第4話
この現代において、
そんな与太話を真剣に受け止める日浦ではないが、
このマーゴが言い出すとなると話が違う。
簡単に笑い飛ばすわけにもいかないだろう。
「おっ、さすがは『ウェールズの魔女』、
目の付け所が違うね?」
ウェールズの魔女・・・これも騎士団内での彼女の俗称、
彼女はオカルティズムの専門家で、
なおかつ学生時代に、
彼女の美貌に惹かれ、多くの男達が破滅して以来、こう呼ばれるようになった。
『ヒーウーラーぁ♪
今度は私が怒るわよぉ?
でもね、事の真贋はともかく、
古いドルイド系の呪術にも、
互いの口を使った魂の交換術みたいなものがあるのよ。
教祖はそれを知ってるのかしらねぇ?』
「・・・ごめん、マーゴ。
うーん、呪術ねぇ・・・
そういえば、
教祖は日本人ではなさそうだったな、
未だに彼の前歴は調べられていないんだけど、
その辺に彼の出自があるのかもしれないな・・・。」
『ふぅーん、
・・・他に何か、気づいた事は?』
「ん~、後は・・・
音響か、無臭の気体か何かで、幻覚作用か何か起こせる・・・
てことはないかな?
酒を飲んだ信者は勿論だけど、
僕にも変なものが見えたり聞こえたり・・・したかも。」
『大丈夫ぅ? 何を見たの?』
「ん、大した物でもないんだけどね、
儀式で見た口から流れる気体・・・以外には、
帰り際、道路で変な生き物を見たとか、
誰もマイクを使ってないのに、
スピーカーから『メリー』っていう、
女の子の声が聞こえてきたり・・・ぐらいかな?」
『・・・メリー・・・?』
しばらく電話口で間があったが、突然マーゴの口調に変化が現れた。
『待って?
その声は何て喋ったの? 詳しく説明して!』
突然のマーゴの真剣な口調に、
戸惑いながらも日浦はあの会場で聞いた言葉を思い出す。
「おいおい、どうしたんだよ?
えーと、確か『私メリー、いま、この町にいるの』
・・・だったかな?」
『・・・ヒウラ・・・、
もしかしたらあなた・・・会場に戻った方がいいかもしれない・・・。』
「ええっ? 何言ってんだよ、マーゴ!?
今からかい!?
そっちは昼かもしれないが、こっちはもう夜だぜ、
どうしたって言うんだよ?」
『ごめんなさい、
確証はないし、私にあなたを動かす権限はないのは百も承知だけど、
騎士団内におかれた私の役割を考えると、
あなたに見に行ってもらうしかない・・・
という結論になるの。』
「待ってくれよ、
せめて理由を教えてもらえないか?」
『・・・そうね、その通りだわ、
なるべく簡潔に話すわね・・・。』
電話の向こうで、マーゴがごそごそ慌ただしい動きをしている。
パソコンや端末操作だけなら仰々しい動きは不要なはずだ。
もしかしたら机の上の飲食物をかたしているのかもしれない。
『いま、ファイルを調べてるから、
・・・ちょっと・・・待っててね・・・ああ、これこれ・・・。
いい? まずね、
騎士団には世界中からいろんな情報、
軍事・政治・経済・宗教・・・裏側も含めて、
いろんな情報が集まってくる・・・
なんてのは極東支部長のあなたには不要の説明よね?
中には世間を騒がした猟奇事件や、未解決の事件なんてのもあるわ。
日本からもあなた以外の情報員から、
情報のランクによっては、
あなたを通さずに直接騎士団にあげられる物もある。』
「ああ、アヴァロン情報システムだな、知ってるよ。」
『そうよね、それでね、
日本警察内部にいる騎士団員が流してきた未解決殺人事件の中に、
この"メリー"って単語が含まれているのよ。』
「何だって・・・!?」
ようやく義純も、事の重大性を認識してきた。
『・・・情報は二件あるわ、
一件は中国地方で起きた暴力団員の連続殺人。
もう一件は・・・これ有名じゃない?
東北の県議会議員が、
自宅の大勢の護衛と共に、殺されてしまった事件・・・。』
覚えている・・・
数年前、監禁事件と連続となって大騒ぎになったヤツだ、
犯人は未だ見つかってないと記憶している。
「・・・覚えているとも、
それで・・・『メリー』・・・てのは?」
『両方の事件に共通するのは、殺害手段。
・・・鋭利な刃物によって、
頚動脈を切り裂かれたり、首を刈り取られたり・・・、
それと現場に落ちてる石膏の破片、
彼らが所持する通信媒体に、
殺害直前の非通知の着信記録・・・。
それとね、
県議会議員のほうで、
現場に居合わせたルポライターが、
殺された秘書の携帯から、
"メリー"と名乗る女性の声を聞いているわ・・・。』
義純の背中に冷たいものが走る・・・。
「・・・それって何?
殺し屋のようなものがいるってことかい・・・?
