フラア・ネフティス編1 出陣
その騎馬は、
この小さな街をゆっくりと闊歩していた・・・。
馬に乗った男は兜こそ外していたが、
この国では見られない奇妙な黒い鎧を纏っている。
背中には裾にフリンジのついた厚手のマント・・・
髪はオールバックにしつつ、
長い襟足を結わえている・・・。
正規兵でないのは誰の目にも明らかだが、
その完成された出で立ちは雑兵の者ではありえない。
街の人間も、
彼の姿に畏敬の念を覚えつつも、
今はそれどころの状況ではない・・・、
自警団も、大人たちも慌てて作業中だ。
・・・そうなると、
今度はその騎馬の男が街の様子に違和感を覚えた。
彼は街の人間を呼び止める。
「・・・どうした?
やけに慌ただしいな・・・?」
「そ、それが西のテルアハにイルの大軍が現われたんだ!
そうそう、あの城は破れないと思うが、
奴らがいつ何時、こっちに進路を変えるか・・・!」
男は一瞬、目の色を変えたが、
ゆっくり上体を起こして西の方角を見据えた・・・。
逆に、
呼び止められていた男は、
街の誰もが聞きたかったことをその騎士に尋ねる・・・。
「あ・・・あんた、どっかの兵隊さんか?
この街を守ってくれるのか!?」
だが、騎馬の男は冷たく言い放つのみだ・・・。
「すまないが・・・
この街を守ってやる事などできない・・・。
オレは、ただ復讐しに行くだけだ・・・!」
そして男は・・・この街を通り過ぎ、
西のテルアハへと向かう・・・!
遠くからも地響きが聞こえる・・・。
大勢の騎馬の群が、
テルアハの街壁を襲っているのだ。
城壁を固めたこの街は、そうそう落ちる事はないだろうが、
防戦一方ではいずれ・・・。
「・・・それで伝令は何と!?
援軍は来ないと言うのか!!」
「それが・・・エア王陛下から預言を賜れたと伝えてきたのですが・・・!」
「このイルの襲撃の事をか!?
もう間に合わぬではないか!!」
「そ、それが、とにかく守りに徹せよ、
黒雲と雷鳴を従えた戦士が、
この戦局を一変させるので、
その機を逃さず、攻撃に転じろ、
というものです!」
「な・・・なんだそれは!?
戦士・・・というのは、一人なのか!?
王都からやってくるのか!?」
「そ・・・それは不明ですが・・・
この文面ですと一人のようにしか・・・!?」
「陛下は一体、何の夢を見られたというのか!?
確かに陛下の夢は外れた事もないし、
疑いようもないが・・・
これではあまりにも・・・!」
城主に取り次いだ兵士は、自ら混乱しながらも戦場の遥か彼方に目を向ける。
「・・・城主様・・・しかし、
あの東の空は・・・?」
「む? 空がどうしたぁ!?」
「や・・・やけに厚い雲が立ち込めていませんか・・・?
ま、まるで大雨でも降るかのような・・・。」
「む・・・。
この時期に大雨など・・・確かにないはずだが・・・。」
「もしかすると・・・陛下の預言は・・・。」
彼らの耳・・・いや、カラダに不気味な振動が響く・・・。
イル兵の騎馬隊の地響き?
これは違う・・・。
遠雷・・・!?
遠く東の空から・・・ぶ厚い・・・
まるで、
辺りの光を全て吸い込むかのような不気味な積乱雲が、
テルアハの東・・・
広大な平原の上空に沸き立ち始めていた・・・。
城壁の前では、
およそ8千からなるイルの騎兵が、
執拗なる波状攻撃を繰り返していた。
梯子隊というものは、彼らの概念には存在しないらしく、
城壁を登られる事はなさそうだが、
鉄球部隊が城門や壁をも破壊し、
弓矢兵がアルヒズリ兵に雨霰のように矢を浴びせている。
彼らは攻撃にのみ意識を集中させ、
その背後の草原など一瞥もしない。
・・・だが、その草原の彼方から、
湧き上がる黒雲とともに、
黒光りする鎧を纏った騎馬が近づきつつあった。
・・・その男の目の前に戦場がある。
アルヒズリの兵は城内に閉じこもっており、
その広大な草原に男の味方は誰もいない・・・。
・・・どう考えても、
ここを飛び出していくのは自殺行為だ・・・。
それもいい・・・。
別に爺さんの遺言だって、今更どうでもいい・・・。
せめて敵の一人か二人・・・、
道連れにしてやれば上等だろう・・・。
男は本気でそう考えていた。
恐怖心は?
あれほど臆病な感情はどこへいったのか?
いや、・・・恐怖心はある・・・。
怖いっちゃあ怖い・・・。
だが、鎧の胸当てにはめ込まれた形見のペンダント・・・。
(ちょうど、それはまるでそこにはめ込まれるべき物であるかのように、
サイズがぴったりだった。)
十字をもじったような奇妙なデザインのその金属が、
彼の恐怖心を荒々しい闘争心に変えていたのだ・・・。
そして・・・さらに不思議な事に、
その猛きエネルギーは、
自分どころか、跨っている馬にも伝染しているようなのだ・・・。
傍から見れば、それは人馬一体の・・・
禍々しい化け物の姿にも例えられるかもしれない。
ゴロゴロゴロ・・・
ビシャアッ!!
草原の上空を雷鳴が切り裂く・・・!
アルヒズリ兵はそんなものに気を取られる余裕すらないが、
攻め手のイル兵には、
無視できるはずもないようだ。
障害物のないこの草原に落ちたら、
自分達に雷があたる可能性はかなり高い。
・・・そして、
そんな雷など気にも留めぬ男がここにも一人・・・。
半分、バーサク状態です。