月の天使シリス編3 優一を誘う
昨日の体力測定の騒動以来、
斐山優一の話題が、
クラス・・・そして学年全体に広まり始めた。
その気になって見れば、
一目で分かるグレーの髪の透き通る素肌の美少年・・・、
それが類まれな運動神経を誇り、
入学式以来の話題の外国人留学生と、一緒に生活している。
・・・これだけでも十分なネタなのだが、
彼と同じ出身中学の生徒達の口から、
いつとはなしに、
彼の暗黒の伝説も同時に広まり始めていた。
このクラスのこの席・・・。
通常では聞こえないレベルの会話も、
斐山優一の人間離れした聴覚は、全ての声を拾ってしまう。
中には、不快をもよおすような悪意の中傷や、
勝手に尾ひれのついたデタラメのうわさ話も聞こえてくる。
別に自分でまいた種だ、
その程度の事でいちいち気に留めることなどない。
唯一、気にかかると言えば、
隣の席のエリナが、
こっちを心配そうに一々窺っていることだけだ。
もうそろそろ、
クラスの中で、エリナはほとんどの男女と、
分け隔てなく会話できるようになっていた。
それは勿論、
加藤恵子や鮎川クンの人徳のおかげもある。
中には、
エリナに「斐山君を紹介して」とかいう、
空気読めないのか命知らずな女の子や、
「斐山君て不良なんでしょっ!?」っと、
ゴシップ好きの品性のよろしくない子も出てくる。
それがエリナには気に入らない。
別に、優一に好意を持ってくれるのは・・・
諸手をあげて歓迎できるわけもないが、
それなりに嬉しい申し出だ。
とにかく優一の本当の人柄を、
みんなに理解させられる方法はないものだろうか?
しかし優一本人にその気が全くない。
加藤恵子も鮎川クンも、
さすがにそこまで協力するのは腰が引けていそうだし・・・。
ある時、エリナは鮎川クンたちに聞いてみた。
「優一さんって怖いですか?」
一応、鮎川クンには山本依子というものがあるわけだけれども、
男の子の心情として、
かわいい女性にそんな事を聞かれて、
正直に即答はできない。
「えっ・・・ええーと、
今はそんなでもないけど、やっぱ・・・。
あ、でも加藤は怖がってないよな?」
鮎川クンはバトンを無理やり加藤に丸投げした。
「ちょっ、あたしに振る!?
怖い・・・わよ・・・。
でも、普通にしてれば彼の方から何かしてくることはないし・・・。」
エリナも、
優一の中学の状況については大体聞き及んでいた。
「でも、怖かった昔っていうのは、
優一さんを含めて不良グループがあったからなのですよね?
いま、優一さんはお一人ですよ、
誰とも徒党を組んでないし、
見かけは全く気にならないと思うのですが・・・。」
それも一見、正論である。
大体が、
加藤も含めほとんど全員、
何故優一が不良の道に入っていたのか誰も知らない。
そして今、
何故それらときっぱり手を放したかのように見える訳も。
まぁ、それはそれとして・・・
この時、エリナは無謀な頼みごとを・・・。
「あの・・・皆さん?
今度、あ、今日でもいいのですが、
優一さんを誘って一緒に帰りません・・・?
で、できればでいいのですが・・・。」
「うえっ!
そ、それは・・・あ~、他の奴らがいいっていえば・・・。」
こういうところでは責任を回避しようとする鮎川クン、
彼をこのぐらいで責めてはいけない。
「あっ、あたしは構わないけど、
その前に斐山君自身、嫌がらない?」
加藤恵子に関して言えば、
どちらかというと、優一と仲良くなることを敬遠はしていない。
なのでこのエリナの申し出はウェルカムだ。
問題はやはり優一本人なのだ。
「・・・というわけなんですが、優一さん。」
「・・・何がというわけだ、このアホが。」
「ダ・・・ダメですか?」
「その必要性を感じない。」
「で、でも、ゆくゆくは世界を治めるのに、
いろんな人たちと交流を持った方が良いのでは?」
「おまえ、
オレが『そっち』の道に入る前提で話を進めるな。」
エリナここで撃沈。
代わりにバッターボックスに加藤が入る。
「でも、ホラ、
中学の頃は斐山君、一人じゃなかったでしょ?
それとも、ああいう人たちと一緒の方がいいの?」
「・・・別に好きで行動を共にしてたわけじゃない。
互いを利用していただけだ。」
「な、ならさっ、
もうあの頃の人たちは関係ないんでしょ?
