第3話
なんかお読みいただいてる人が増えてきたみたいです!
「 イ ヤ ア ア ア ア ア ァ ッ ! ! 」
マリーは大声でベッドから跳ね起きた・・・。
あれれ? ・・・?
ここはどこだろう?
自分の叫び声に驚いたが、
すぐにマリーは何も考えられないまま固まってしまった。
全く見慣れない風景が、
自分の目に映っているのに気づいたからだ。
どうして私はここにいるのだろう?
自分が目を覚ましたこの部屋は、
自分のウチではない・・・。
年季が入っているが、
立派なダブルベッド・・・。
少し離れたところに大きな荷物の置いてある椅子がある。
そしてその椅子の奥には、
これまた大きな暖炉が、
眩しいくらいのオレンジの光と、
痛いくらいの強烈な熱を発していた。
周りを見回すと、
年代物の骨董品、気味の悪い装飾物、
何に使うのかよく分らない小物が、部屋のあちこちに飾られて・・・
その時である。
誰もいないと思っていた部屋の真ん中から、
突然しわがれた老婆の声が聞こえてきた。
「気がついたかい・・・?」
声の主は椅子の所からである。
歌好きのマリーは二度びっくりした。
椅子の上の荷物だと思ったのは、
ほとんど身動きしない、背中を丸めた老婆だったのだ。
老婆はこちらに背を向けたままのようだが、
とりあえずマリーは挨拶を・・・。
「・・・えと、あの、私?
お婆さんはこちらの家の方ですか?
私は何でこちらにいるのでしょう?」
老婆は動かない・・・、
本当に生きているのかな?
マリーは長い髪をとかしながら、
もう一度聞いてみた。
「私、
・・・もしかしてご迷惑を掛けました?」
老婆の答えが返ってくるまでの間、
マリーはもう一度周りを見回す。
暖炉の薪をはぜる音、
部屋の中のいろんな小物の影が、
炎に照らされて踊ってるようにも見える。
そこでようやく老婆が口を開いた・・・。
「まだ、
・・・思い出さないかねぇ・・・?」
その言葉に、
マリーは首を老婆に向け、
素直に自分がどうしてここにいるのか思い出そうとした。
・・・確か・・・、
ニコラお爺さんのところで、
みんなと一緒にお話を聞いていた・・・。
自分には手のかかる弟、
エルマーがいた・・・、
あの子と家に帰る途中・・・?
いや、
・・・家には帰らなかった・・・はずだ。
あの子が砦に行こう、と言い出して・・・。
・・・砦・・・かがり火・・・兵隊・・・男・・・宴・・・
領主・・・無理やり抱きかかえられて・・・
その後・・・
エルマー・・・エルマー・・・
「エルマーッ!?」
思い出した。
途端に記憶があふれ出す。
「あ、あ、あ、
うッ・・・なんて事・・・、
エルマーがぁ・・・うっうっう~・・・」
そうだ、弟は殺されたのだ・・・
あのヒトの皮をかぶった獣の領主に・・・。
マリーの記憶に怒りと悲しみが一気に押し寄せてきた。
泣き始めたマリーに優しい言葉を掛けながら、
老婆は質問を繰り返した。
「そうかい、つらかったねぇ、
・・・でも、もう一度聞くよ、
アンタは何でここにいるんだい?」
マリーはピタリと泣くのをやめた・・・。
先ほどから何か自分が変だ・・・。
感情の起伏が激しいというか、
思いをコントロールできないというか・・・、
しかし、今一度、
老婆の言葉を噛みしめて・・・。
おかしい、
あの後、
領主に貞操を奪われたのまでは覚えている、
あの屈辱、あの激痛、あの憎しみ、
全てがリアルだ・・・。
でもそこから先が思い出せない、
眠ってしまったのだろうか?
それとも気絶してしまったのか・・・?
「あの・・・どうしても思い出せません、
私・・・自分でここに来たのですか・・・?」
老婆はしばらく黙っていたが、
ようやく首を左右に振りながら答えた。
「いーや、
・・・しょうがないねぇ、
アンタはね、
森深くの谷坂の斜面に『落ちて』たのさ、
弟さんと一緒にね・・・。」
マリーは老婆の言葉の意味が分らなかった・・・、
だが、
老婆が初めて顔をこちらに向けたとき、
驚愕と恐怖とが、
強烈な最後の記憶と共に彼女を襲ったのである。
そこにいたのは、
ボロボロの髪を振り乱し、
顔中、カビや蜘蛛の巣で覆われた化け物・・・
ミイラのようにしわだらけにも拘らず、
黄金色に輝く眼球を顔面に浮かべた魔女・・・、
そう、
村の年寄りやニコラ爺さんにさんざん聞かされた、
あの森の魔女に違いなかった。
「フ・・・フラウ・ガウデン・・・
私はなんて所に・・・あぁ、誰か助けて!!」
「なーにを言ってんだい?