大体、石膏の破片て、
どっからそんなものが・・・?」
『そのあたりはなんとも言えないわね、
ただ、議員殺害に関しては、
添付資料に、地元の都市伝説の注釈があるわ。
人間を"死神の鎌"で切り裂く、
メリーという名の"人形"の話が伝わっていると・・・。』
「 『 に ん ぎ ょ う 』 ・ ・ ・ !? 」
思わず義純の口から言葉が漏れる。
人形・・・?
(オレがあの帰り道で見た物は・・・まさか・・・?)
再び彼の脳裏に、
ほんの一瞬だけ目撃した不気味な姿が浮かび上がった。
『もしもし? ヒウラ、どうしたの?』
これまで、
数々の修羅場をくぐり抜けた義純がうろたえている・・・。
「・・・マーゴ、『人形』って言ったか?
僕は・・・それを見たかもしれない・・・。」
『何ですってッ!?』
今度驚いたのは彼女の方だ。
「いや、判らない・・・、
けれど帰り道で見た変な生き物・・・
もしかすると、『人形』に見えたかも・・・。」
『・・・それは大きさはどのぐらい?
人間にも動物にも見えないの?』
「大きさは人間並みだ・・・
小柄な少女にも見える・・・
でもその動きは人間のものじゃない・・・。
長い金属のような物を持っていた・・・。
林から道路を突っ切って、
・・・教会本部のある方角へ駆けていった・・・。」
しばらくお互いの間に沈黙が流れていたが、
ようやくマーゴが口を開く。
『ごめんなさい、さっき・・・、
教会に戻った方がいいと言ったけど、
事によっては・・・、
かなり危険かもしれないわね・・・。
そこいらの殺し屋程度なら、
騎士団生え抜きのあなたの敵ではないと思うけど・・・、
どちらかというと、
私が扱うべき領域かもしれない・・・。』
義純はその言葉にハッと我に返った。
自分の役割と責任を思い出したのだ。
「何をおっしゃる、これは僕の役目だ。
あくまでも調査だしね、
君の言うとおり、一度これから戻ってみるよ。
実際、何もないと思うけど、帰ったらまた報告するよ。」
『気をつけてね、ヒウラ!
あ! 今度イギリス来たらディナー誘ってね? ね?
わたし綺麗になったわよぉ~。』
再びマーゴが奔放モードになった。
「君は昔から綺麗だよ、
でも迂闊に誘うとパパ君ににらまれるからねぇ?」
『・・・んもぅ、みんなそう!
パパの事なんか気にしなくていいのにぃ!』
違う、それは口実。
みんな振り回されたくないだけ・・・
と言いたいのを義純はぐっとこらえた。
偉いぞ、義純。
電話を切って、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干す。
事務所を出て、駐車場に控えるは自らの愛車、
車内のダッシュボードには護身用のナイフ・・・万一に備えてだ。
そして再び、日浦義純は教会本部へと向かった。
この時間は、
O市方面もまだ車は結構流れている。
しかしバイパスを降りる頃には、
元々この辺りは民家も少ない事もあり、
ようやく車の量は減っていった。
・・・だが少々気がかりなことがある。
先ほどからパトカーが多い・・・。
しかもそれは、
義純が向かう教会の方角と一致している。
対向車が殆どいなくなるようなところまで来たとき、
カーブのところで、
一台の女性が運転している赤い軽自動車とすれ違った。
一瞬、
義純の車のライトがドライバーを照らした時、
(まさかあの人形が!?)
とも思えたが、
自分の気弱な妄想にあきれ返った。
・・・普通の女性じゃあないか。
ただ教会の関係者かも知れない可能性は十分にあるだろう。
いわゆる在家も相当いるだろうし・・・。
しかし、
教会への坂道を登っていくに従って、
彼の嫌な予感はどんどん確実性を増していく。
警察の車両が、
何台もダイナスティの教会本部に集まっていたからだ。
義純は昼間、車を停めた所と同じ場所に車を停め、
既に「立ち入り禁止」のロープが張られているギリギリの所まで近寄った。
「すいません!
何があったんですか!?」
義純は近くで、
パッと見、一番偉そうな人間に聞いてみた。
「何だね、オタクは? この教会の関係者?」
「いえ、
昼間ここのイベントを見学したものです。
興信所を経営してます。」
喋れることはガンガン喋る。
そのほうが手っ取り早い・・・というのが義純だ。
「・・・興信所?
探偵さんか何かかい?
・・・なら聞きたいことがたっぷりあるんだがね、
とりあえず大量殺人・・・とだけ言っておくよ。
まずは名前と電話番号、聞かして貰えるかね?」
・・・マーゴの教えてくれた二つの事件と同じパターンになった。
ほんのわずかな不安・・・
現実には起こりえないと思える程度の可能性が、
まさか目の前で起きてしまうとは・・・。
義純は体中に鳥肌が立っていくのを感じていた・・・。
まさか・・・本当に人形・・・。
自分が目撃したあの気味の悪い「物体」が、
人を殺したというのだろうか?
・・・彼が自分の事務所にようやく戻った時、
既に日付は変わっていた。
しかしまだ、
マーゴへの報告という仕事が待っている。
メリーの出番はもう少々お待ちください。