第三十四話 母親
物語中に、さらっと男の名前出しておきますね。
さり気なさすぎて、2chに書いた時、
気付かなかった方もいらっしゃったので。
ヤギ声の男は絶命した・・・。
このまま、こいつの頭に手を当てて、
サイコメトリーでこの男の過去を読みとってもいいのだが・・・。
麻衣が振り返ると、
絵美里が興味津々と男に質問をしようとしていた。
「あ、あの、あなたは?」
その答えを確かめてからでもいいや・・・。
「あ、オレ?
名乗るもんじゃないですって、
それに、お互いあんまり知らない方がいいんじゃ・・・?
警察にいろいろ聞かれたら・・・
その、なにかと面倒で・・・。」
確かにそれはこっちも同様だ・・・。
「じゃあ、あなたはどうしてここに?」
「うーんと、・・・話すと長くなるんだ。
実はこの辺に人体実験やってる奴らがいて・・・
っつっても信じられない・・・よね?
まー、こいつはそっから逃げ出してきたんだよ。
オレも良く知らねーんだけど、
何でも羊の脳の一部を移植されたんだって。」
「羊の脳を? 何で!?」
「分らない。
知り合いの話じゃ、
羊のように従順な兵士を育て上げるのが目的じゃないかって。
一度命令があれば、
周りの人間の命を奪うようにプログラムされてたらしい。
研究は未完成っていうか、
こいつはおかしくなっちまったみたいだけど・・・。」
なんて傍迷惑な研究やってんの!?
「じゃあなんで、マザーグースを?」
「マザーグース? なんすか、それ?
お菓子の名前?」
・・・彼にはそういう教養はないらしい・・・。
「あ・・・、じゃあいいです・・・。」
絵美里は苦笑しながら、自分の髪に手を入れる。
もう絵美里ちゃんまで・・・。
仕方がなく今度は麻衣が聞く。
「えと、この場所にあいつがいるって、どうやって分ったんですか?」
「ああ、何でか知らないけど、
こいつ卵が好きなんだって。
あと、金もないだろーし・・・。
それで色々張ってたら、
この辺りの小学校の鶏舎から、
ニワトリの卵が盗まれてるって聞いてね、
地図で調べたら、
被害に遭った学校の中心にこの辺りがあったのさ、
そしたら、なんか変な声が聞こえてきただろ?
ま、タイミングとしては、偶然と言えば偶然だろうなぁ・・・。」
なるほど、
そーゆー調べ方があったんだ・・・。
まぁでも卵の事は分らなかったんだから仕方ない。
それより男は外が気になるらしい、
警察が来ないかどうか随分と気にしている・・・。
「・・・あ、あのオレ悪いけど、
ホントに行くよ?
お姉さん、ほんとにだいじょぶ?
そこまで運ぶだけだったらするけど、
時間的にこれ以上は・・・ちょっと・・・。」
でかい図体して変な所で気が弱そうだ。
絵美里も麻衣も笑うしかない。
「あ、大丈夫です、
本当にありがとうございました!」
「あ・・・そう、じゃ、じゃあ、
帰り道、気をつけてね!?」
あまりにも呆気なく、男はそそくさと帰ってしまった。
体育館では、麻衣と絵美里・・・そしてヤギ声の男の死体が残されているまんまだ・・・。
そして、外では、
大男が辺りを気にしながら、
校庭から金網を越えて逃げ出そうとしていた・・・。
もう、少年の結界は張られてないらしい。
もっとも、恐らくこの男は結界の事など何も知るまい。
あくまで彼は他人に巻き込まれただけだったのだが、
自分が関わったが為に、更に被害が出た事に心を痛めて行動しただけなのだ。
これで全ては片付いた。
けれど、
失ったモノは彼にとって大きすぎた。
もはや、帰る家さえ彼にはない。
仮に家が残っていたとしても、
誰も彼に「お帰りなさい」という普通の言葉をかける者もいない。
・・・これからどうするか、
そんな事を考えて男が金網から地面へ着地した時、
彼は木陰に誰かがいる気配に気づく。
「!?」
だが、そこに襲ってきたり敵意といったような感じはない・・・。
暗い木陰から、
黒いドレスの裾と粗いメッシュのタイツが見える・・・。
通りの向こうの街灯が、
そのドレスの柄・・・薔薇の刺繍を浮かび上がらせていた・・・。
「・・・誰かいるのか?」
男が尋ねると、
木陰にいる女性は顔も見せず、
ただ、ゆっくりとした言葉を男に向かって投げかけた・・・。
「私は・・・あの子・・・達の母親です。
本当にありがとうございました・・・。」
男は少し違和感を感じたが、
あまりそんな事を追及する余裕はないようだ。
「ああ、そんな・・・、
それより、一人、足にケガしてるみたいだから、
早く行ってあげたほうがいいスよ?」
「はい、どんなにお礼を述べればいいか・・・」
「いやぁ、たいしたことじゃないですってば!
