フラア・ネフティス編2 九鬼帝国
ク キ 帝 国?
帝国だって?
このロケットが火星に飛ぼうかという時代に!?
「・・・セルジオ神父、
冗談はやめてください!!
この21世紀に帝国だなんてどこに存在するんですか!!」
さすがのツナヒロも、
この状況で冗談を楽しもうなんて余裕もない。
だが神父の表情は変わらない。
それどころか・・・。
「ツナヒロさん、いま、
21世紀にと言われました・・・ね?
冗談をやめてくれ・・・とは私こそ言いたい・・・
ですが、
海岸の鉄の塊、私も見ました。
お互い、冗談では済まないの ですね。」
ツナヒロは何も言えず、神父の顔を黙って見つめる。
本気なのか?
そんな時、また部屋の扉が開いた。
先ほどの兵士が戻ってきた。
手には何か古臭い本を持っている。
兵士はその本を神父に渡すと、
神父はその本をツナヒロの前に差し出した。
少々、カビ臭い・・・
羊皮紙に装丁された、かなり昔の本であることは一目でわかる。
タイトルは英語で綴られている。
「ウ・・・ウィグル王列伝・・・?」
そのまま読み上げたツナヒロに、
神父は難しい顔をして、この本の謂れを話し始めた。
「ツナヒロさん、
『我々』が知ってるもの
・・・あなたの使う英語で書かれた書物・・・
それは我ら神に仕えるものが持つこの聖書と、
あなた目の前にあるこのウィグル王列伝・・・この2冊だけです。
あなた、この本、知ってますか?」
「い・・・いや、聖書は誰でも知ってますが、
こんな本は・・・?」
「ツナヒロさん、この書物、
およそ、400年近く前に編纂されました。
当時の世界 知る唯一の歴史書、
原典の英語、
そして大陸で最も広汎に使われる隊商語などに訳されて、
この国だけでなく、様々な場所で読まれてます。」
400年前?
ウィグルって確か中国北西の少数民族だろ?
そんなところで・・・いや待て、その時期に中国大陸で英語?
まったく意味が分からないまま、ツナヒロはページをめくる。
最初に目にしたのは序文だ・・・。
『・・・我、ウィグル王国を興し、
天空より舞い降りた偉大なる月の天使シリスの息子にして、
この栄光あるウィグル王国第二代国王カラドック、
これより叙述するは、失われしかつての繁栄・・・
そしてこのあまねく大地に起きた大破局「カタストロフ」・・・
その後、いかにして我らが父が、この世界を復興させたか・・・、
過去と未来を繋ぐ者として、
この目、この耳で聴き及ぶこと
その全てを、今ここに綴ろうと思う・・・』
そこまで読み上げたのち、
ツナヒロは神父を上目遣いで見上げた。
「歴史書・・・なのですか?
こんな国も王様の名前も聞いた事はありませんが・・・。」
ツナヒロは歴史に詳しくはないが、
ウィグルとやらは民族の名前であって、
国としては成立してなかったと認識している。
実際には古い時代にウィグルを名に冠した王国がいくつかあるが、ツナヒロのようなアメリカの一国民が知り得るようなメジャーなものではない。
さて、神父は直接その問いには答えず、
さらに詳しくその本の来歴を述べる。
「そこにある、シリスという名は、
400年前ウィグル王国と言う国を興した人物です。
私の宗派ではありませんが、
同じキリスト教の派閥として、
ここより遥か西に、そのシリスを神の御使いとして崇拝する、
マグナルナ派という宗派もあります。
この本、書いたのは第二代国王カラドック、
そしてその後は、第三代国王ウェールズ・・・。」
さっぱりわからない。
言ってること自体は頭に入ってるが、
ツナヒロの知っている歴史にピクリともかすらない。
何枚かパラパラ、ページを送っていると・・・、
ツナヒロの目は自然に止まる・・・。
続きを読もう。
『その時代、科学技術の発達は最高潮に達し、
今は失われたエネルギー供給により、
極寒の地でも暖かい家に住むことができ、
真夜中においても、人はまばゆい光の中で活動することが可能であった。
何千メートルの光も届かぬ海の底へ潜ることもできれば、
人間を漆黒の闇の司る宇宙空間へと送り込むことができ、
・・・その足は今や、
赤き火星にも届く寸前であったという・・・。』
こ れ は ・・・!?
改めてページを戻り、
目次部分を見ると、
序文のあとに「旧世界の繁栄」というタイトルがある。
そして・・・その後にある「大破局」・・・・。
すぐにページをその「大破局」までに飛ばし、
ツナヒロは食い入るように、その説明を捜した。
『・・・それは正確な原因はわかっていない。
この地球の地軸が傾いたとも、
地軸が逆転したとも、
また、瞬間的に地上の磁気が消滅してしまったことによる天変地異だとも言われている。』
そしてさらに決定的な一文・・・。
『その現象が起きたのは、
旧世界の暦で言う、
西暦201×年のことである。』
ツナヒロの手は止まる。
・・・いや、ピクピクと震えが止まらないようだ。
そんな事がありうることだろうか!?
201×年、それは自分たち有人探査船フォーチューナーが地球を出発した・・・
いや、というよりも、
今、自分たちが過ごしているまさにその年のはずである。
それが『旧世界』!?
400年前!?
「う そ・・・だ・・・。」
というわけで、
宇宙を漂っている間に400年の時間が過ぎ去ってしまったというわけです。
いわゆる浦島太郎状態です。
さて、
カラドック
「やれやれ、こんな難解な書き出しはガラじゃないなあ。」
カラドックは月の天使シリス編のキャラですので、フラア編には登場しません。
が、いま、別の物語で彼をお目にかかる機会を作ろうと思っています。