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第4話


 

マリーは身震いするが、

老婆はそんなことなど気にも留めない。

 「命を吸うには誰でもいいってわけじゃない、

 相性があるのさ、

 子供や若い女性はかなりいいねぇ、

 アンタはとても相性が良さそうだ・・・。

 生きてたら最高のご馳走なんだろうけど、

 半分死んでる今の状態でも十分だ・・・。」

ようやくマリーは自分の置かれている状況を完全に把握した。

自分は食料にされるのだ。

 「・・・取引・・・ですよね、

 私にどんなメリットが

 あるの・・・ですか?

 私は魂すら消えてしまうの?」

老婆はニヤッと笑って首を振る・・・。

 「残念ながらあたしが吸うのは魂じゃない・・・、

 そのままあたしがアンタの命を吸えば、

 アンタの魂は強制的に身体から離れ、

 さっき言ったように悪霊か幽鬼になる。

 あたしが命を吸わなくても、

 時間が経てばアンタの魂は身体から離れるけどね。

 ・・・アンタにとってメリットってのはね、

 あたしがアンタの命を吸って魂が抜け出た瞬間、

 その時アンタの魂を別の容れ物に入れる事ができるっ、

 て事なのさ。」


それがどういう事なのか、

マリーにはよく理解できない。

 「すると、私はどう・・・なるの?」

 「少し死んだ魂について教えてやろうかねぇ、

 手短に行くけどね、

 普通、ヒトが死ぬと、

 その魂は冥府の死者の王の元へ行く、

 そっから先はあたしも知らないよ、

 だが、強い念を残した魂は・・・

 地上に残り、悪霊や幽鬼となる。

 しかし、それは永遠ではない。

 長く地上にいる間に魂は意識を失い、

 情念だけの存在となり、

 負のエネルギーと化し、

 この世のいろんな物に影響を与える。

 そうしていくうちに、

 だんだん情念も薄れ、

 何十年か何百年後かには、

 完全にこの世から消滅するんだ。

 ・・・先に言っておくが、

 アンタの情念は中々消えそうにないよ・・・。

 それでね・・・、

 あたしにできるのは、

 この先、アンタが苦しみ続ける事を和らげられるというだけ・・・、

 今もアンタの心の中は、

 苦しみと恨みと悲しみだけ・・・

 そうだろう?」



 

マリーは狂おしい程、切なく叫ぶ。

 「そのとおりです!

 どうしたら・・・

 どうやったらこの苦しみが消えるの!?」

 「アンタのその強い情念を、

 別の力に換える・・・、

 そうすれば苦しみや痛みは消え、

 意識は残ったまま動く事もできる、

 強い情念がある限り・・・。」

 「・・・そんな方法があるのですか!?」

フラウ・ガウデンは一度、

マリーの傍から離れ、

ボロボロの腕をかざし部屋の反対方向を指差した。

 「歩けるかい?

 あそこに扉が見えるだろ?

 あの扉を開けてご覧・・・。」


マリーはベッドを降りた・・・。

すでに足の感覚はなくなっている・・・。

地面を歩いていると言う自覚すらない。

ようやく部屋の隅にたどり着き、

その重い(?)ような気もする扉を開いた。

小さな部屋だったが、

二体の人形が置いてあった・・・。

一体は枯れ木のような細男の人形・・・、膝を抱えてうずくまっている。

恐ろしいことにその顔には目玉がない・・・。

ポッカリと空洞があるだけだ。

もう一体は、

簡易なベッドの上に裸で寝かされていたのだが、

こちらはこの家で目覚めて初めて目にする美しいもの・・・

今まで生きてきて、どんな女性よりも・・・

村で見たどんな美しい花嫁よりも綺麗な、

長い銀髪の女性の人形がそこにあったのである。

 「・・・きれい・・・。」

人形は細部まで作りこまれており、

見開いた長いまつげのグレーの瞳・・・、

青白いほどの滑らかな素肌・・・、

生きている人間だといっても不思議ではないぐらいだった。

 「アンタの新しい身体だよ・・・

 って言ったらどうするね?」

後ろから老婆が声をかける。

 


 

それは、

絶望と不安に襲われていたマリーには、

とても嬉しい言葉であった。

 「すごくきれいです!

 誰が作ったんです?

 どこかのお姫様がモデルですか!?」


老婆はしばらく黙っていたが、

やがて自嘲するかのように首を振りながらため息をつく。

 「昔、お節介な魔法使いがいてねぇ、

 醜い身体になったあたしを哀れんで、

 こんな人形を作ってよこしたのさ、

 あたしが昔の姿を忘れないように、ってね・・・!」

 「エエッ!!

 このきれいなヒトが・・・

 フラウ・ガウデン・・・!?

 あ・・・ごめんなさい・・・。」

その時マリーは悟った・・・、

この美しい女性が、

死にもせず永遠に年を取り続けていくことが、

どんなに恐ろしい残酷な刑罰であるかと言うことに。

一体、彼女はどんな罪を犯したと言うのだろう・・・?


