月の天使シリス編3 危惧
ぶっくままた増えました!
どうもありがとうございます!
そこで初めてエリナは自らの失態を自覚する。
「あ! す、すいません! 優一様!!
つ、つい・・・。」
そうだ、私ったらなんて失敗を・・・!
つい浮かれて調子に乗って・・・!
これじゃ従者失格・・・。
もはやエリナは顔を起こすこともできない。
下をうつむいて、
可愛いおでこを優一に向けるだけだ。
「・・・その『優一様』ってのも危ねーなぁ、
『さん』はなんとかセーフだが・・・。」
「ああああ、
優一さん、ごめんなさいっ!」
もう顔から火が出るっ!!
エリナ顔、真っ赤・・・。
エリナは普段、「優一さん」で統一しているが、
自分が従者だとの立場を強く認識している時には、
ついつい「様」づけしてしまう。
優一にとっては、それもまたうざったいので、
あえてエリナに対し、
高飛車に出るような言動は控えてるつもりなのだ。
・・・ていうか、もう面倒でどうでもいい。
だから、どうしてもぶっきらぼうにならざるを得ない。
その代り、
用がある時は遠慮なくこき使ってやるつもりではいる。
優一はため息をついて、椅子を戻した。
「・・・ハァ、
わかったならもういいよ、出てけ。」
「あ、はい、・・・あの。」
「なんだ、まだ用か?」
「あの、・・・リンゴ。」
「今、調べ物してるから、後で食う。」
「でも、茶色くなっちゃいますよ、
・・・あ、それじゃぁ・・・。」
「ん?」
エリナは爪楊枝でリンゴを突き刺してから、
恐る恐るその手を優一の顔に近づけた。
そんな真似をするならば、
どうしたって身体ごと優一に接近する。
エリナの右手は、
優一の座る椅子の背もたれに添えて、
互いの体温を感じそうな微妙な距離で、
リンゴが優一の口の前にあてがわれた。
「優一さん、はい。」
・・・こいつ・・・。
わかっているのか?
他の男がこんな状況、前にされたら理性が吹っ飛ぶぞ?
もちろん優一も、
エリナが自分以外の他の男性に対し、
こんなマネをする筈のない事も分かっている。
男によっては・・・
いや、女もだろうが、
このギリギリの状況を楽しむタイプの人間もいるだろう。
だが、優一はそんなまだるっこしいマネは気に入らない。
じらしプレイは経験あるものの、
今はそんな状況ではない。
気を使えば使うほど、
方向性は自分のスタイルからどんどん遠ざかる。
ここは互いをその気にさせる行動はすべて却下だ!
ガブリ!
しゃりしゃりしゃりしゃりリンゴを口の中でつぶしてゆく。
エリナは、
優一のそんな姿を見るだけで大満足。
単純と言えば単純なんだろう。
優一は器用に指を動かし、
リンゴを飲みこみつつ、さらにエリナに振り向きもせずに話しかける。
「おみゃえ、まひゃ・・・
ゴクン、風呂あがりか。」
解説はいらないと思うが、
「お前、また・・・」と言っている。
「あ、はい! あまり汗臭い格好で、
お部屋にお邪魔するわけにもいきませんから・・・。」
続いて優一は二切れ目のリンゴを・・・。
実際、優一の嗅覚は、
普通の人間の限界能力を遥かに越えているので、
そういう配慮はありがたいのだが、
嗅いでクラクラするようなシャンプーの匂いもご法度だ。
もっとも感度が高い分、
理性のストッパーも高性能であり、優一は耐えることができる。
常人ならあっという間だ(何が?)。
「エリナ、お前リンゴは食ったのか?」
「あ、はい、下で頂きました!」
・・・エリナ視線で行くと、
優一は全く動じもせずに、
かつ、自分の存在を無視するでもなく、
かといって自分の行動を注視されているわけでもなく、
ほとんど自分の行動を好き勝手にやらせてもらっている。
すごく居心地がいい。
カラダはそんなに大きくないのに感じるこの安心感・・・。
ちょっと前までは、
誰もが彼に近づく事すらためらわれていたという、過去の方が信じられない。
でも今は、私が独占状態・・・へへっ!
リンゴはいつの間にか喰い尽されてしまったが、
いまだ、
エリナは優一のカラダに近い状態のまま・・・。
試しに自分のカラダを少し近づけてみようか・・・。
何気なく、
椅子の背もたれにある自分の手を、
優一さんの肩に添えて・・・。
「優一さん・・・、
何を調べているんです?」
エリナの長い髪が優一の背中に垂れる。
・・・!
胸元、優一さんの背中にくっつけちゃった。
別に胸のふくらみの部分ではない、
さすがにエリナもそこまでの勇気はない。
鎖骨の下辺りだけども、
それだけでもかなりの親密性がわく・・・。
近づけるだけで、
接触させようとまでは思っていなかったのだけど。
しかしそれでも優一は動じない。
「ん? 次の金もうけの手段をな、
そろそろ暴力団のシノギに協力するのも潮時だしな・・・。」
今まで何やらかしてきたんですかっ!
