フラア・ネフティス編1 卑怯者
悪夢は続くよ、どこまでも。
彼の人生が、終わるその時まで。
「・・・ランディ!
アンタは無事だったのかい!!」
ディジーは、
涙を拭いて喜びの表情を浮かべる・・・
当然の反応だ。
ローリエは、
強くなってきた眩しい日差しに目を細めつつ、
無言でランディの顔を見上げるだけ・・・。
一方のランディは、
自らを呼ぶ声に反応はするものの、
あからさまな表情の変化は起こらない。
そしてローリエと、
その大地に横たわるレィチェルの遺体を見て、
この、あるがままの現実を、
疑問も持たずに受け入れる・・・。
・・・ああ、
助かった者もいるじゃあないか・・・。
「ディジー・・・
それにローリエは無事だったか・・・、
良かった・・・。」
力はないものの、
彼の口元はわずかに緩んだ・・・。
これも、自然な反応だろう、
だが、それと共に、
ランディの心中には一つの違和感が芽生えていた・・・。
良 か っ た ・・・ !?
フラフラと近づくランディに、
ローリエは、
黙って顔を見上げ続けるまま・・・。
ディジーにしたところで、
そう長く喜びの感情が続くわけもない。
彼女はすぐにランディに、
この館では、
お荷物扱い同然だったレィチェルの、
母親としての立派な最期を伝えるべきだと考えた。
「・・・見てよ、ランディ・・・、
レィチェルは、
あんなカラダでローリエを守りきったんだ・・・。
ローリエをこの壷に隠して・・・、
自分はきっと悲鳴もあげなかったんだろう、
ローリエは恐怖も感じてなかったようだよ?
か、かくれんぼでも、
し、してるつもりだったのかなっ?
きっと・・・うう・・・
最後までレィチェルはッ・・・うっう・・・!」
ローリエは、
またその顔を母親の下に戻していた・・・。
レィチェルが再び起き上がるとでも思っているのだろうか?
ランディの表情は変わることがない・・・。
それでも勝手に口が動いてるかのようだ。
「そうか・・・レィチェルは・・・
ローリエを、
・・・守った・・・んだな・・・。」
そんな事はこの場を見れば容易に判断がつく・・・。
あんなにカラダの弱かった彼女が・・・。
この館では、何の役にも立たないかと思われていたレィチェルが・・・。
口ではレイチェルを庇って見せたランディも、
内心では他の女達同様、
レイチェルの存在を疎ましく思っていた・・・。
ああ、
いま、気がついた・・・。
オレが彼女たち親子を庇ったのは、
同情でも優しさでも、
正義感ですらない。
単に、そういう態度をみんなに見せていた方が、
オレの株があがるから・・・!
大勢の女性たちに頼りにされている快感・・・。
それだけだろう!?
レイチェルは例え非力でも・・・
病弱でも・・・
愛する娘を守る事が出来たのに・・・!
じ ゃ あ オ レ は !?
日頃から偉そうな事を言って、
ケンカなら誰にも負けないと鼻を伸ばしていたオレは何だ!?
結局、ロゼッタを殺したのは・・・、
いや、それよりも・・・、
ただの女性に・・・
事もあろうに、
「男にカラダを売る」商売女を身代わりにして生き延びたオレは何なんだっ!?
そこで初めてランディは、
先ほど自分の心に芽生えた違和感の正体を突き止めた。
生きてて良かった?
・・・違う・・・。
オレの心に沸き上がった小さな思いは・・・、
こ い つ ら も 死 ね ば 良 か っ た の に ! !
そうすれば・・・
オレのこの惨めな姿を知る者は誰もいなくなる・・・!
何か、刃物や鈍器でも転がっていないか?
一度だけ周りを見回したが、幸いと言っていいのか、視界には適当なモノは転がっていなかった。
そこでランディは、
その胸の恐ろしい衝動をすぐに打ち消した。
だがいずれ・・・、
イルがこの館を襲撃していた間、
自分が何をしていたか、
ディジーも、
大きくなったらローリエにだって、
その意味がわかってしまうだろう・・・。
そんな事に耐えられるのか、オレは!?
そう考えた途端、
ランディの視界、
彼の目に映る光景・・・いや、
世界そのものが揺らぎはじめた・・・。
誇り・・・信念・・・、
これまで積み上げてきた全てが溶けて消えていってしまう・・・。
するともはや、
この館すら、自分の見慣れた場所には思えなくなっていた・・・。
目の前にいる女性や子供も、
自分の知り合いなんかじゃあない・・・。
・・・この街も、
この景色も、この風も、
・・・この陽の光でさえも・・・!
そしていつの間にか、
彼の足は独りでに館の外へと向かっていた・・・。
一歩・・・そして二歩・・・。
何も考えられず、
何も感じることも出来ず、
ただただ、この場所から離れたい・・・、
そう思ったら、
勝手に歩き始めていたのである。
背後から大きな声が投げつけられる・・・。
「・・・ランディ?
お、おいランディ!?
ちょっと、・・・どこへ!?
どこに行くのさっ!!
待ちなよっ・・・
ランディ!? ランディーッ!!」
どうせ、ディジーもすぐに気づくだろう、
このオレが最低のゴミクズだって・・・。
いま、彼女はどんな気持ちでオレを見ている?
裏切り者とでも思っているか?
ローリエは?
まだ全てを理解できずに、
オレの姿が小さくなっていくのを見ているか!?
それとも・・・
本当は全てわかっていて、
無言でオレを責めているのか!?
すまない、悪かったよ・・・、
オレはお前らを守ってやる事なんか出来やしない・・・。
ホントは、
お前らを家族だとも思っていやしなかった・・・。
お前ら、この先、
オレ無しで生きていけるか?
どこか見知らぬ町で野垂れ死にする運命か?
そうなったとしても仕方ないよな?
オレなんかに関わったせいだとでも諦めてくれ・・・。
オレはただの偽善者だ・・・、
卑怯者だ・・・。
死ねよ、
みんな死んでしまえっ・・・!
・・・いや、オレだろ・・・、
オレのほうが死ぬべきだろうよ・・・、
・・・クッ・・・
フッフッフ・・・バカが・・・
死ぬ勇気もないクセに・・・。
もう後ろからは、
自分を呼ぶ声も聞こえない・・・。
いや、聞こえたとしても、
これ以上呼ばれることに耐えられるはずがない・・・。
館から離れるにつれ、
段々、ランディは早足になっていく・・・。
街の惨状も見たくない。
どうだっていい!
中には自分の顔見知りだってもちろんいる・・・。
オレを見るな!
オレに声をかけるな!
やめろ! 近寄るんじゃあないっ!!
ただ一目散に、
ランディは全てを放り出し、
最後には全力疾走で、
この・・・
全てを奪われたクエタの街から逃げ出していった・・・。
フラアの物語を考え始めたのは私が高校時代あたりでしょうか、
その段階では、このランディのプロローグでは、
売春宿の住人、全員死亡という案もあったんですが・・・、
(その場合、ディジーとローリエを殺したのはイル兵ではありません、わかりますね?)
あまりにも救いがないので、この二人は生かしました。
それが後々、ランディを地獄の苦しみから救う結果となります。
・・・遠い未来の話ですけどね。