フラア・ネフティス編2 絶望
「ツナヒロさん。おはようございます、良いお知らせです。」
朝一で神父がやってきた。
「あ、おはようございます、
神父様、それは仲間の葬儀を?」
「はい、この後、一度あなた、この牢から出られます。
あなた行動は、兵士たちに監督されますが、
怪我した仲間のところにも・・・。」
「本当ですか! ありがとうございます!!」
「それとですね、4~5日後でしょう、
私より優れた英語を使える者やってきます。
恐らくヤズス会東方教会の、かなり重職です。
うまくいけば、九鬼の首府、案内できるかもしれません。」
「なにからなにまで・・・ありがとうございます・・・。」
ツナヒロが真っ先に望んだのは、
ドナルドの容態を確かめる事だった。
すぐにこの村の医療施設と思われるところに連れてこられると、
簡素なベッドの上にドナルドが横たわっていた。
「ドナルド!」
「お・・・おお、ツナヒロ・・・
見てくれ、このざまを・・・。」
どうやら大事には至らないようだ・・・良かった。
だが、昨夜の話をなんて伝えればいいんだ?
体力も低下しているのは間違いないだろうし、
あまりショックな話を伝えるのも・・・。
「ドナルド・・・いま、
この村にはかろうじて英語を使えるのが、
地元の神父さんだけだ、
・・・それであと何日かで、
この国のお偉いさんがやって来るらしいから、
その時にいろいろ交渉しよう、
で、今日は、モートンの亡骸を弔ってやろうと思うんだが・・・。」
「あ? あと何日って・・・ここはどこなんだよ、
速攻で来れねーのか・・・?
モートン・・・ここで弔うのかよ?
安置したまま本国に送り返すべきだろ?
家族だって待ってるんだ・・・、
おかしいぞ、ツナヒロ・・・。」
ダメだ、・・・二の句が出ない。
ドナルドの言い分は全て正しい。
・・・世界が変わり果てていなければの話なのだが・・・。
最後にツナヒロは苦しい言い訳をする。
「どうもな、
ここはアメリカでいうアーミッシュのような地域なんだ。
電気も車もない。
もちろん、電話もだ。
船内は無菌状態に近いが、
一度ハッチを開けてしまったしな、
気温も高いから、
遺体が腐食するかもしれない事を考えると、
早めに、と思うんだ・・・。
仮葬儀のようなものにして、
棺に納めてやるぐらいで考えてるんだが・・・。」
「そうか・・・、
とんでもねー場所だな・・・。
まぁ、仮葬儀なら・・・。
オレも出席したいが、車椅子すらないのならな・・・、
ツナヒロ、じゃあ、
この後はお前に任せちまっていいのか?」
「ああ、大丈夫だ、何かあったらすぐ報告に来るよ、
ドナルドは怪我を治すことだけ考えてくれ・・・。」
葬儀は滞りなく行われた・・・。
村人達も、
ツナヒロの出自を聞き及んだらしく(半信半疑だろうが)、
どうも同情してくれているようだ。
ドナルドのカラダを、
わざわざ担架に移して、葬儀に参列できるように取り計らってくれた。
ドナルドは、
涙を流してモートンの棺が教会に運ばれていくのを見送った・・・。
ツナヒロに涙は流れない。
悲しいことには違いないが、
モートンにしろ、自分にしろ・・・勿論ドナルドもだが、
身寄りも知り合いも誰もいないこの世界で、
自分たちの死に、何の意味があるのだろうか?
これまで積み上げてきた技術や知識、経験すらもここでは役に立たない。
この先、どうすればいい?
そんなことを考え始めると、深い絶望しか湧いてこないのだ・・・。
いったい、この世界は・・・。
そして数日が過ぎた・・・。
ツナヒロは「ウィグル王列伝」を読みふけり、
400年前に何が起きたのか、
真剣に読み始めた・・・。
1日に2時間ほどだが、
神父もやってきて隊商語も教えてくれることになった。
ウィグル王列伝は各国語に翻訳されて、
この九鬼には、九鬼本来の言語で記されたものと、
隊商語で記されたものが、最も多く出回っているという。
そのせいもあってか、両者の言語は比較的貧しい層であっても、
容易にコミュニケーションをスムーズに行えるらしい。
よってツナヒロは、
二つの「ウィグル王列伝」を見比べながら、
隊商語を覚えていくこととなる。
当然、ドナルドにも・・・と思うのだが、
話のとっかかりがつかめないまま、
事態の雲行きが怪しくなっていく・・・。
ドナルドの容態に変化が現れたのだ・・・。
熱を発し始めた・・・。
会話することもつらそうだ・・・。
時々舌がもつれている。
最初は気にも留めなかったのだが、
日を追うごとに容体は悪化していく。
そしてそれは、
ツナヒロよりドナルドの方がよくわかっている症状だった・・・。
「は・・・破傷風だ・・・。」
「破傷風!?