 「いいんだよ、

 ・・・まだ他人に気を遣う余裕はあるようだね。

 だけどね、

 いい事ばかりじゃない。

 さっき言ったように、

 苦しみがなくなるというのは、

 『感じる事がなくなる』・・・という事なんだ。

 痛くもない、

 苦しくもない・・・

 熱くもない、

 寒くもない・・・

 悲しい事もない、

 嬉しい事もない・・・

 つらい事もない、

 楽しい事もない・・・。

 記憶は残るが、

 感動が失われてしまう分、

 想い出はどんどん忘れてしまう・・・。

 アンタの魂が消え去るまでそれは続くんだ・・・。

 ・・・それでよければ取引をしよう・・・。

 そうだ、

 参考までに、そこにいる男を見な・・・。」


そう言って老婆は、

もう一体の人形に向かって指をさした・・・。

 「もう一体・・・、

 あの枯れ木のような目玉のない・・・ 

 キャアッ!?」

・・・こちらを見つめていた・・・。

目玉がないくせに、

目をパックリ開けたその男は、

首をもたげ、

マリーの方を向いていたのである。



 

人形じゃない・・・

この男も生きている・・・?

髪がボサボサなのは、

フラウ・ガウデンと変わりはないが、

年の頃は40~50ぐらいなのか、

黒髪の部分が多い。

肉はげっそりと痩せ落ち、

・・・そして細く結んでた口を裂くようにして、

気味の悪い笑みを浮かべていたのである。

・・・マリーが生きている時であれば、

間違いなく気絶ものだ。

 「こ・・・この人も生きているんですか!?」

 「客・・・久しぶりのお客・・・、

 女の子、・・・可愛い 子・・・?」

枯れ木の身体からは、

その身体にふさわしい、

かすれた乾いた声が発せられた。

 「 イヤァッ!? 」 

後ずさろうとするとすると、

老婆が笑いながら答えた。

 「心配いらないよ、

 こいつはあたしより無害だ、

 何せ人は食わないからねぇ・・・」

男は身体を前後に揺らし始めた・・・。

 「 おーほーほー、

 おーじょーおーさーんー♪」

・・・嬉しがってる・・・のか?


マリーは固まったまま、その男をしげしげと見た・・・

確かに害意はなさそうだ・・・。

フラウ・ガウデンによる男の紹介は続く。

 「こいつはあたしの連れ合いさね・・・、

 あたしと同様、

 罰を受けてこんな姿になっちまった・・・。

 年をとらない身体なのはいいんだが、

 代わりに知能をとられてねぇ。

 まぁ、

 考えることができないから、

 苦しくはないのかもねぇ。」


マリーは、

嬉しそうに身体を揺らす男と人形を見比べた。

この綺麗な人のだんな様・・・? 

やっぱり若い時はかっこよかったのかな?

いや、

今はそんなこと考えてる時じゃない。

 「わたし、人形になったら・・・

 この人みたいになるの・・・?」

それを聞いてさらに老婆は笑った。

 「違う違う、

 はぁっはぁっは、似てるかもしれないが違う・・・。

 人形は『感じること』がなくなる・・・、

 ただ考えることはできる。

 そいつは『考える』事ができない。

 だが、感情はちゃんと残ってる・・・。

 ま、ぼけ老人みたいなもんだ・・・。

 一応、

 ボケなりに考えてるみたいだけどねぇ。」

 


 

枯れ木の男は、

老婆の言葉を気にしてないようだ。

 「フラウ・ガウデン・・・

 その女の子、おまえとどっち可愛い? 

 おまえが可愛い?

 その子が可愛い?

 それともオレが可愛い?」 

あやうくマリーは噴き出すところだ。

 「うるさいねぇ、

 レディに失礼なこと言ってんじゃないよ、

 ま、人間の時のアンタに会わせたら、

 あたしが嫉妬するぐらいだよ。」

だんだん、

マリーはこの状況に慣れてきた、

というか、この二人の見た目のグロテスクさが、

何となくコミカルにすら感じて、居心地が良くなってきたのである。

だが、

非情な現実はそれを許してくれなかった・・・。

マリーは自分の感覚の違和感が、

さっきよりも、

どんどん増大していくのを感じ取っていた。


・・・視点が定まらない・・・

彼らの声が、

鼓膜以外のところから聞こえるようになっている・・・。

そして、その事をはっきり自覚すると、

自分の心の中に、

激しい憎悪の念が、

ぐつぐつと煮えたぎり始めるのを、

抑える事ができなくなっている事にも気づいてしまった。

もう、時間がない・・・。

激しい嫌悪感と共に、

あの領主の気持ち悪い舌で、

体中や口の中を舐められた記憶が、

どんどん蘇ってくる・・・。

 悔しい!

 気持ち悪い!

 耐えられるわけがない・・・!


 「フラウ・ガウデン・・・

 一つだけ教えてください・・・。」

老婆もそろそろ、

マリーの身体が限界だと悟ったようだ。

 「 ・・・言ってごらん・・・。」

 「なぜ、わざわざ、とりひきを・・・?

 そのまま 私を食べてもよかったの

 では・・・?」

しばらく老婆は、

マリーの目をじっと見続けていたが、

ため息をついて口を開いた。





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