第三十三話 決着
またまた、ぶっくまありがとうございます!
さて、舞台を現在の日本に戻してみよう。
体育館のフロアーでは、麻衣も絵美里も、
全く心当たりのない闖入者に目を白黒させていた。
百合子ママでも、スティーブでも・・・
ましてや「少年」でもない。
それこそ巨人とも見まごうばかりの長身の男・・・、
暗がりの中だが、その出で立ちは、
そこら辺のフリーターとさして変わりないのは分る・・・。
だが彼の体格は、
それこそテレビの格闘番組でもないと、
お目にかれないような逞しいそれである。
唯一、異なる点があるとすれば、
彼の体格はプロレスラーにありがちな肉の鎧を纏ったというものよりも、
寧ろ細身の、
まるで飢えた狼が人間の格好になったかのような、
無駄な贅肉をそげ落としたタイトなものと言えよう。
・・・そのせいか、
いやに手足が長く見える・・・。
その彼が「死神の鎌」を持つ姿は、
それこそ「死神」かカマキリを連想させてしまう。
・・・それより・・・
どうして、この人は「呪われた鎌」を持って平気でいられるのだろう?
確かに、一般人なら滅多に見るはずがない巨大な凶器を珍しそうに扱ってはいるが、
それ以上の危なげな反応は全く見せない。
絵美里は四つん這いのまま、
背中を見せる巨躯の男に話しかける。
「あ・・・あの、あなたは?」
男はそれに反応したが、
今は目の前の変質者が先だと判断したのか、
前方へと歩を進めた。
もう絵美里や麻衣に、これ以上立ち入る隙はない。
一方、ヤギ声の男の右手首はスッパリとなくなっていた・・・。
その辺に鉤状の突起物を生やしたまま転がっている。
自分の目的を完全に邪魔された男は、
ようやく我に返り半狂乱になって目前の大男に飛び掛った。
「ンェアアアアッ!!」
だが、大男は動じない・・・。
片手で鎌を携えたまま、
もう一つの手で、残るヤギ声の男の左手をガッシリと掴むと、
高い身長を生かし、そのまま力を込めてねじ伏せようとする。
・・・圧倒的なパワーだ・・・!
それを見ていた麻衣の身体にも、
不可思議な現象が起きていた・・・。
彼の姿を見ているうちに、背中がぞくぞくと・・・、
恐怖ではなく、
熱い興奮のような何かがカラダの端々から湧き上がってくるのだ・・・。
この人は誰!?
・・・あたしの、あたしのカラダの中の血が騒ぐ!?
ヤギ声の男は、
甲高い叫び声を発して暴れ続けるがもう勝負にならない。
腕を完全に押さえられて、
見る見るうちにカラダが折れていく・・・!
そして大男も力を緩める気配はない。
麻衣たちには、
ヤギ声の男の骨のきしむ音が今にも聞こえてきそうだ。
大男はうなり声を上げる・・・。
「・・・っら~ぁぁぁあああああああ~ッ!!」
バキッ!!
鈍い嫌な音と共に、
変態ヤギ男の左腕は完全に粉砕された!
彼の悲鳴が最大限の音量で体育館全体に響き渡る。
もはやコイツには、逃げる事しか選択肢は残されていないはずだが、
グルグルのネットで思うようにカラダをコントロールできない。
・・・大男は最後に、
死刑宣告でもするかのように静かに語りかけた。
「・・・おめーの境遇には同情するがよ・・・、
無関係の人を殺しすぎたよな・・・?」
彼は「死神の鎌」を振りかぶる・・・。
そして次の瞬間、
目にも留まらぬ速さと勢いで、
ヤギ声の男に向かって繰り出された!!
ンエエエエエエエエエエッ!!
袈裟切りと言っていいのか・・・
いや、切ってない、叩き割るって言った方がいい?
左の肩口から、鎖骨と胸骨を全て粉砕して内臓をも破壊する・・・!
