割にはあまり大きくない門と、
その両脇を固める屈強な兵士が2人立っている。
ツナヒロは興味がわいた・・・。
さらに言うと、
ここのところ九鬼の大勢の官僚や豪族にちやほやされているために、
常識以上に気が大きくなっていたのだ。
大胆にも彼は、門番の所に近づいた。
でけぇ・・・!
どちらもゆうに100kgは超えそうな巨漢だ・・・。
門番は当然、
ツナヒロに気づくと槍を持ちかえる。
「なんだ、貴様は?」
慌てるツナヒロ。
「あーっ、っとおーと、オレ、
実彦様にお世話になってるツナヒロってもんだよ、知らない?
今夜も、太政官のところで宴会が終わったばかりさぁ、
でさ、
家がこっちなんだけど、
たまたまこの立派なお屋敷を見つけてさ、
・・・ええっと、ここはどなたの家なのかなと思って・・・。
良ければ明日にでも挨拶しようかなぁっと・・・。」
二人の門番は顔を見合わせる。
「何、言ってんだ、コイツは。」
一人は遠慮なく、ツナヒロの顔に槍を突きつける。
「貴様がこの一帯に住む者なら、
ここが何だか知らぬはずがあるまい!」
「うわっ、ちょっと待ってくれ!!
オレは最近ここに住み始めたんだよ!
あんたらこそ俺を知らないのか!?
400年前の世界からやってきたツナヒロ・スークだよ!!」
「ハァァア!? 頭をどうかしたのか、てめぇはぁ!?」
そのうち、もう一人の男が槍を構えた男を制止する。
「おい、こいつ、ホラ、
例の・・・三条様が預かったという・・・。」
良かった、コイツは知ってくれてるようだ。
「そーっ!
その三条様に、今住んでるところも世話してもらってるんだ、
だから怪しい奴なんかじゃないから槍を下してくれよ!」
こんなところでドナルドと同じ目に遭っては堪らない。
すると、衛兵はゆっくりと槍を収めてくれた。
「あーよかった、ありがとう、
それで、ここはどなたの・・・。」
だが、彼らは攻撃の構えをこそとらないものの、
その警戒心は一向に隠すそぶりもない。
それどころか、
彼らはその巨躯を以てツナヒロににじりよった!
「うわっ!?」
「去れ! ここは何人も立ち入り禁止だ!
この屋敷が何なのか知りたければ、
お前が、宮廷で話のできる者に聞くがよい!!
これ以上、ここに居座るなら、
容赦なく貴様の命を断ってやるぞ!!」
「ちょと、あんたら、オレを誰だと・・・!?」
「我々は、この屋敷に近づく者を排除する権利と義務を持っている。
貴様が何者であろうと、怪しい行動をとるならば、
我らは忠実にその任務を全うする!!」
どう見ても冗談で済みそうはない。
ツナヒロは思わず後ずさりながらUターンした・・・。
こらシャレで済まん・・・!
ほぼ駆け足に近い形でその場から離れる。
衛兵はこちらに注意を向けたままだが、
彼らはその位置を動いてはいない。
これはまずったかな・・・?
だが、
ツナヒロの好奇心は消えたわけではなかったようだ。
彼は角を曲がると、
家には帰らずに、その塀に沿って進み続けることにした。
こっちの壁には門番はいない。
塀は高いが、
宇宙飛行士にまで抜擢されたツナヒロの運動能力は高い。
「(やっ!)」っと、
小声でジャンプし、ギリギリ掴んだ塀の天辺に指をかけ、
懸垂に近い形で自分のカラダを押し上げた。
案の定、塀の上から見下ろせる屋敷の中は、
その庭も広すぎる。
かがり火は何箇所か焚かれているが、
屋敷の様子が分かるほど明るくもないし、数も多くない。
・・・聞こえる・・・。
叫び声だ・・・。
それも一つや二つではない・・・。
子供の声のようなのだが・・・。
これはもしや、ただ事ではないのではないかと思っていたら、
塀を掴んだままの手のひらに、
かすかな振動を感じた。
これは音・・・!?
ツナヒロの背筋が凍った。
や ば い 。
暗くて見えないが、
誰かが自分と同じ、この塀の上に立ったのだ。
自分の位置が、とても危険な状況にあるのは直感でわかった。
反射的にツナヒロは塀を飛び降り、
一目散でこの場を離れることを選択した。
ご丁寧にまっすぐ家には戻らず、
追われることも考慮して、何度も廻り道を選んでいる。
誰もついてきては・・・。
見つかった・・・?