月の天使シリス編 優一対メリー
暗がりといえども優一の目には十分わかる・・・。
薔薇の刺繍のドレスを纏い
か細き腕には一振りの鎌・・・!
煌めくシルバーブロンド、
暗がりに浮かぶ銀色の瞳・・・。
その高貴な衣装の下には、
不気味に光る白い肌・・・!
モノトーンのコントラストが織り成す不自然な存在感、
振り下ろされた死神の鎌は、
なおもそれ自身生きているかのように、刃先を揺らしている・・・。
・・・そう、レディ メリーの瞳は、
今や、この処刑シーンに居合わせる事となってしまった男子中学生、
斐山優一に向けられていたのである。
(・・・見られたか、まだ子供のようだけど・・・。)
・・・眼前の少年は、
レディ メリーの殺戮対象ではない。
目的の処刑を終えたからには、ここにはもう用はない。
メリーはすぐに斐山優一に興味をなくし、
まるで儀式の一つであるかのように、
アラベスク文様の鎌を頭上で一振りする。
流れるような動作でクルリと後ろを向くと、
一瞬、カラダを沈ませた後、
しなやかな肢をバネのように弾ませ、あっという間に上空へと飛び立っていった。
・・・この公園の周辺には、
住居やマンションが乱立している。
「彼女」が足場にして跳躍を繰り返せる屋根やベランダは無数にある。
その素早い動きは、
ほとんどの人間の目にも触れないまま、
誰の目も届かない場所へと消え去る事が可能で・・・
可 能 で あ る は ず だ っ た 。
メリーは違和感を感じた。
自分の後ろを何かが追ってくる・・・?
まさかこの「人形」の動きについてこれる者など!?
「彼女」の背後に追いすがる者・・・、
それは先程の殺害現場にいた小柄な少年、
斐山優一だった。
レディ メリーの後をピッタリ同じルートというわけではないが、
驚異的な跳躍力とスピード、
そして、自分がどのルートを選べばいいかという判断を瞬時に行い、
民家やマンションのベランダ・屋上などを、
ほとんどレディ メリーと同じように飛び跳ねて追跡していたのだ。
(どうして!?
何故わたしを追ってこれる!?)
勿論、既に処刑を終え、
力を失いつつあるメリーのパワー・スピードは最大のものではない。
だがそれでも、こんな軽業師並みの動きで飛び跳ねられる者など・・・。
そしてメリーはさらに考える。
(先ほどの男の仇を討つつもりだろうか?)
・・・だが追いすがる少年から、
憎しみや怒りの念を感じることはない。
事実、斐山優一にそんなつもりは毛頭なかった。
単純に好奇心・・・、
今まで見たことも聞いたこともない、
人間の首を刎ねる女性型の人形・・・、
それが一体どんなカラクリなのか、
その正体を暴く、
ただそれだけの為に珍しく心を躍らせて、
彼はメリーに追いつこうとしていたのだ。
この時点で斐山優一に戦意はないが、
メリーの持つ、巨大な死神の鎌の存在が目に入らないわけでもない。
いざとなった時も既に想定済みだ。
そして、追われるメリーにしても、
このまま追跡されているわけにも行かない。
メリーは瞬時に、
今自分が飛んでいる空間360度全方位を把握、
自分が着地しようとするアパートの屋上に到着する寸前、
身を捻り、後ろの斐山優一へ迎撃態勢をとる。
追う斐山優一も、
天性の反応でメリーの意図を理解した。
既に彼のカラダは空中にあり、
逃げる事はもうできない。
だが彼は慌てることなく、
背中に隠していた伸縮式の金属製警棒に手を伸ばす。
(上空から攻撃をかけるものが有利・・・恐れる事はない。)
・・・だがそれは、
あくまでも相手が「人間」であれば、のセオリーである。
ここでメリーは自らも、
豹が獲物に襲い掛かるかのように跳躍した!
「あははっ! 来ぉい!
化け物ぉっ!!」
ここまで興奮する出来事は何年ぶりだろう?
あまり表情を面にすることのない優一の口元はゆるんでいた。
凄まじいスピードで二人は空中で交差する。
身長160センチそこらの斐山優一のパワーはたかが知れている。
だが、これまで街の間隙を縫って走ってきた勢いと、
上空からの落下、
これだけの加速を以って攻撃を行えば、
恐らく石膏を材料として作られた人形など一たまりもない。
あの、
異形の鎌の刃先にさえ気をつければ・・・!
だが、
斐山優一の視界に、
突然巨大な刃先が現われた!
それも常人なら、
切られるまで気づけないような、死角からの攻撃だ。
メリーの放つ攻撃には、
死神の鎌それ自身が持つ巨大な重量と、
そこから生み出された悲劇的な遠心力が加わり、
斐山優一の想像をも越えるパワーが付加されていたのだ!
(やばいっ!!)
バキィィッ!!
驚異的な反射神経で、
優一は警棒を死神の鎌に合わせたが、
「うぉぉぉぉぉぉッ!?」
アラベスク文様の鎌はその警棒を破壊し、
なおかつ斐山優一のカラダを地面に向かって弾き飛ばした!!
激しい勢いで落下する斐山優一・・・。
その軌跡の下には遊歩道の街路樹がある。
バサバササズザザッ、ザザッ・・・!
ドカァッ!!
「ぐっ!」
木々の枝がクッションの役目を果たし、
落下の衝撃は吸収された。
さらに、猫をも思わせる身のこなしで、
最低限の受身をとったが、
それでもかなりの激痛だ。
カラダが痺れて力が入らない・・・!
今、ここで追撃されたら・・・!?