月の天使シリス編3 帰り道
エリナは元々社交的かつ快活な女性らしく、
加藤恵子達とすぐに打ち解けた。
外国人でありながら、
これほどまでに日本語を操れるのだ。
誰だってエリナと仲良くなりたがるだろう。
それに聞きだしたいことがたっぷりとあるのだ・・・。
帰り道途中、
まずは山本依子のジャブだ!
「ね・・・、エリナちゃん、
先週、自転車にぶつかりそうな子供を助けたでしょ?」
一瞬、エリナはきょとんとしたが、
すぐに大声をあげて仰天したようだ。
「あ~!! そういえば、
皆さんあそこにいた・・・ぁ
ごっ、ごめんなさい、
今まで気付かなくてっ!!」
「いーわよ、そんなことぉ、
誰だって外国にきて、
その場だけで会った人のことなんか覚えてる余裕ないわよぉ。」
加藤恵子もそれに続く。
「そうだよねぇ?
考えてみたらあたし達、初対面じゃなかったじゃんねぇ?
でも凄い運動神経、
エリナちゃん、なんかスポーツやってたの?」
「あ、あは、え、えーと、
そ、それは他の地域からも海外留学生候補はいっぱいいるので、
推薦で選ばれるために、
彼らに負けないよう、いろいろ特訓しました・・・!」
多少、しどろもどろになるエリナ。
一般生徒に真実を教えることはできない。
この一週間、
エリナと斐山優一との間で交わされた合意の中に、
優一の出生の秘密、
及びエリナが日本に来た本当の目的を他人に明かさない、
という条項がある。
結局、優一がウィグルに戻り、
その地位を継承するかどうかは、
本人自身まだ決めていないし、
エリナも性急に事を運ばせることもないと考えていたので、しばらくは普通に高校生活を送ることになっていた。
だが・・・、
斐山優一もそれ以外の事に関しては、
エリナの口を止めさせる事を徹底できなかった・・・。
「余計なことは言うなよ」
とは言っておいたのだが、
エリナにとっての「余計なこと」というものは、
優一と同じ概念ではないらしい・・・。
それが、先ほどの教室での問題発言であり、
そしてこの後も・・・。
そしてついに、
山本依子の追及の手が核心に・・・。
「ね、ね? エリナちゃん、
あの斐山優一と一緒に住んでるんでしょ!?
そ、その、今まで何か・・・あった?」
こ・・・これは!!
鮎川クンも加藤恵子も聞き逃すことなどできはしない!
だが、
当のエリナはきょとんとするばかり・・・。
「へ? 何か・・・ってなんですか?」
マジに何の事だかわからないようだ・・・。
鮎川クンが不用意に、
オブラートをかけることなく直球で・・・。
「いや、例えばさ、
お風呂のぞかれたり、夜中にベッドに・・・」
そこで山本依子が鮎川の靴を踏んづけた!
「ふんぎゃああああぁっ!」
「おまえ! エロすぎ!!
少しはデリカシー見せろよ!!」
「だ・・・だって・・・。」
見かねて加藤が、
もう少し柔らかい表現で・・・。
「た、例えばさ、
怒鳴られたり、脅かされたり怖い思いしたとかはある?」
エリナはまだ、合点がいかないような表情を見せるが、
その質問自体は答えられなくもない。
「あ~、怒られたりはしますけど、
基本、優一さん、優しいですし~。」
ハ ァ ! ?
三人が三人とも目が点になっている。
鮎川が最初に沈黙を破る。
「あいつが優しいぃぃ~!?」
「そうですよ?
普段は優一さんのお母さんと私、
仲良くさせてもらってますが、
お母さん、出かけてる時とか、
優一さん、ぶっきらぼうですけど、
カップラーメンの作り方を私に教えてくれましたし、
その前は自動販売機の使い方も私に教えてくれて・・・。」
いやいや!
待ちなさい待ちなさい!
そんな簡単なもん教えたって優しいわけじゃないから!!
山本依子が突っ込む前に、
エリナは誇らしそうに微笑んで見せる。
「今さっきだって、
まだ友達のいない私に、
皆さんを紹介してくれたじゃないですか。」
それに関しては3人とも反論できなかった・・・。
誰も斐山優一の行動を理解できない。
いや、加藤恵子だけ、
ほんの少し・・・
優一の優しさに触れた事がある・・・。
もしかして・・・私たち、
斐山君の事・・・とっても誤解してたんだろうか・・・?
自分の心にわいた疑問に、
ついに我慢できなくなった加藤は、
本来なら黙っているべきことを、
エリナに聞いてみることにした。
斐山君、ごめんなさい!!
「エリナちゃん、あの・・・。」
「ハイ?」
「あのね、斐山君て中学の頃、
悪さばっかりしてて、
あたしたち、みんな怖がってたの・・・。
だから、斐山君が優しいなんて、
あたしたち、びっくりしてるんだけど・・・、
本当はどうなんだろ?
斐山君がエリナちゃんの前で、
いい人ぶってるだけなのか、
・・・それとも彼って、
実は誤解されてただけの男の子なのかなって・・・。」
鮎川クンは、
「何て事を!
そんなこと話したのがヤツにばれたら、また・・・!」
と言いかけたのだが、
その答えは彼だって聞きたい。
エリナは果たして何と答えるのか・・・。
エリナも実際、優一を観察しているのは、
まだほんの一週間である。
そして彼がどんな生活をこれまで送ってきたのかは、
優一の母親からそれとなく聞かされていた。
自分にはまだ、
優一を「信じる」というレベルにまで、
深く交わった自覚があるわけでもない。
だが、エリナも高い知性を認められて、
日本に送られてきたのだ。
優一が何故、
そんな性格になってしまったのかは、
これまでの時間で、なんとなくだが、
ある程度理解し始めていた・・・。
明日もこの話の続きです。