フラア・ネフティス編1 蹂躙されるクエタ
「おい? どうだ?」
「やぐらの見張りは・・・二人っすねぇ・・・?
まぁ、でも毛布にくるまって・・・
酒でも飲んでんじゃねーすか?」
「よし、・・・ならオメーら、
その二人を射殺せ・・・!
倒れたのを確認したら松明に火をつけ・・・なだれこむ・・・。
いいなっ!!」
「「「おうぅぅっ!!」」」
北方の山岳地帯をテリトリーとする蛮族イル・・・。
彼らは騎馬民族であり、
弓矢の技術は大陸内で並ぶべき者がいない。
例えこんなわずかな中隊といえど、
その弓術の正確さは、
ほとんど全ての兵士が高いレベルにあった。
・・・今、彼らの中でも、
比較的、地位の高いと思しき男が弓をゆっくりと構える・・・。
その背後には、
さらに5人ほどの兵士が同じく、
いつでも弓を放てるように待機して控えていた。
辺りは物音一つしない・・・。
今は風もなく、
月も今夜は早々と沈んでしまった・・・。
彼らが見下ろす街には、
所々にかがり火がゆらめくのみ・・・。
そして、
件の兵士がゆっくりと弓をいっぱいに引き・・・
ほんの一つ・・・二つの小さな呼吸の後、
ついに一本の矢が放たれた!
暗い虚空に鈍い音が響く。
そして同時に空を切り裂く矢の音が、
暗闇の中に吸い込まれて・・・、
いや、向かう先は小さく瞬くかがり火に・・・。
「・・・ぐはぁっ!!」
クエタの見張り兵の耳に小さな異音・・・!
だが、それでは遅すぎたのだ。
その音に気づいた時には、
既に一人の見張りの背中に、
凶悪な鏃が突き刺さっていたのだから。
「おっ!? おい!? どうした!!」
すぐにもう一人の見張りが、
パートナーの異変に気づくも、
長年、戦火というものを味わった事のない見張り兵には、
次に何をすればいいのか瞬時に判断できない。
そしてさらに残酷な事に、
一発目の弓矢の的中を確認したイル兵は、
さらに続いて、
後ろに控えていた5人の兵士達も一斉に矢を放つ。
・・・あっという間に、
もう一人の見張りもハリネズミに・・・。
やぐらの上では二人の見張り兵が、
大声をあげることも出来ずに硬い床に倒れこんでしまった・・・。
「よし・・・野郎ども、火を焚け・・・!
この丘を一気に駆け下り・・・
街の門が見えたらときの声をあげろ!
城壁なんて大層なしろもんはねぇ・・・!
数人がかりで簡単にぶち壊せる!
あらかた・・・男どもをぶち殺したら・・・
後はやり放題だぁ・・・、
食い物も女も・・・な!!」
クエタには、
街の周囲を取り囲む城壁といったものはない。
2メートルにも満たないレンガの壁が街を覆っているだけだ。
敵兵がハンマーでも持っていたら、
労せずとも粉々にされてしまう。
近隣の住民が騒ぎを聞きつけ、
ようやく事態を把握した頃には、
既に城門も外壁も破られた後だった・・・!
そしてここはランディ達の売春宿・・・。
数百年前の現代と違い、
いわゆるチェックインは夕方から、
遅くても夜の7時~8時、
すでに真夜中のこの時間は、各部屋とも行為を終え、
疲れた体を休めて寝息を立てているだけであった。
実際、客は二部屋だけだったが、
この日は常連客のみで、何らトラブルの畏れもなく、
娼婦たちは勿論、
ランディやレィチェル親子も呑気に熟睡している・・・。
いや、ランディに関してのみ、
同じ布団の中のロゼッタの誘惑に、
理性と本能を争わせた結果、辛うじて理性が勝ち、
夢うつつの、
起きているとも眠っているともいえない状態を繰り返していた。
頭の中で誰かが騒いでる・・・、
夢かな・・・、
お祭り・・・戦争・・・
戦争はやだなぁ・・・
死ぬかもしれないし・・・、
お祭りだったら楽しいだろう・・・、
・・・?
ガバッ!
ランディは跳ね起きた。
うっすら残ってた彼の意識に、
不意に嫌な予感が舞い降りたのだ。
「・・・ん~、ランディ、朝ぁ~?」
ロゼッタも目を覚ましたが、まだ異変には気づいていない。
この館は街の外れに位置し、
イルの兵隊どもは街の正反対から攻めてきている。
いまだ、
ランディ達の耳には住人達の悲鳴は届きやしない。
だが、ランディは事の異変を感じ、
すぐさま閂式の窓を開いた。
・・・空が・・・明るい・・・
いや、火だ!
狭い窓から見える小さな街の風景に、
いくつもの赤い炎が噴き上がっていたのだ・・・!
火事!?
いや・・・蹄の音も・・・!?
まさか・・・。
一方、イルの小隊は、
既にこの街外れの大きな館を見つけていた。
指揮者の指示の元、
その建物に金目の物があるか、
それとも食料庫か、いずれかはわからないが、
この街で最も目立つその建築物に、
数名の部下を向かわせたのだ。
「・・・ランディ!?」
「まさか・・・イル!?
どうしてこの街に!?」
「ええ!? やばいよっ、
この街には自警団しか・・・。」
「最悪だ・・・こっちに向かってくる!!」
「ランディ・・・武器は!?」
「・・・ここにはナイフしかない!
ロバ小屋には牛刀や鋤があるが・・・、
な、なんて速さだ!
ダメだ、取りに行く暇もない!
今、外に出たら小屋の鍵を開けてる間に出くわしちまう!
ロゼッタ! 騒げ!
とにかく他の部屋の奴らに知らせを!!」
この部屋のナイフは、
どちらかというと装飾品のようなものだ。
そんなもので、
戦闘用の刀剣を所持した兵隊に勝てるだろうか?
・・・いや、不意をつけば一人ぐらいは・・・。
作戦を考える暇さえない。
イル兵は、申し訳程度の館の門を弾き飛ばし、
あっという間に館の中になだれ込んだ。
鍵があろうが意味もない。
大声で扉ごと破壊し、一部屋ずつ中を検分、
頭を剃りあげたイル兵達は、
すぐさま、素っ裸同然で怯えている一組の男女を見つけ、
ここが何をするための館か判断できたようだ。
「おおーい!
どうやらここは売春宿のようだぜぇ!?
・・・となると金目のものは装飾品ぐらいかぁ・・・。
まぁいい・・・、
その代わり、嬉しいもんが転がってるよなぁぁ!?
お前ら、しばらく我慢してたろう!
構う事ぁねぇ!
ありがたくいただきなぁ!!」
次回、ついにランディとロゼッタの部屋にもイル兵が・・・!