月の天使シリス編2 予感
さて、話を戻そう。
エリナと優一の顔の距離は10cmほどの距離だ。
だが、近づく優一の顔に戸惑ってはいるようだが、
エリナの顔に拒否感は見られない。
じっ・・・と優一の瞳を見返すのみだ・・・。
「その・・・優一さん、
わたしは・・・あなたに従うようにと・・・ 」
その口ぶりは落ち着き払っているが、
異常聴覚を持つ優一の耳はごまかせない。
・・・彼女の心臓の鼓動が早鐘を打っている・・・。
「なら・・・そうだな?
服を脱いでみろ・・・。」
「えっ!?」
「聞こえなかったか?
服を自分で脱げといったんだ・・・。」
一度優一は腕を放し、ベッドに座り込む・・・。
しばらくエリナは動かなかったが、
やがて意を決したのか、
ゆっくりと着ていたセーターの裾をつかんだ・・・。
長いグレーの髪の毛に気を使いながら、
セーターをめくりあげてゆく・・・。
なめらかな腹部や白いブラも見えてきた。
一切の無駄な贅肉もない、きれいなボディだ・・・。
男なら、誰だって手を伸ばしたくなるに違いない。
「あ・・・あの、し、下も・・・ですか?」
「当たり前だ、下もだ。」
今度はジーンズのボタンとジッパー・・・。
ジッパーの隙間から眩しい下着の色が見え始める。
さすがに彼女も恥ずかしそうにカラダを優一に対し斜めに立つが、
やはり滑らかな太ももとヒップが露わになって・・・。
優一は黙って眺め続けている・・・。
観察しているのだ、
彼女の表情・挙動はもちろん、
骨格や筋肉のつき方までも。
エリナは暫くためらっていたが、
一度、優一の視線を確認すると、
ついには背中のブラのホックに手をかけた。
ここで優一が空気を変えた。
「いいよ、もう。」
「あ・・・え?」
最後まで試しても良かったのだが、
優一は途中であることに気づいたのである。
「服、着ていいぞ。
・・・ところで、エリナ、
お前、全く拒否しない所を見ると、
こういったことも想定内ってわけか?」
「あ・・・え、それは、あの・・・まぁ・・・。」
かえって今の方が恥ずかしそうな表情だ。
はぁ~、っとため息をつく優一。
「・・・まさか既成事実を作ったほうが、
目的を達しやすい・・・ってつもりじゃねーだろーな!?」
「は・・・まぁ、そういったことも・・・。」
「それと・・・もう一個確認したいが・・・。」
実はこっちの方が重要だ。
「は、はい~っ。」
「ウィグルってのはそんなに大きな村じゃないんだろ?
オレとお前に血縁関係は?」
優一が気づいたこと・・・それは、
そのウィグルとやらが未開の村と考えていただけに、
下手したらこのエリナが、
自分の腹違いの妹とか、
そんなベタな展開の可能性に気づいて背筋が寒くなったのだ。
「あ・・・それは大丈夫です!
せいぜい3代ぐらい前に遡らないと、
ええと・・・はとこっていうんでしたっけ?
ウィグルでは従兄弟まで婚姻が認められています!」
「・・・いや、大丈夫って・・・お前、
・・・まぁ、いいや・・・。」
この会話で、
優一はエリナにイタズラする気が完全に失せてしまった・・・。
しかし、
来月からコイツと同じ学校に通うのか・・・。
まぁ、退屈はしないで済みそうだ・・・。
「わかった、今夜はもういい・・・。
どうせ下でオヤジ達が心配してるんだろう、
一度、下に顔を見せてから、自分の部屋に戻れ・・・。」
エリナの口元がちょっと開いている・・・。
良くも悪くも、
想定していた事態が肩透かしに終わって、
安心したのと期待はずれだったのと入り混じった表情なのだろう。
服も完全に着なおし、髪を軽く梳く・・・。
戻れと言われたのに、
エリナはしばらく、優一の顔を見続けていた・・・。
「なんだ? 戻れって言っただろう?
オレの顔に何かついているのか?」
「あ・・・あの、優一さん・・・。」
「あん?」
「私がさっき、初めてお会いした時、
『想像以上にかっこいい』って言ったの、
・・・あれ、ホントですよ・・・。
村の同年代の男性でも、
優一さんほどカッコいい人いません・・・!」
笑ってやがる、・・・コイツ。
「・・・いい加減にしろ、
素っ裸にして外に放り出すぞ!?」
「きゃあ!」
慌ててエリナは扉を開けた。
・・・そして振り返り恐る恐る優一に最後の挨拶を・・・。
「優一さん、じゃあ失礼します・・・、
お休みなさいませ・・・。」
「・・・ふぅーっ、
ああ、長旅だったんだろ?
安心して寝とけ・・・。」
相変わらず口調も表情もぶっきらぼうだが、
優一の言葉の端に、エリナは優しさを感じた・・・。
「はい! ありがとうございます!!」
扉を閉めた後、
エリナの顔は喜びの表情でくしゃくしゃになった。
彼女だって、
優一の性格や容姿が、
最低の人間である可能性だって想定していたのだ。
・・・それがこんな・・・。
エリナは子供のように無邪気な笑みを浮かべて、
階段を下りていった・・・。
優一の方も、
最初っから甘いツラを見せるつもりは毛頭なかった。
ただ、自分のルーツが判明した事、
そして自分を待っているこの先の運命・・・、
それらを考えたら、
目の前の少女のカラダなどどうでもいい。
彼にしてみれば、
たったそれだけの話に過ぎなかったのだが・・・。
それでも・・・
この段階で、彼の未熟ともいびつとも言える「感情」が、
少しずつ育ち始めているのは、
確かな事だったのかもしれない・・・。
そして・・・、
今後一年間・・・斐山優一とエリナ・ウィヤードは、
一つ屋根の下で波乱に満ちた生活を送る事になるのである。
シリス編の2はここまでです。
この後、登場人物紹介。
そして明日からシリス編3高校生活編となります。
斐山優一パートで最も平和な時期かしら。
誰も死にませんのでご安心を。