もしかして槍で刺されたときか!?」
「あ、ああ、やべべ、ーぞ、
ここにはこ、抗生物質もねーだろ・・・う?
は、早くきゅ、救援隊にききてもらわんと・・・。」
ツナヒロの目の前は真っ暗になった・・・。
すぐに神父や地元の医者に掛け合うが、
案の定、ここには「抗生物質」という概念すらない。
痛み止めとか、熱冷まし程度の薬しかないのだ。
そ・・・そんな馬鹿な事が!
このままではモートンに続いてドナルドまで・・・。
だが・・・運命の神は残酷だった・・・。
ドナルドの容体はどんどん悪化し始め、
カラダの痙攣も頻発に起こり始めていた・・・。
もはや目もうつろになり、
意識もおぼろげになっていく・・・。
「ハァ、ハァ、ツ・・・ナ、ひろ・・・」
「ここにいるぞ、ドナルド!!
しっかりしろ!!」
「ハァ、ああ・・・帰り・・・てぇ・・・よ・・・、
むす・・・こに・・・かぞくに・・・・・・」
「きっと帰る方法がある!
おい! 待てドナルド!!
気をしっかり保て! ドナルドーッ!!」
「・・・・・・・・・ ・・・ 」
「ど・・・ドナルド・・・ォ・・・。」
そして・・・
ドナルドのカラダからは痙攣すら起きなくなり、
瞳孔も、見開いたまま変化することはなくなった・・・。
ついに・・・、
ついにツナヒロは、
誰も知る者のいないこの400年後の世界で、
たった一人ぼっちになってしまったのである・・・。
しばらく何をしていたのか思い出せない・・・。
何をする気力もない。
本を読むこともなければ、
兵士や村人とコミュニケーションを取ることすら億劫だった。
セルジオ神父がいろいろ同情してくれたり、
ドナルドの葬儀を摂りはからってくれていたようなのだが、
その誠意溢れる行為に、
感謝の念を述べることすら忘れてしまっていた。
モートンの棺は教会の地下に安置されていたのだが、
もう、ドナルドに隠す必要もないので、
二人は共に、教会の共同墓地に埋められた。
自分も・・・
こうやって朽ちていくのか・・・
いずれ・・・。
葬儀も全て終え、
再びツナヒロは一人で、自分にあてがわれた個室に閉じこもった。
宇宙船から自分の暇つぶし用の本とかは持ち込んできたが、
それらも全て部屋の片隅に散乱している。
一度、目を通したものには違いない。
気でも紛れるかと思って持ってきたのだが、
数ページも読んだところで投げ出してしまう。
無性に自分がみじめだ・・・。
今頃になって涙が頬を伝う・・・。
なんで・・・
おれがこんな目に・・・。
そりゃあ、火星に旅立とうなんて決めた時から、命の危険は覚悟していた。
二度と地球に戻れないのでは、
などと思った事も一度や二度ではない。
だが、いきなりこんな正体不明の出来事に襲われ、
そしてたった一人になんか・・・。
窓から見える景色は南方らしく、
涼しい風とまたたく星明り・・・。
波の音も聞こえる・・・。
でも・・・でもここは俺の世界じゃない・・・。
どうして・・・
その問いに答える者など誰もいない・・・。
ツナヒロの心中には、
自ら死を選ぶ考えも浮かんでいた。
かろうじて、
まだそれを決断するには至らないではいたが、
この先、どこまで正気でいられるかも・・・。
そして今日も一日が終わる・・・。
次回より新展開
というか、
先に西の神聖ウィグル王国に一度舞台を移します。
そしてまたツナヒロのところに。