表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/676

第三十一話 老人

ぶくま、ありがとんです!


さて、話は佳境ではあるけども、

ここで時間を一年ほど過去に遡ってみたい・・・。

場所はフランスの貧民街・・・。

夢を持ってフランスに移民したはいいけれど、

外国人に対する差別はこの国も例外ではなく、

とくにアフリカ出身者、

イスラム教徒はなかなか職にもつけずに、

吹き溜まりのようなこの町で、その日限りの暮らしをしている者が殆どだ。

若者は犯罪や暴力を繰り返し、

五体満足でないものや年寄りは、

人目を避けるようにゴミ拾いをしたり、

レストランの勝手口から残飯を漁る・・・。

どこの国でも大差はない。


ここにも一人・・・。

空は厚い雲に覆われたグレーの町並み・・・。

わずかなチーズと、

瓶底に残ったワインを手に入れた高齢の浮浪者は、

道端のベンチで横になり、

ある意味、幸せそうに口を動かしていた。

服はボロボロだが、

何枚も重ねてあまり寒そうには見えない。

ベンチの下には愛用の杖が転がっている・・・。

 


もともとこの辺りでまともな商売している者などほとんどなく、

低所得者や無職の者が、

安アパートに住んでいたり、

勝手に住み着いていたり・・・。

故に人通りなんて滅多にあるものではない。

・・・歩いていたとしてもろくなヤツではない。


ちょうど、ベンチで横になっていた片目の浮浪者は、

ワインの瓶を逆さまにして、

口の中に滴り落ちる最後のワインを愉しんでいた。

すると彼は、

通りの向こうから静かにやってくる、

この街にはそぐわない格好の少年に気づいた・・・。

年のころは15、6・・・。

性別に関係なく着れるような、

ダークグレーのロングカーデを、

白いシャツの上に羽織った小奇麗な少年。

よく見れば男性だと判断できるが、

小柄な体格と端正な風貌は、

女性と見間違っても不思議はない。

・・・ここにくるまでよく無事でいられたものだ・・・

いろんな意味で。

少年は首を傾けることもなく、

真っ直ぐと老人の横たわっているベンチに近づく・・・、無表情のまま。


すでに老人の顔と視線は、

近づいてくる少年に固定されていた。

ピクリとも動かない・・・。

そして少年が老人の眼前で足を止める頃には、

老人はその眼球だけを移動させ、

少年をじっと見据えていたのである。


先に口を開いたのは老人だ・・・。

 「フン・・・お早い『お目覚め』じゃの・・・、

 もっとそのカラダでゆっくり眠っておればいいものを・・・。」

 


 

そこで初めて少年は涼しく笑った。

 「・・・できればそうしていたかったんだけどね、

 ここのところ、君の周辺がにわかに慌ただしくなってるみたいだし、

 それに・・・

 ようやく『誰が彼の新しい肉体なのか』判別がついたところさ・・・。」


少年の意味深なセリフにも老人は動ぜず、

掲げたワインの瓶を振って、

未練がましくワインを味わおうとする。

・・・もう落ちてこない。

ついに残念そうに諦めた老人は、

瓶を地面に置き、半身を起こしベンチの上に普通に座った。

 「そうかね?

 それでお前さんは、その人間のカラダを使って何かするつもりなのかね?」

 「いいや、僕の使命は『地上の魔』を監視することだけ・・・、

 君や人間達が古の契約を犯さない限り、

 地上の人間達の間に溶け込んでるつもりさ。」

 「フン・・・!

 まさしく天地ほどの開きのある者達が結んだ一方的な契約か・・・、

 モノは言いようじゃの・・・?」

 

 

 「それも君が望んだことだろう?

 いや、君というより、

 君の本体すなわち『彼』がさ・・・、

 それに僕たちから見れば、君や人間達の方が余程脅威さ・・・。

 本来、一万年以上前に絶滅するはずだった人間が、

 なぜ、これほど繁栄しているのか?

 大地の奥底に幽閉したはずの彼が、

 分身とは言え何故地上に出現できるのか?