・・・あの、オレもう、
行かないといけないんで、じゃっ!」
挨拶もそこそこに、
男は再び逃げるように去って行く・・・。
・・・薔薇の刺繍のドレスを纏い、
人形の白い顔をした百合子は、
石膏の手を組んで、いつまでも去り行くその青年・・・
緒沢タケルの姿を追っていた・・・。
「ああ・・・レッスル様、
いいえ、大いなる我らが父よ・・・、
貴方様の限りない愛に感謝します。
『力』に換える事こそ叶いませんが、
この人形のカラダでも、
憎しみや悲しみ以外の心を・・・、
慈しみの心を感じることはできるのですね・・・。」
・・・さて、
体育館の中では、
まだ興奮さめやらぬ・・・といった雰囲気で、
絵美里が上機嫌でいた。
麻里とさっきの男の人の話を繰り返している・・・。
なつきちゃんといい、麻里ちゃんたちといい・・・。
”マリーったら気が多すぎっ!
さっきまであのちっちゃな男の子の方に、
ごしゅーしんだったクセに!”
”何言ってるのエミリー?
あの男の子は顔が綺麗だなーって思っただけよ、
性格は嫌味っぽいでしょう?
でも、今の人は面白そうなカンジだし・・・。”
麻衣の能力では、
絵美里達の心の会話をいちいち読み取れるわけではないが、
だいたい二人が何で揉めてるかは想像に難くない・・・。
「・・・あのー、お二人さま・・・。」
彼女たちを現実に引き戻さないと。
「なぁに? 麻衣ちゃん!」
「あの男の人には・・・、
あんまりそういうことを期待しない方がいい・・・と思うよ?」
「どうしてぇ? あ!
もしかして麻衣ちゃんもあの人のことを!?」
「ちーがーうーよー!
・・・そうじゃなくってー、
えー、なんていうかー?
あの人は初めて会ったんだけど、
・・・たぶん、あたしたちリーリトに関係がある人なんだと・・・思う。」
既に麻衣は本能で気付きかけていた。
彼が自分達にとって、如何なる存在であるかを。
「えっ? ・・・どういうこと?
リーリトって女の人だけじゃないの?」
「そう、リーリトは女性だけ・・・、
でも・・・ね。
うーん・・・ごめんなさい、
まだ自信がないの。
今度、おばあちゃんかママに聞いてみるから・・・、
今は、コイツのことを・・・!」
ようやく彼女たちはヤギ声の男を注視した・・・。
完全に死んでいるようだ。
麻衣は男の頭の後ろに正座して、
彼の顔を覗き込んでみる。
これでもさすがはリーリトの子だ。
死体一つで大騒ぎするほどやわではない。
・・・ま、いまさらか・・・。
「麻衣ちゃん、
・・・そいつの過去を読み込むの?」
「うん、さっきの人の羊の話はわかったけど・・・
それだけじゃなさそうでしょ?
あの白いトレーナーの男の子も・・・
なんか意味ありげなこと言ってたし・・・。」
「カラダのほうはだいじょぶ?」
不思議な事だったが、
さっきの大男に会って以来、
麻衣はわずかと言えど、心の力が回復していた・・・。
あと、一回ぐらい自分の能力を使用しても大丈夫そうな自信がある・・・。
「うん、なんとかやってみるよ。」
絶好調とは言いがたい。
でも成功率は高い気がする。
問題は、この男の精神がイッちゃってると、
サイコメトリーで読み取れるものが、
かなり雑然としたものになってしまうと言う事だ。
麻衣は正座して、
男のこめかみに両の手を添えて静かに目を閉じた・・・。
既に死んでいるが・・・、
男の残留思念からはいろいろなものが読み取れる・・・。
それが役に立つ情報か、
意味のない記憶かは選ぶ事も出来ないが・・・。
麻衣の意識は暗い映像で占められた・・・。
暗闇に何か見える・・・
動いてる・・・移動してる?
白い・・・ああ、羊さんたちの行進だ・・・。
どこからともなく歌が聞こえる・・・、
メ~リ~さんの羊、羊、羊♪
・・・やはりこの辺りがキーワードなのだろうか?
歌はいつの間にか、クックロビン・・・
じゃなくてコマドリの歌に変わっている・・・。
これもマザーグース?
恐らくこの男の深層心理には、
マザーグースのいろんな歌が染み付いているのだろう・・・。
連想ゲームのように、
麻衣が一つのトピックに意識を向けると、
その件に関連した情報が、
次々と麻衣の意識に流れ込んでくる。
想像でしかないが、
羊の脳を移植された時に、
「羊」というキーワードをきっかけに、
大量のマザーグースの歌を呼び起こしてしまったのだろうか?
・・・少し歌の感じが変わる・・・
この歌は?
どこか遠くで、たくさんの子供達が合唱してる・・・。
りじーぼーでんとぅっくあんあっくす
ひっとはーふぁーざー ふぉーてぃーわっくす・・・
この歌は・・・さっきあの男も歌ってた・・・。
歌ってる子供の一人は、
あのヤギ声の男の子供時代だ・・・それはわかる。
麻衣がこの歌に意識を向けたとき、
またもや連想シーンが別のものに変わった・・・。
ここは・・・
どこだろう・・・?
広い草原・・・
その中にある大きな一軒家・・・
遠くにはなだらかな山々・・・、
日差しが強い・・・真夏?
無事解決と言いましたか?
それは嘘です。
ここから先には
恐怖が。