月の天使シリス編4 李袞、古き過去に思いを馳せる
キリがいいので、朱武編、一気に投下します。
「朱武君・・・李袞師範・・・
今の話は本当かね?
話しぶりからすると、
武の世界で名を上げた、キミへのやっかみとかではなさそうだな・・・。」
朱武は少し間をおいて、頭を下げながら説明する。
「すいません、
正直、宋先生、
あなたも信用できるかどうかオレにはわからないんです。
オレの命を狙う相手は、
人民政府の中にもいるかもしれないんです・・・。」
「何だと?
それは・・・マフィアや蛇頭などのならず者とかではないのか?
いや、その前になぜ命を狙われる?」
だがその問いに答えるわけにもいかない。
朱武にとってすれば、
もし宋公明がその敵の手先であった場合、
その答え次第で、自分の命を危険に晒すことになるのだから・・・。
では何故、わざわざそんな方向に、
自分で話を持って行ったのか?
それは朱武の心の中で、
一種の賭けを行ったからだ・・・。
もし、この宋公明が自分の味方となりうるのなら・・・。
だが意外にも、
その答えは・・・
誰よりも早く、宋公明自ら解き明かすことになったのである・・・。
「フム・・・まさかとは思うが・・・、
山東の白い鷹・・・朱武、
鷹・・・狼・・・龍・・・鬼または巨人・・・。
朱武君、君は使徒の一人だとでも言うのかね・・・?」
林沖が何事かと宋公明の顔を見上げる。
一方、李袞と朱武はほぼ同時に、
意外なる表情を隠すこともできず、
宋公明の顔を凝視してしまう。
その表情を見て、宋公明は自分の想像に確信を持った・・・。
「やはり・・・4人の使徒・・・
そして多国籍軍事産業デミゴッドの件に関わるのですか・・・。」
李袞の口から真実が漏れる。
「宋大人・・・あなたも『夢』をご存知なのですか・・・!?
いえ、いま、やはりと・・・!?」
宋公明は片手をあげて制止する。
「いえ、今回、あなたがたをお招きするに当たり、
その件は全く想定しておりませんでした。
ただ、私もここ数年、その・・・夢の話ですよね?
同じ内容の夢を繰り返して見てしまうので、
各方面に、
その内容が意味することを色々、相談しておりましてな、
デミゴッドの9人の頭目と、
世界のどこかにいる4人の選ばれた者たちの話は、
ずっと、心の中に留めておいたのですよ・・・。
そこへ山東の『鷹』でしたからね、
まぁ、それだけでは何の確証にもなりませんが・・・、
先ほどの朱武君の立ち回りを見て・・・。
それで、先に言っておきますが、
私は軍部の人間ではありません。
ですので絶対の保証はできませんが、
人民政府とデミゴッドの間に太いパイプはないはずです。
・・・何ぶんにも、あの団体からの買い付けにはコストがかかりすぎる。
ただ、末端部品の製造とか、生産ベースでは取引がある。
その程度の認識で良いはずですよ。」
重ねて驚く朱武達・・・。
特に朱武の驚愕はただ事ではない。
自分以外にもあの夢を見続ける者が・・・?
それもこの宋公明がっ!?
そう・・・、
この若き拳法家・・・朱武も、
幼少の頃より見続けてきたのだ・・・、
斐山優一と同様・・・何度も何度も。
「まさか宋大人、あなたも四人の使徒・・・?」
朱武の戸惑いながらの質問に、
宋公明は自嘲気味に全否定する。
「とんでもないとんでもない、
私はただの小役人さ、
意外とあの夢を見ている人間は多いんだよ。
逆に言うと・・・、
朱武君、こう言っては失礼だが、
君が四人の使徒であるという保証も・・・。」
それは至極当然の考え方ではある。
あの『夢』は誰かを特定できるような内容でもないし、
夢を見た当人に、
自分自身がその登場人物であるかの如く、
認識させるようなイメージも与えてはいない。
・・・だが。
一方、
師の李袞はしばらく考えていたようだが、
隣の朱武に目を合わせてから宋公明に顔を向けた。
「実を言いますと、宋大人・・・、
朱武は・・・この子には、
私以外にもう一人、
武術の師と言える者がおりましてな・・・。」
「ほう、それは初耳ですな、それで・・・?」
「それは今から10年近く前になりますが、
その者が私と朱武に、
こんなことを言っていたのです。
『いずれ朱武は、
選ばれた使徒として戦いの世界に足を踏み入れることになるだろう、
・・・もしその時が来たら、
朱武、お前に徴が訪れる、
その時が戦いの始まる時だ、』・・・と。」
宋公明は真剣な表情で、
李袞の話に耳を傾ける。
「非常に興味深い話ですな・・・。
その男とは予言者だとでも?
いえ・・・それより、
もしかしてその男が夢の発信者なのでしょうか?」
李袞は、
確信があるかのようにそれを否定する。
「いえ、それはあり得ないと思います。
その男の拳才は、
私より遥かな高みにある純粋な武術家でしたので・・・。
それに、その武術家が話していた時は、
私も話半分に聞き流していた部分もありましてね。
それでその男が去ってより、しばらくして、
朱武が夢を見はじめました・・・。
私はそれを見たことはありませんが、
その内容は、
以前、その立ち去った武術家が言っていたものに非常に近いもののようです。
私もそれで、その男の話と併せて気になりはじめまして、
イギリスのかつてのツテを頼って、
『四人の使徒』と『デミゴッド』なる存在については、
かろうじてではありますが、多少なりの知識を得ることだけはできたのです。
ただ、だからと言って・・・。」
そこへ朱武は、
両手を頭の後ろにあてがい、行儀悪く背中をゆする。
「わかってるよ、先生、
たかだか、武術に強いだけの小僧が、
そんな血生臭い世界に足を踏み入れられる訳がないってんでしょ、先生?