アンタだって、
もう、あたしらと似たようなもんだろう?」
またもやマリーは固まる・・・。
いや、
もう先ほどの衝撃で記憶は完全に蘇っていた。
その意味を完全に理解できていなかったに過ぎない。
だが、いまやマリーは、
この魔女の最後の一言で、
自分が今、どうなっているのか、
ゆっくり、確実に、
残酷な現実を理解し始めていた・・・。
マリーは急激に自分の体温が低下していくのが分った。
マリーは見る見る自分の肌が青ざめていくのが分った。
目覚めた時は、
服を着ていたと思ったのに・・・
本当は裸のままであることにも気づいてしまう。
マリーは瞬きもせず・・・、
いや、瞬きをする必要すらないことも分ってしまったが、
彼女はゆっくりと、
目を見開いたまま・・・顔を震わせ・・・
自分の胸を見下ろした・・・。
「あ・・・
あ・・・ あああぁぁ~・・・ 」
彼女の胸には、
剣で突かれたことによる大きな傷口がパックリと開いていたのだ。
身体の中身が見えてしまっている・・・。
そしてそこから、
乾いてしまっていたが・・・
大量の血液が、
下腹部にかけて流れていった跡も確認できた。
「私・・・死んでしまった・・・の?
・・・痛いッ! 苦しいッ!!
こんな ・・・嘘よッ!!」
先ほどまでの静けさが嘘のように見える。
髪をかきむしり半狂乱となったマリーの混乱をよそに、
フラウ・ガウデンは冷静に口を開く。
「・・・たまーにいるんだよねぇ・・・、
死んだ後も身体にしがみついている奴が・・・、
ま、時間の問題なんだけどね。」
「・・・エルマーは!?
エルマーは何処!? あの子は・・・ああっ!!」
「あたしがアンタ達を見つけたときには、
弟さんの魂はもう残ってなかったよ・・・。
アンタはまだ、魂が残っていたから、
幽鬼たちにここまで運ばせたのさ・・・。」
マリーはピタリと泣くのをやめ、
フラウ・ガウデンに向かって振り向いた。
「何故!?
死んでしまった私をどうするの?
私はこれからどうなるの!?」
フラウ・ガウデンは、
ゆっくりと椅子から離れ、
一歩、また一歩とマリーに近づく。
「さぁてねえ?
アンタの憎しみが強ければ・・・、
身体から離れたアンタの魂は・・・、
考える力を失い、
ただただ憎悪の塊の悪霊となって森をさ迷い歩くことになるだろう・・・。
ヴィルダーヤークトがまた一人増える・・・。
弟を失った悲しみ・・・
自分が殺された悲しみが強ければ、
誰かにその嘆きを聞いて欲しくて、
悲しくて悲しくて、
幽鬼となって森や、
もしかすると村までも彷徨するかもね・・・
だが、誰も、
村人も家族もアンタには気づかない・・・。」
「 ・・・イヤよ!
どちらもイヤ!!
・・・せめて安らかに死なせて!
こんなに苦しいのはイヤよッ!!」
老婆はマリーの目と鼻の先まで近づいてきた。
普通の神経では、
その醜悪な顔面には耐えられやしないだろう。
だが、既に死人同様のマリーは、
その感覚がだんだんと薄れてきているようだ。
マリーに対し、、
フラウ・ガウデンはニヤリと笑った・・・ように見える。
「そおかい、
なら・・・あたしと取引しないかい・・・?」
「・・・取、引・・・?」
「そおとも、娘、
おまえの名前は・・・?」
「わ、私は・・・マリーです・・・。」
「ふん、マリー? いい名前だ・・・、
さぁてマリー、アンタの村では、
アタシはどんな化け物ってことになってるんだい?」
え? えーと、えーと・・・
マリーはしばらく思い出すのに時間がかかったようだが、
なんとか記憶を整理して「彼女の」伝え聞くその姿を表現しようと頑張った。
「ええ・・・と、
森の魔女で・・・迷い込んだ子供を捕まえて食べてしまう・・・とか?
魔法にかかると綺麗なお姫様にも見える・・・
とか、ニコラお爺さんが言ってたと、思う。」
「あんのお節介ジジイ、
まーだ生きてんのかい!?
・・・まぁいいや、
あんまり時間がないからね・・・、
ま、あのジジイの話は当たりでもないが外れでもない。
あたしは化け物には違いないかもしれないが・・・
一応、生きている・・・。」
そうなんだ?
マリーには意外そうだったが、
既に心が麻痺してきたのか、
そのまま黙って老婆の話を聞き続けた。
「正確には一度死んだ・・・、
だがあたしは死者の王ヴォーダンの怒りに触れ、
普通に死ぬことを許されなかった・・・。
ヴォーダンはあたしを不死の体にして、
この暗い夜の森に、
永久に閉じ込めちまったのさ・・・未来永劫・・・ずっとね。
・・・いつかはこの呪いも解けるのかとも思いたいんだが、
それがいつなのか、
どうやったら解けるのかもわからない・・・、
ああ、どーでもいいね、こんな話はァ・・・。
だがね、
たとえ不死の身体でもね、
ご覧の通り腐っていくんだよ・・・。」
それは、
この状況のマリーにとっても恐ろしい話であった。
もし自分がこんな身体になったら耐えられるのだろうか、
しかも永遠に・・・。
マリーの衝撃をよそにフラウ・ガウデンの話は続く。
「そこでね、
・・・これもヴォーダンの罰なんだろうねぇ?
この今のあたしの身体は・・・、
人間の命を吸った時だけ若返れるのさ・・・、
少しだけね・・・。」
フラウ・ガウデンおばあちゃんの声は、
大げさすぎるくらい抑揚つけて脳内再生していただけると嬉しいです。