でも、これはこれでいい雰囲気・・・。
そこへ優一は、
自分の肩にあてがわれた手を一瞥した後、
エリナの顔を見上げてみた。
「エリナ、おまえさ・・・。」
「は、・・・はい?」
ドキドキ緊張するも、
優一の意図は他にある・・・。
「オレが暗殺されるかも・・・
という危惧があるなら、
それに仕えようとするお前自身も・・・、
命の危険があることはわかっているのか?」
真面目な話だったか・・・!
だが勿論、
エリナの答えは日本に来る前から決まっている。
「そうです!
私の命に換えても優一さんを守ります!!」
優一が女性にもて始めたのは、
ほぼ中学入学と言うか、
「ワル」の道に入り始めてからだ。
その世界で最初に優一に近づいた女性達は、
10代後半のやんちゃ娘たちだ。
中には母性本能をくすぐられた者や、
優一の飛び抜けた能力に惹かれる者もいたが、
すぐに優一にぞっこんとなり、
軽々しく「優一に死ぬまでついていく!」とか、言い出す者もいた。
その気持ちが、
その時点で彼女たちの本心だとしても、
それを信じ込む優一でもないし、
何より、
彼女たちの見すぼらしい能力では、
何も期待しようもなかったのだ。
そういう意味でも、
「誰も信用できない」優一の心を変えることなど出来はしなかった。
・・・このエリナとて、
いざと言う時に今の言葉を実行できるなどと、
優一も信じ込む根拠はどこにもない。
人間の心は弱いものだし、
その時々によって、
軽々しく以前の自分を否定する。
たかだか15年しか生きていない優一も、
裏の世界に入り浸ることによって、
その様々な人間の本性を嫌と言うほど見てきた。
結局、優一も、
エリナを信用しているわけではない。
今から、このエリナを奴隷のように扱い、
その女性としての尊厳を踏みにじってでも、
それでもこのオレについてくるとでも言えるのだろうか?
優一の心に、
そういった悪戯心が湧かない事もない。
もっとも、
別に優一にサドっ気があるわけでもなく、
どうせすぐに、
自分が飽きてしまうのもわかりきっている。
そんなマネをしたところで虚しいだけだ。
必要なことは、
エリナに自分の振る舞いや立場を自覚させなおすこと。
・・・ぶっちゃけると、
優一に都合がいい存在になってくれるのなら何だっていい。
「・・・まぁ、いい。
別にお前なんかに守ってもらう必要はないが、
自分の身ぐらいは気をつけろ・・・。
最近、誰かの視線を感じる・・・。
オレあてのものか、
お前あてのものかはわからないが・・・。」
「えっ!?
それって、教室の中とかじゃなくて・・・ですか!?」
「外だ、
今日の体力測定の時間も感じた。
登下校の時にはないようだが、
おそらく同じ人物・・・そして相手は一人・・・。」
「そ、そんな・・・、
私も他人の気配には敏感な方なのに、
全く感じませんでした・・・。
優一さん、
そんなことも分かるんですかっ!?」
「エリナ・・・、
無理に探ろうとするなよ、
相手がお前を目的とする変質者なら、
適当にボコっても全く問題ないが・・・、
『あいつら』に関係するのなら慎重にしたいんだ・・・。」
あ い つ ら ?
「優一さん、・・・『あいつら』って?」
そこで優一は、
自分の口が先走ってしまったことに気づく。
まぁ、どうでもいいことだが。
「ああ、気にするな。
要は正体のわからないものに近づくなってことだ。
もうそろそろ、部屋から出てけ、エリナ、
あの二人が心配する。」
「は、はい・・・わかりました。」
エリナ個人の願望はともかく、
彼女の使命は優一の信頼を勝ち取ること。
そして、続いてウィグルの正統後継者たる彼を守ることである。
すでに、誰か・・・、
優一の本当の存在価値に気づいている者がいるのだろうか?
果たしてそれはどんな存在なのか・・・。
いずれ・・・、
エリナもこのまま、優一の傍で生活を続けるならば、
その恐ろしい存在を目の当たりにすることもあるかもしれない。
果たしてその時、
彼女は正気を保っていられるのだろうか?
斐山優一は、
人間相手を恐れることは決してない・・・。
だが、人間以外の存在となると話は別だ。
彼女の村が伝えるという「天使」の存在。
それが具体的に何を指すのか・・・、
肝心なことは一切不明のままだ。
ただの比喩なのか、
それとも神官程度の意味しかないのか、
それとも、
人間とは異なる・・・まさしく高次元の存在なのか、
それを明らかにする術は未だ優一にはない・・・。
だが、「その時」がだんだんと近づいてきていることに、
優一の心は沸き立ち始めているのである・・・。
そして、彼の能力も・・・。
かなり重要な話ですが、
優一が「あいつら」と呼ぶものは、
ストーリーにはほとんど関わってきません。
この世界の事は登場人物たちに
全て任せている、という感じです。
たまに存在をアピールすることもあるようですが。