鎌の形状や特性を完全に無視した使い方だ・・・。
ヤギ声の男はまさしく、
断末魔の悲鳴をあげて体育館の床に沈みこんだ・・・。
大男は何か思うところがあったのだろうか、
独り言のように呟いたその言葉には、
悲しそうな、そしてとても辛そうな響きが感じられた。
「お前が殺した人たちにもな、
家族や大事な人たちがいたんだよ・・・。」
一瞬だったが、
麻衣の心にこの人の感情が流れ込んできたような気がした。
胸が締め付けられるような・・・苦しい何かが・・・、
そう、ほんの一瞬・・・。
麻衣はふと、動かなくなったヤギ声の男の姿を確認すると、
自分と同じように固まって這いつくばっていた絵美里に顔を向ける。
・・・終わった・・・?
助かった・・・の?
麻衣は力なく、立ち上がった。
うう、フラフラする・・・。
よれよれと歩きながらも、
顔だけ反応を見せている絵美里のそばに寄ると、
ガシっと彼女のカラダを抱きかかえた・・・。
絵美里ちゃん・・・、
麻里ちゃん・・・!
終わったんだよ!?
・・・絵美里も半身だけ何とか体を起こし、麻衣のカラダに手を回す・・・。
あたしたち・・・みんな、無事?
助かっちゃったの?
二人の状態は疲労困憊だったが、
緊張が全て解け、別に笑うつもりもないのだが、
勝手に顔がほころび始めた。
これでようやく家に帰れるんだから無理もない。
そこで大男は振り返って、鎌をそのまま床に突き刺した。
彼女たちを心配して、
まだ立ち上がれない絵美里に手を差し伸べる・・・。
「あ・・・あの、
大丈夫・・・っすか?」
・・・さっきまでの緊張感からは、
とても考えられない程のギャップがある、ふっつーのセリフだ。
ちょっと呆気にとられた絵美里だったが、
勿論その手を拒絶する理由などない。
「は、はい、だいじょーぶ・・・です、
・・・アイタタタ!」
そういえば、足を切られたんだ・・・。
大男はどうしていいかわからず、
オロオロする・・・。
え・・・と、
保健室に運べばいいのかっ・・・?
彼は、
まるで空気のようにヒョイと絵美里を抱きかかえると、(きゃ♪)
麻衣を見下ろして、気弱そうに尋ねる。
「え、あー、君、妹さん?
この学校のコ?
保健室はどこ?
あ、救急車の方がいいの?」
思わず噴出す麻衣。
「絵美里ちゃん、だいじょぶ?
(男に向かって)ごめんなさい、
ここであとちょっと調べないといけない事が・・・」
「そ、そうかい?
なるべくなら離れた方がいいと思うけど・・・。」
男はゆっくり絵美里を下ろした。
絵美里は絵美里で、
初めて安心して抱かれた逞しい胸にドキドキしている・・・。
もちろん麻里もだ。
いちど麻衣は、倒れている変態男を振り返った・・・
まだ息がある?
すでに虫の息だったが、
麻衣は恐る恐る変態男のほうに近づいてみた・・・。
「おい、おい、お嬢ちゃん・・・?」
慌てて大男が声をかけるが、もう心配は要らない。
変態男の息は途絶え途絶えだ・・・。
目は見開いているが、
麻衣の姿はもう映ってないかもしれない・・・。
「何か・・・しゃべってる・・・?」
それは、ほんの・・・蚊の泣くような小さな声だったが、
男は最後の歌を歌った・・・、
不気味な・・・予言めいた歌を・・・。
「・・・ロンドン橋落ちる・・・
落ちた・・・落ちる
ロンドン橋落ちるよ・・・僕の
メリー さ ん」
同時刻・・・イギリス・・・
そこでは未曾有の大惨事が起きていた・・・。
何者かによる連続大爆破テロにより、
列車、道路は寸断され、首都機能はマヒ・・・
数時間後の緊急ニュースでは、
数千人を越す死者が出たと報道される・・・。
だが、そしてこれ以降、
イギリスのみならず、
世界各地でテロ、内戦が頻発し始めるのである。
いや・・・、これも重大事件ではあるが、
この物語とは、直接関わりのないお話・・・。
ヤギ声の男が最後に歌ったのは、
ただの偶然だったのかも・・・しれない・・・。
次回、「彼」退場。
名無しのままも何なので、最後にフルネーム出します。
そして・・・