月の天使シリス編 卒業間近に初会話
ガラッ、
「・・・ちぃ~す。」
ふざけた挨拶で、
斐山は職員室のドアを開ける。
・・・ここも同じだ、
彼が現われて、大人であるはずの教師達も一瞬静まり返る・・・。
その中で、
端の机から、メガネをかけた中年の女性教師が声をかけた。
「斐山くん・・・!
私が呼びました、こっちへ来てください・・・!」
精一杯、威厳を保とうとしているが、
その声の緊張は隠しようもない。
恐らく毎日のストレスは大変なものなのだろう・・・。
「・・・ああ、加藤さん、
じゃあ、教室へこのプリント持ってって下さい、
私は斐山君と少し話してから教室に行きます・・・。」
「あ・・・はい、わかりました・・・。」
そこには斐山と同じクラスの女生徒がいた。
加藤と呼ばれたどこにでもいる普通の生徒だ。
彼女は厚いプリントの山を抱えて教室に戻ればいいのだが、
・・・やっぱり、ここで何の事件が起きるのか、
自らの好奇心を抑えれる訳もない・・・。
何気に反対側の机で、
ゆっくりプリントの束を持ちやすい様に、
整理しているフリをする。
一方、
斐山はゆっくりと、無表情に、
担任の中年教師の前に立った。
「なんか用すか? 先生・・・。」
教師は一度、生徒の顔に視線を合わせた後、
首を小刻みに動かして話のタイミングを見計らう・・・。
「斐山君・・・!」
「・・・ハイ?」
「午後のホームルームで、
先日の東京都一斉模試の結果を発表しますけど・・・。」
「はぁ・・・。」
「これはどういうことなんですか・・・!?」
斐山の前に、業者からの成績通知が見せられる・・・。
国語、数学、理科、社会、英語・・・
全科目・・・100点満点・・・!
斐山は悪戯っぽく口を薄く開く。
「おぉおぅ、初めてっすよ、こんな点数、センセェ?」
「ふざけないで下さい!
どうしたら、あなたの成績でこんな点数が取れるって言うのです!?」
ふざけて悲しそうな表情を見せる斐山、
完全にこうなることを予測していたのだろう。
「ええ~? やだなぁ、センセェ、
生徒が信じられないんですかァ?
折角、こんないい点をあげたのにぃ?」
「・・・あなたって人は!
今までも散々、教師や大人をからかい続けて!
正直に答えなさい!
学校内でここまでの点数を出せた生徒はいませんし、
答案リストだって学校内に保管してあるわけでもありません!
どうやってカンニングしたのです!!」
「あ~あ、傷つくなぁ?
そんなはっきり決め付けちゃって・・・、
オレの親が市民運動でもやってる人種だったらどうすんのぉ?
ま、でもそんなことはしないけどさ・・・、
わかったよ、正直に言うよ、
こんなテスト全部簡単だったじゃん?
・・・ていうか、義務教育でやる範囲だろ?
学校の授業にしても、
テストにしてもレベル低くてつまんないんだよねぇ?」
教師は、
鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をしている。
生徒の発言の真意がつかめないようだ・・・。
「わかんない、センセェ?
オレが学校の授業やテストでの成績、
本気でやってるヤツだとでも思った?
アハハ、この学校のレベルなら、
八歳くらいの時でも十分ついていけたさ、
なんなら、今朝の校長の朝礼の演説を英語で諳んじてあげようか?」
教師は目を真ん丸くして斐山を見つめていた・・・。
ようやく彼の言いたいことを理解できたようだが、
その言葉を信じるには、
教師としての誇りが全力でそれを許すわけにはいかなかったのだ。
「う、うそ、仰い!
そ、そんなことが信じられるとでも!?」
「信じれないなら別にいいさ、
あ、それより、オレの高校進学の件はこれでいいだろ?
内申がギリギリでも、
これだけ点取れるなら家から一番近い向山高校には受かるはずだ、
・・・ま、高校なんかいかなくてもいい、
とは思うんだけどね・・・。」
机の角からその様子を見つめていた女生徒は、
近くの教師にたしなめられる。
「ホラ! 早く教室に戻りなさい・・・!」
「あっ、はぁ~い・・・。」
後ろ髪を引かれつつ、
大量のプリントを抱えた彼女は教室を出る。
後はもう、
斐山達の会話など聞こえるはずもないので、
教室に帰るだけなのだが、
今、自分の耳に聞こえてきたことが信じられず、
思わず独り言を言ってしまっていた・・・。
「うっそぉぉ?
斐山君があのテスト、全科目満点~?
しかも、進学先って・・・あたしと一緒ぉぉぉ!?」
どうしよう?
先に教室戻って、このスクープをみんなに発表するか、
ここにしばらく留まって、
斐山君にその事実を確認するか・・・。
・・・どっちにしても怖いことになりそう・・・。
女生徒・・・加藤恵子が迷いながら階段登ると、
いつの間にやら、
斐山が階段を小刻みに昇って追い抜かれてしまっていた。
「あ・・・っ!?」
彼女の驚く声に斐山は瞬間、反応する。
・・・別に同じクラスといえど、これまで会話した記憶などない。
既に同じクラスになった段階で、
互いの住む世界は全く別々だったからだ・・・。
気まずい・・・。
斐山も、加藤が先ほどの会話を聞いていたことは認識しているはず・・・。
あ~あぁ、どうしょ・・・?
・・・斐山が興味をなくし、再び階段を昇ろうとするのと、
彼女が口を開いたのはほとんど同時だった・・・。
「あ、あのっ・・・!
斐山君、こないだのテスト・・・満点だったの!?」
もう少し待っていれば・・・。
だって・・・
ここまで視線がぶつかって何も言わないのって・・・。
とりあえず、階段昇って追いつかないと・・・。
ようやく、ゆっくりとだが、
彼女が両手でプリント抱えたまま、斐山の少し手前まで昇ると、
彼は折角、階段を昇りなおそうとしたのを邪魔されたために、
やや不機嫌そうに眉をしかめた・・・。
「・・・おまえは・・・
同じクラスの・・・加藤だったか?
なんだ、いきなり・・・。」
「い、いきなりって・・・、
そりゃ、いきなりかもしんないけど・・・、
『加藤だったか』って、
一年も同じ教室にいてクラスメイトの名前も覚えてないの?」
「いや、たまたま記憶にはあるが、
覚える必要なんてあるのか?」
斐山のその目は、
まるで下等動物でも見るかのようなそれである。
元々斐山の顔は、女性並みに整っているので、
その視線の効果は、
同年代の中学生以上に冷たく感じられる。
「な! ないけど・・・そんな言い方って、
斐山君、いっつもそうなの!?」
「どうでもいいだろ?」
「・・・!」
駄目だ・・・、
もうこれ以上、会話する勇気も能力もない・・・。
斐山は、
加藤恵子の口が、「これ以上開かない」と判断した結果、
何事もなかったかのように階段を再び昇り始めた・・・。
とりあえず、加藤恵子にしてみれば、
この中学生活始まって以来にして、
卒業間際の最大の冒険行為だったが、
この少年・・・斐山優一との最初の会話は、
最低最悪の印象で終わった。
一見、平和にスタートしてるように見えるでしょうが、
もちろん、そんな事はありません。