 ・・・手玉に取られているのは、

 実は僕たちじゃないのかい?」


老人はニヤリと笑う。

 「・・・天使と言うものは、

 しばらく見ない間に随分殊勝になったもんじゃのう?

 それとも人間のカラダに潜んでおるうちに、

 考えが変わっていくものかな?

 なぁーに、お前さんがたの天空での権勢は揺ぎ無いものじゃよ、

 わしの本体が何を考えてるが知らんが・・・、

 もう少し人間のカラダを楽しむといい。」

 「あいにく僕は、君や人間達を過小評価も過大評価もするつもりはない。

 人間に何が出来るのか、

 出来ないものはなんなのか、

 それを見極めるのも僕の仕事でね・・・。」


すると老人は高らかに笑い出した。

 「ハーハッハッハッハ!

 だからこそ、

 その人間のカラダを愉しめとゆーておるんじゃ、

 お前さん、たかだか15、6年で、

 人間の何たるかを理解したと言うのかね?」

老人は指を曲げて少年の顔を突っつくふりをする。


少年が答えないうちに、

老人は更に言葉を続ける・・・。

 「お前さん、今までそのカラダで、

 天使の精神を眠らせていたんじゃろう?

 それでも人間としての人格は、

 少なからず天使の影響を受けたはずじゃ、

 違うかね?」

 「・・・確かにね。

 おかげで中学まではまともな人間関係を作れなかった。

 ま、作る必要もなかったけどね・・・。」

 「だから『目覚めが早い』とゆーたんじゃ、

 それにお前さんの使命は『魔を監視する』・・・?

 イヤイヤ、そうではあるまい、

 それだけなら天空の彼方からでも、

 十分地上を監視できるじゃろう、ンン!?

 おまえさん達が一番恐れているのは、

 ワシやヴォーダンではあるまい・・・!

 お前さんたちに最も理解できないもの・・・『心』じゃろう!!

 かつて人間がエデンと呼ぶ場所において、

 ヴォーダンが人間に与えたもの・・・『心』、

 故にお前さんたちは、

 人間がどのように進化するのか、

 全く予想することが出来なくなった、

 ならば、『心』すなわち『魔』を手に入れた人間達を滅ぼしてしまえと!

 ところが・・・

 それすらも叶わぬ・・・となれば・・・!」


 「フン、さすが神々をも欺く魔王の分身だね・・・、

 確かに『彼』や人間を滅ぼすのは今でも容易い・・・

 だが我らにはそれが出来ない・・・。」

 「・・・言っとくが、その件ならわしゃ知らんよ、

 ヴォーダン本人がお前さんたちの秘密を握っておるからの、

 ま、『心』を理解するために、

 人間に転生するのは賢明じゃとわしも思うぞ、

 だが、お前さんはまだ人生の愉しみを何も知らん・・・!

 家族のぬくもりは?

 苦楽を共にする親友はおるのか?

 人を愛したことなどあるまい?

 子供を持つことは!?

 ・・・それらをせず、

 人間のカラダを借りた所で何の意味もない・・・!」


少年は、

老人の言葉を真剣に受け止めていた・・・。

老人の指摘は一々的を得ており、

少年の今までの人生に思い当たる節が多すぎたのである。

・・・だがその言葉を素直に受け入れるわけにもいかない。

なにしろ、この男レッスルの本体は、

過去から現在にまで神々を騙し続ける、

彼らにとって史上最大の詐欺師なのだから。

近い将来、ヴォーダンや人間が、

神々の最大の脅威にならないと言う保障はどこにもない。

だからこそ、人間の本当の姿を理解するために、

少年は人間のカラダに送り込まれたのである。

 



というわけで今回は舞台設定大公開です。

神話に詳しい方は、

どの辺りをベースにしているかお分かりかとは思います。

死者の王ヴォーダンは、あくまで中部ヨーロッパで知られた名前。

他の地域ではまた別の名で語り継がれてきたということです。


老人と少年の語りは明日まで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRoid版メリーさん幻夢バージョン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