オレが一番よくわかってるよ、
だから自分のいる世界が変わる転機をオレは待っている。
・・・でもそれは宋大人の部下って形じゃダメなんだ、
それじゃあ身動きが取れなくなる・・・。
オレが羽ばたくためには、
極力しがらみを無くさないといけないんだ・・・。」
「・・・なるほど、よくわかったよ、
朱武君・・・!」
宋公明は、
完全に厳しい威厳のある表情に戻っている。
恐らくこっちが本当の顔なのだろう。
「ではこうしよう・・・。
私が君のバックアップ・・・後見役となろう、
君にその・・・徴とやらか?
それが訪れるまでこの私の力を利用するがいい。
上司や部下ではない、
関係は対等だ、それでどうかな?」
目をまん丸に見開く朱武に、
空いた口がふさがらない李袞、
「宋大人、いったい何故にそんな・・・!?」
宋公明の傍の林沖はため息を・・・。
「・・・また始まった、先生の悪い病気が・・・。」
一方、宋公明は、
林沖の軽い突っ込みに微笑を浮かべる。
「ちゃかすな、林沖、
私は真面目だよ、
それに李袞先生に朱武君、
これは必然のようなものだよ、
四人の使徒が、世界のどこに存在するのか、
今まで誰も知ることなどできなかった。
恐らく夢を発信している者ですら、
そこまで認知することなどできないのだろう、
もし知っているのなら、
直接その者たちに伝えればいいだけなのだから。」
宋公明は話を続ける。
「だが、ここに一人存在するとなると、
今後の話も変わってくるだろう。
この国は良きにしろ悪しきにしろ、
この情報化時代に孤立している国だ。
デミゴッドの情報網や、
その影響力からも浮いた状態となっている。
君が巣立つその時までに、
戦いの準備を行うにはちょうどいい環境なのだよ・・・。
いや、もしかすると・・・
他の使徒たちもこの国のどこかにいるのかもしれないな・・・。」
ここから先は通常の宴席となった。
互いにそれ以上の確実な話を進めることができなかったせいもあるが、
育ち盛りの朱武に、目の前のごちそうを無視させるわけにもいかなかったので・・・。
どちらにせよ宋公明にとって、
この日は最高に胸を高鳴らせる宴である事は間違いなかった・・・。
帰り道、林沖に車で送られた後、
朱武と李袞は道場に戻っていた。
「どう思う、朱武、あの宋大人を・・・。」
「どうって・・・まぁたいしたもんだよ、
初めて会ったこのオレにあんなことを言い出すなんて、
よっぽどのバカか器が大きいのか、
それともその場限りの嘘つきなのか・・・。」
「ふむ・・・、だがあれであの方は、
この地域一帯で莫大な信用と権力を有している・・・。」
「なら、それこそ国家級の器かタヌキかってとこなんだろうな、
オレの役に立ってくれるってんならそこは利用させてもらうよ・・・。」
「宋大人の見極めは私の方も注視しておく・・・。
それまでは朱武、
お前ももっと慎重にあるべきだ、
いくらお前が強くとも、
銃や毒に勝てるわけはない・・・!」
「先生、わかってるよ、物騒な話はやめろよ~、
それに今の話、梨香には・・・。」
「勿論だ、
この後、宿舎に戻ったら、
彼女には、ごちそうでも食べさせてもらったと、
言っておくといいだろう、
お土産残っているのだな?
なら仲良くみんなに配るといい。」
「はい、じゃあ、オレはこれで失礼します、
お休みなさい、李袞先生。」
そして朱武は、
自らの部屋へと戻っていく。
李袞は一人、
静かに椅子に座って過去を思い出していた。
「・・・もう10年以上になるのか・・・、
朱武と梨香が、
あのドイツ人によって海を渡ってここに連れてこられてから・・・。」
李袞は誰にも言ってない事がある・・・、
朱武本人にすら・・・。
朱武が中国人でない事を・・・。
いや、正確なことは彼も知らない。
単に李袞は、
朱武達の本当の父親を知っているに過ぎない。
母親は中国人の可能性もあるが、
どんな人間か知る由もない。
聞いていることは、
既に朱武達の母親が、
南米の小さな村で幼い子供二人を守って殺されたということ。
父親はそれ以来、
失踪して行方不明、とされている。
その父親について、
李袞は面識があったからこそ、
外国人の朱武達を受け入れた・・・。
だが、あの家系・・・
呪われた血筋に生まれた男の遺伝子を継ぐ朱武達も、
やはり、戦いと殺し合いの連鎖から逃れられないのか・・・。
そう思うと、
李袞はかつて自ら投じていた戦いの痛手・・・。
その胸に手をあて、
遠い過去の惨劇を思い起こしていた・・・。
なお、斐山優一と朱武が出会うのは一年後となります。
そして次章、新展開。
舞台ははるか未来へ・・・!