フラア・ネフティス編2 新たな生活
ツナヒロは勿論、酔っぱらってる。
・・・いや、冷静な判断ができたところで、
この誘惑に耐えられたのかどうかは疑問だ。
それに・・・ここまで言われちゃったら・・・。
「と・・・とりあえず、じゃぁ中入る?」
「はい! ありがとうございます!!」
ユェリンは大きな瞳を輝かせて喜んだ。
これはもう、無理だ。
ツナヒロに抵抗できるわけがない。
一応、がっつく姿も見せられないので、
落ち着いたふりをして優雅に振舞う。
「ユェリン・・・だったっけ、
キミも少し、飲むかい?」
部屋の中には、小さな酒甕を置いてある。
そう、
もう、この部屋では誰も邪魔など入るはずもない。
ゆっくり、ムードを高めつつ、
「その」行為になだれこむか・・・!
小さな机をベッドに寄せ、二人は肩を寄せ合ってベッドの上に座る。
小さく乾杯してからは・・・。
だめだ!
我慢できねぇ~っ!!
・・・ここから先は皆様の想像にお任せしよう。
ツナヒロは、
旧世界でも女性に縁がない男ではなかったが、
任務の忙しさがあったので、そうそう遊んでいた訳でもない。
こんな美味しい生活など体験した事がないのだ。
今や彼は、この世界にきて良かったとさえ思い始めていたのである。
ツナヒロは日中、
個室を与えられ、いろいろな書物を読む権利を与えられ、
いろいろな資料を作ったり書いたりする毎日が始まった。
そこで作られた物は、
九鬼実彦や、また実彦が許可した者に閲覧できるようになっている。
ユェリンと熱い夜を過ごした翌日、
三条が、そういった仕事の内容などを確認したり、監督したりするために、
何度かツナヒロの仕事部屋に出入りする。
ちょうどいい、昨夜の事も聞いておくか・・・。
「あの、三条様、
え・・・と帝にはお聞きしづらいので、
良ければ相談させていただきたいのですが?」
「はて? 私でよければなんなりと・・・?」
「あ、えーと、あの昨夜ですね、
私の寝所に、踊り子が・・・。」
そこで小難しい顔の三条は、
にこぉぉぉぉっっと滅多に見せない笑顔を咲かせ始めた。
こんな顔もできるのか・・・
いや、そういや宴席でも時々見せてたっけ。
「どうでしたかな? 昨夜の者は。
私も、ツナヒロ様のお目は高いなと、
感心していたのでございますが。」
「えっ、いや、あのっ?
や、やっぱり、この国ではありきたりなことだったんだ。」
三条は人差し指を曲げて首を振る。
「チッチッチ、ありきたりではございません。
夜伽の者を呼べるのは大豪族以上だけでございます。
後ほど帝にお礼を述べておくと良いでしょう、
全てはあの方の思し召しです。」
「そ、そうなんだ、
わかった、挨拶しておくよ。
そ、それで、あの娘は・・・
じゃあ、今回限り・・・だよね?」
三条は必要以上にツナヒロににじりより、気味の悪い笑顔を浮かべた。
ま、まさかこのオッサン、そっちの気があるんじゃあるまいな・・・?
「・・・おやぁ?
気に入られましたかな、あの娘を?」
「あ、ああ、あの・・・ていうか、ほら、
この国の慣習とか、よくわからないし、
どう扱えばいいのかと・・・。」
「なぁるほど、さようでございますか!
・・・ではこれは私の考えではありますが・・・、
伽の者を呼べるのは一度だけでしょう。
ただ、あの者が気に入ったと言われるなら、
今後、ツナヒロ様のお手付きということで独占できるはずです。 」
「ほ・・・本当!?」
「ええ、ツナヒロ様さえよろしければ、
私から帝に進言しますが。」
「あ、ああああ、そ、それは・・・
嬉しいな、そうしてもらえると・・・。」
「ただですな。」
「あっ? はい?」
「ツナヒロ様は独身ですよね?」
「あ・・・ええ。」
「あのような身分の者に、
夜の相手を務めさせ続けるのは、
今後、ツナヒロ様の未来にとって好ましいとは思いません。
先ほど私は、大豪族だけと言いましたが、
大豪族だからとはいえ、
未婚の者が夜伽の者を呼ぶこともあり得ないからです。」
「な・・・なるほど。
すると、特定の相手をさせるのは、
実質妾みたいな場合だけですか?」
「左様です、
例えば正妻が大病を患ってたり、
夫婦仲がうまくいってない時とか、
まれに伽の者を娶る事も起こり得ますが、
その場合も、身分上の問題から第三婦人以下の扱いでしょうな。」
「はぁはぁ、ようやく、つかめてきたぞ・・・。」
「ご理解いただけましたかな?
つまり、あのような身分の者で愉しむことは問題ありませんが、
のめりこみすぎても、情を移してしまうのも好ましくはないということです。」
ツナヒロは一度考え込む・・・。
今のところ、たった一晩だけだが、
とりあえず他に思いを寄せる女性がいるでもなし。
夜毎の楽しみとしては、十分すぎるほどの相手だ。
・・・この先ね。
確かに奥さん探しをするなら、
毎晩、遊女と寝ているわけにもいくまい。
では、ユェリンを結婚相手としたら・・・。
まぁ今からそれを考える必要はないだろう。
「三条様、ありがとうございます。
お話は十分理解しました、
もしかしたら、また御相談に乗っていただきたい場合もあるかもしれませんが・・・。」
三条は、
またもや不気味な笑顔を作りつつ、
首を不自然に曲げてウィンクした。
こここ、怖いって・・・。
「はっは、お任せくだされ、
他にも困ったことやわからない事があったら、私を頼ってくださいね?」
「な・・・何から何まで・・・
ありがとうございます・・・!」
首万里城の生活、およそ一ヵ月ほどで、
ボードリール司祭とは別れを告げた。
先の三条との会話でも分かるとおり、
もうツナヒロの言語能力は、
隊商語をほとんど理解できるほどまでになっていた。
「・・・それではツナヒロさん、
私がいなくても、首万里管区の教会の者は、あなたのお役に立つはずです。
何か困ることがあったら彼らに相談してください。」
「えっ、司祭様、
・・・それって、あなたはどこかに行ってしまわれるのですか?」
「はい、この後、
私は北のイヅヌに向かうことになりました。
両国は戦争状態ですが、
我々東方教会の者は行き来することが可能です。
・・・もっとも手続きやチェックが厳しいのですがね、
今からその準備です。」
この首万里では、
戦闘の最前線から遠く離れているため、
この国が戦争中などと言う事は全く意識できない。
もちろんそれは、
この国の豊かさに依るものだが、
いずれはツナヒロも、
戦争に何らかの関与をせねばならない時が来るのだろうか・・・。
そしてその時は・・・、
ツナヒロの想像を越える速さで迫ってきていた・・・。
当初、ユェリンという女性の登場予定はありませんでした。
頭の中にあった構想を文章化するにあたり、
・・・女っ気がなさ過ぎる・・・
事に気付いて急遽登場させました。
思った以上に活躍してくれましたが、また予定分量を大幅に増やしてしまう事態に・・・。