月の天使シリス編3 嵐の前触れ
そこに貼り出されていた名前・・・
「 斐 山 優 一 」
「あれ? どこかで聞いたような・・・
ひやまひやまままええええええええっ!?」
「斐山優一ってあたし達の中学の?
あの斐山くん!?」
ヨリが仰天してるうちに、
加藤恵子はこのことを自分で知っていたことを思い出した。
そういえば、ここに受験するって言ってたっけ・・・。
完全に忘れてた・・・。
そりゃあそうだよ、
あの時の、首切り事件の衝撃の方が大きかった上、
その後、
卒業式まで何も話すこともなかったんだし・・・。
合格発表は番号掲示だから、
誰が受かったのかもわからないんだし・・・。
鮎川は、この世の終わりが来たかのような絶望的な表情を浮かべる。
「おまえら女子は、
近寄らなきゃ無害だからいいよなぁ~、
男同士だと何されるかわかんねぇ・・・
どうしよう、オレ。」
中学時代、
普通の生徒の間での斐山の評判は、最低最悪なものだ、
鮎川がそう思うのも無理はないが、
加藤恵子はそこまで斐山を怖い存在だとは思っていない。
そこで、
本心から鮎川を慰めようとした時、
その彼の肩に、自分ではない別の人間の・・・
学生服の右手が、ポンっと置かれていた。
「・・・ん?なんだよ、
慰めようったって・・・」
そこにいる三人のカラダが恐怖で硬直した!!
そう、
ここでドンピシャのタイミングで「彼」がやってきたのだ。
「・・・オレが何だって?」
間違いない。
あの超A級指定危険不良人物・斐山優一が、
うすら笑いを浮かべてそこにいた!
口を開くと尖った犬歯が見え隠れする。
「・・・お前は・・・
中学の時、Cクラスにいたな・・・、
鮎川・・・だったな?」
当の鮎川クン、
怯えるあまり、目があっちの方向を向いている。
「あ・・・あああ、ああ、うん、そ、そそそう、
で、でも、
何でオレと話したことないのに名前をっ・・・!?」
「オレは記憶力も良けりゃ、耳もいいんだ。
お前らのさっきっからの会話、
全部後ろで聴かせてもらったぜ。
ま、ここじゃそんな暴れるつもりもないから、
そう怯えるなよ。
ただ、
言葉には今後、気をつけろよ・・・。」
「あ、ああああ、
ああ、わ、わかった、ヨヨヨロシク、
斐山・・・くん、さん・・・。」
思わず鮎川の情けなさに突っ込みを入れたいところだが、
ここは冗談を言える空気ではない。
ただひとり、
空気を読まない少女・加藤恵子だけが、
場にそぐわないセリフを発していた・・・。
「ああ、あの、斐山君っ。」
すでにその場を立ち去ろうとしていた優一が、
一瞬振り返る・・・。
またお前か・・・。
「あの、言いそびれてて・・・、
こっ、こないだあたしを・・・その・・・、お礼」
そこまで言いかけて、
優一の形相が険しくなった。
「・・・忘れろって言わなかったか?」
「きゃあああああ、ハイ、言ってました!
ごめんなさいっ!!」
ヨリは恐怖で一切、動けない。
ただ、
鮎川クンの反応は無理ないとしても、
加藤恵子のソレは、
どちらかというと、やや愛嬌を浮かべたような・・・。
優一がその場を完全に立ち去った後、
ヨリは恵子に聞かずにはおられない。
「ねぇ!? 恵子、さっきの何!?
あなた何かされたのっ!?」
「ちっがうわよぉ!
ただ、あの時あたしを・・・あ。」
まだ立ち去ってないじゃんっ・・・。
優一が遠くから、
オオカミのようなグレーの瞳で振り返っている。
・・・ちょ、やば!
「恵子を!?」
「あああああ、すいません、言うと殺されます。」
「なっ! 何されたんだ!?」
「っ! け、・・・恵子あなた・・・。」
「二人とも変な想像しなぁい!!