一人で行動してたら、また誘われるよ?
それも面倒じゃない?
あたしたちみたいな一般人と一緒にいる時間が多くなれば、
もうあの頃の人達とはきっと・・・。」
意外とこれはいい意見だったようだ。
中学卒業以来これまでも、
優一の元へ、かつての不良仲間から何度も声がかかっていた。
悉くそれを無視してきたわけが、
うざったいものには変わりない。
表情も変えず瞬きをしているだけのようだが、
優一が何も言わないということは、効果あったのか?
エリナには、
自分の意見より、加藤の意見の方が優一の心を動かしたらしいことで、
やや、複雑な心境の変化が・・・。
そして優一の勘の鋭さは、
下手なテレパシストをも上回る?
他人に意見されることを嫌い、
なおかつひねくれ者の優一はここで自らの腰を上げた。
「・・・女同士の友情が壊れる瞬間って面白いのかな・・・。」
「「「えええええっ!?」」」
とにもかくにも、
この日は男女5人で帰宅することに成功した。
後ろで朝田君が悔しそうにしているが知ったことじゃあない。
しかしここから先は予想通りの事態か、
鮎川クンと山本依子が恐怖で緊張しっぱなしだ。
そしてエリナと加藤が、
別の意味でやたらと気を使いまくっている。
「えっとぉ、えっとぉ!
斐山君ホントに運動神経凄かったんだねぇ!?
だから、ケンカも強いんだぁ!?」
加藤は見ていて痛くなるほど白々しい・・・、
いや、ここは彼女の努力を評価してあげるべきか・・・。
斐山優一は彼らの少し後を、
何をするでもなく歩いているだけだが、
自ら会話に参加する気配はない。
加藤や山本依子達にとって、
今日のこの冒険は何か意味があったのだろうか?
このまま帰宅まで斐山優一は、
一言も話さずに終わってしまうかのように思われていたが、
あまりの加藤のハイテンションに、
呆れたかのように初めて自ら口を開いた。
「山本・・・加藤は昔からこんななのか?」
いきなり名指しされて、
心臓が飛び上がるかのように驚く山本依子。
だけど・・・こ、ここは落ち着いて・・・!
「あ、ええええ、ええ、
そ、っそ、そうなんです、
この子ったら昔っからそそっかしくてっ!」
「ヨリ! お前はあたしのママか!!」
あっ、会話が繋がる繋がるっ!?
エリナは心の中で拳を握り締めた!
「・・・そう言えば、ママって言えば・・・。」
鮎川クンが思い出したように、
ようやく会話に参加する。
「加藤、お前の母さん、その後・・・。」
エリナには何の事だかわからない。
「加藤さん、お母さんどうされたんですか?」
「あ、えっとね、恥ずかしい話よ、
ウチのお父さん、
航空会社に勤めてるせいで、家にいない時間の方が多いの。
・・・それでさ、
一昨年離婚しちゃったのよ・・・。
まぁ、たまには連絡あるからどうでもいいんだけど・・・。」
「まぁ、そうだったんですか・・・、
じゃあ、お父さんと二人暮しなんですか?」
「あっ、ううん?
おじいちゃんやお姉ちゃんもいるし、
エルっていうわんこもいるんだ、
今度、エリナちゃんも遊びに来てよ。」
エリナが喜んで応ずると、
後ろでまたもや優一が、
興味深そうに首を突っ込んできた。
「へぇ、加藤、
お前の家じゃ母親が出て行ったのか・・・。
それでお前は母親の事をどう思ってるんだ?
それでも自分の親だと認めているのか?」
「えっ? そ、それは・・・。」
これはかなり無神経な質問ではないだろうか?
聞かれる者によっては神経を逆なでされる場合もある。
もっとも、
優一にとってはただの興味本位とも言えない。
「自分の親を親と認めていない」
その事実が同一なら、彼にとっては他人事ではないからだ。
ネジが抜けてる加藤にしてみれば、
その問いに答えるよりも先に、
なぜそんな事に興味を持つのか、優一の真意を先に知りたがった。
故に、
彼女が口を開くまでに多少時間がかかったのだが、
結局、回答を得る前に、
ここで不測の事態が起こる。
斐山優一は、
加藤恵子の答えを待たずにその場全員の行動を封じた。
トラブル発生です。