月の天使シリス編3 エリナの気持ち 恵子の気持ち
加藤からの問いかけに、エリナは足を止める。
「・・・いい人か悪い人か・・・
は、私にはまだわかりません。
でも皆さんはまだ、
優一さんの事をよく知らないだけなのではないでしょうか?
きっと優一さんも、
自分の本当の姿を他人に見せたくなかったのかもしれません。
もし、あの人が少しずつ、
心を開いて見せたら、
きっと皆さんの考えも変わると思いますよ・・・?」
エリナの言葉には不思議な説得力があった・・・。
勿論その言葉を、
100%受け入れることなどできはしないが、
加藤はじめ、山本依子も鮎川クンも、
「少しアイツを観察してみようかな・・・。」
と思ったことは確かである。
そのまましばらく、
会話が一度途切れて、駅前の商店街を通り過ぎるころ、
再び山本依子の強力な一撃・・・。
これを聞かないわけにはいかないっ!
「ね、・・・そ、それでエリナちゃん、
あの斐山君がいい人か悪い人かは置いといて・・・さ。」
「は、はい、置いといて?」
「あなたは、斐山君の事どう思ってるの?
そ、その~、異性としてさ・・・!」
加藤が必要以上に興奮しながら依子を制す。
「ちょっと何言い出すの、ヨリ!!」
鮎川クンだって同様だ。
「お前、さっきオレにはなんつったよ!?」
「うるさい! これは大事な問題よ!!
第一、お前みたいなエロと一緒にすんなっ!」
実際、同じ日本人同士なら、
他人の「恋する瞳」は結構バレバレなもんなのだが、
異文化の異邦人だとそれは勝手が違う。
はっきり確かめないことには・・・!
そして、そんな事を聞かれたエリナはまたもや仰天するものの、
さすがにこれは意表を突かれ過ぎて、
どう口を開けばいいかわからない。
「依子さん、それって・・・
あの、その、
だ、男女の・・・いわゆる恋愛対象としてってことですか・・・?」
ヨリは一人盛り上がっている。
「うんそうそう!!
わぁぁ、エリナちゃん、話わかりすぎ!!
外人さんだってこと忘れちゃうよっ!!
・・・で、それでそれで!?」
ヨリ、瞳をキラキラさすなっ!
エリナは足を止めて自問自答する・・・。
自分だって、心の中身が一貫してるわけでもないし、
様々な葛藤や欲求がある。
単純に分析できるわけでも、
それを他人に軽々しくしゃべるのも・・・。
「あ・・・あの、私は・・・。」
「フンフン!?」
ヨリ、鼻息粗すぎっ。
「優一さんのことは素敵に思ってますよ・・・、
でも、まだそこまで考えてないって言うか・・・、
第一、私、まだあの人に、
そう言う女性だと認識されてないと思います・・・。」
「ええっ?
つまり斐山君に女の子扱いされてないってことぉ!?
エリナちゃん、そんな可愛いのにっ!?」
「あはっ、ありがとうございます、
でも、いいんです。
・・・今はまだ・・・。」
エリナは左右の掌を自分の顔の前でくっつけた。
その長い両の人差し指が彼女の柔らかい唇に弾む・・・。
含みのあるエリナの言い方と、
彼女のちょっとうつむいた表情で、
加藤も依子もエリナの本心はわかってしまった。
そんなに斐山君、魅力的なんだろうか?
まぁ、確かに美形だし、
かっこいいと言えばかっこいいんだろうけど・・・。
そしてなぜかわからないが、
加藤恵子の心がざわついた・・・。
このカンジ何だろう・・・?
その気持ちが自分でもわからない内に、
加藤恵子の口は勝手に開いてしまった・・・。
「あ、あのさ、
思ったんだけど、
エリナちゃんと斐山君て・・・何か似てない?
髪の毛や目の色だけじゃなくて、
なんか、二人並ぶと・・・!」
ギクリっ!!
実はエリナにとって、
一番困る質問がこれだった。
どう答えればいいのかわからない。
「あっ、ああ、あ、
ほんとですよねぇっ?
実は私もびっくりして・・・。
も、もしかしたら、
私が優一さんに女性として意識されない理由はそれかも・・・。
ホラ、もしかしたら妹とかそんな風に思われてるのかも・・・。」
それはあながち間違いとも言えない。
一人っ子の優一にとっては、
同じ生活空間を共有する新たな同居人は、
今まで欠けていた心の隙間を埋める、一つのピースになり得るかもしれなかったからだ。
そしてエリナの答えは、
加藤達の先ほどよりの全ての疑問を一気に解消する、
かなりの蓋然性に富んだ解釈だったのだ。
あれ?
あたし何だかホッとしてる・・・?
だが、今度は加藤が別の疑念にとらわれ始めた。
それも今度は、
エリナや斐山の事ではなく、
自分自身の気持ちでだ。
い、・・・いやいや気のせい!!
そんな馬鹿なことありえないって!!
うん、そうそう、ただの・・・
気のせい・・・。
そして彼らは、
それぞれの自宅近くになると、
一人、・・・また一人と別れて行った。
それぞれ、互いに期待と不安を織り交ぜながら、
高校生活初日がこうして終了したのである。
次回から学校生活始まります。