何もありません!!」
ドタドタ地団駄踏みながら完全否定する加藤恵子と、
真剣に彼女の事を心配する二人だが、
そろそろ入学式が始まってしまう。
急いで体育館に行かなきゃぁ!!
というわけで、
この件の追及は今後にへと持ち越された。
とはいえ、鮎川にしても依子にしても、
迂闊に斐山優一に触れると、
自分のことすら危険な状況に陥るかもしれないので、
これ以上の詮索はできないかもしれない。
読者も忘れてもらっていいだろう。
さて入学式では、
お決まりのプログラムや新任教師の紹介などもあった。
生徒側の整列は50音順になっているらしく、
斐山優一は列の後ろで、
壇上に見覚えのある顔を見かける。
・・・あいつ、そういや、ウチの近所の・・・。
先週引っ越し作業中のマンションで見かけたな・・・。
正確には紹介されていた男性は教師ではない。
産休による代理の図書室司書だそうだ。
別に斐山優一も、
それほど気にとめたわけではない。
元々、どんな小さなことでも記憶しているだけである。
それが彼の特殊技能の一つと言えばそれまでなのだけれども。
・・・そしてすぐに興味をなくしてししまう。
なぜなら・・・、
彼の最大の懸念事項が次に待ち構えていたのだ・・・。
『えー、では次に、
皆さんに素敵なお友達を紹介させたいと思います。
我が校では、
交換留学生を今年、受け入れまして、
中華人民共和国から一人の生徒を一年間、
皆さんと一緒に学校生活を送っていただくことになりました。
エリナ・ウィヤードさんです、どうぞ壇上へ。』
ざわつく新入生たちを他所に、
あの! 斐山家に居候中の少女、
エリナがゆっくりと舞台の真正面まで登ってきたのである。
新入生たちの目は釘付けだ。
瞳の色までは彼らには見えないまでも、
欧米風の顔立ちに、
スラッとしなやかな体型・・・、
透き通るような色白の肌に、
薄く光を放つグレーがかった長い髪・・・。
色気づいた男子生徒だろうが、
自分にないものに憧れがちな女子生徒だろうが、
その場の全ての生徒達が、
壇上のエリナに注目していたのである。
・・・優一だけが例外的に醒めた目で見ているが。
壇上で、
エリナはオドオドしながらも、
眼下の新入生たちに満面の笑顔を振りまいた。
『・・・あ、えー、み、皆さん、はじめまして、
エリナ・ウィヤードと申します・・・。
短い期間ですが、どうか仲良くしてください。』
そして極めつけは、ほぼ完璧な日本語トークだ。
緊張していたり恥ずがしがっているのは当然としても、
・・・いや、むしろそのぎこちない笑った顔が、
男子女子双方の好印象を勝ち取った。
これほどの拍手と歓声が沸き起こるのは、
通常の入学式ではありえまい。
既に該当クラスが判明しているおかげで、
加藤恵子の周辺は特に盛り上がっている。
(へぇ~、面白いクラスになりそう・・・、
あれ? あの子って確か・・・!?)
皆さんは覚えているだろうか?
ほぼ一週間前の出来事・・・、
下り坂道で、
ブレーキの壊れた自転車に轢かれそうになった子供をエリナが助けた・・・。
たまたま偶然に出くわした出来事であったが、
加藤達が現場を目撃していたのである。
鮎川も依子もすぐに気づいたようだ。
山本依子にいたっては、
ついに悔しさからか声が漏れていた・・・。
「誰か、クラス替って~ぇ・・・。」
しかしこのまま、
順風満帆に、何事もなく明るい高校生活が送れるはずなどあろうか?
加藤恵子達が所属する1-3クラスには、
二つの台風の目が同居しているのだ。
一つはエリナ・・・。
その騒ぎは今見た通りだ。
この後の教室風景も、
大体想像できるだろう・・・。
そしていま一つは、
いまだ目に見えない災厄・・・斐山優一だ。
もともとこの学校は、
ある程度成績のいい連中が集まっている、
不良世界に詳しい者などそうそういない。
ましてや、一見、優一の姿は、
女性並の整った顔立ちに、
小柄で大人しそーな少年の姿なのだから・・・。