第二十五話 少年の能力
さて、こちらの状況はどうなっているだろうか?
興奮している事には変わりはないが、
確かに場の雰囲気は一変したようだ。
麻里は、自分の目的が達成できて満足げである。
・・・フフン?
それに引き換え麻衣は、
まるで苦いものでも口に入れてしまったかのように、
口を曲げ、早く自分の記憶から、
今のやり取りを消去したい様子だ。
・・・今も「うぇぇぇぇぇ」って小さい悲鳴を漏らしてる。
もっとも、
今はそんな余裕はないんだってば、
すぐに次の行動に移らないと・・・。
口火を切ったのは、
今まで麻里の意識下に隠れていた絵美里だ。
先ほどの失態による落ち込みからようやく立ち直り、
今、自ら苦難を克服しようと決意したのだ。
”・・・マリー! あたしにいかせて! ”
”エミリー・・・、だいじょうぶ?
ムリをしなくても・・・、
最悪、私の中で眠っていてくれたら・・・。”
”いいえ、お願い!
・・・これは、生まれ変わったあたしの試練なの!!”
そうまで言い切る絵美里の気持ちも分る・・・。
麻里は優しく彼女を見守るべく、
カラダの主導権を絵美里に預けた・・・。
チェーンジ!!
麻衣には、彼女たちの意識交代の様子は、
完全に理解できている。
「だいじょぶ、絵美里チャン?」
「ごめんね麻衣ちゃん、
次に会ったらちょん切ってやるつもりで・・・やるんだから!」
「あ・・・ああ、う、うん、
そ、その意気・・・だよ、ね、
そ、それで、絵美里ちゃん、これからなんだけど・・・。」
「うん?」
「別にアイツを殺すのが目的じゃないわけだし、
やんなきゃいけないのは捕まえる事でしょ?
縄かロープを手に入れたいの。」
「そおねぇ? どっかにあるの?」
「体育館の用具室・・・に、たぶんあると思う。
ここから正面玄関の先が体育館、そこに・・・!」
「おっけー!
じゃあ、麻衣ちゃん、急いで行きましょお!」
そうと決まれば話は早い。
二人は慎重に保健室の扉を開き、
・・・廊下を右に曲がり、
正面玄関の下駄箱付近を通過しようとする・・・。
その時、絵美里は、
隣の麻衣の様子がおかしい事に気づいた。
立ち止まって横を振り向く絵美里・・・。
「麻衣ちゃん・・・?」
麻衣もその言葉に一瞬、反応するが・・・すぐに落ち着きなく首をキョロキョロ動かしはじめる。
絵美里には、
麻衣が何を気にしているのか、とんと見当もつかない。
「ねぇ・・・、麻衣ちゃん!?」
そこでようやく、
何かを言いたげに麻衣は絵美里を凝視した・・・。
何度か口をパクパクさせていたが、
麻衣は落ち着いたのか、
どうにかその口から声がこぼれ出てきた・・・。
「あ・・・あのね、ここ正面玄関なの・・・よ。」
「・・・うん、そうみたいね?
あたしたちもここから入ってきたわ。」
絵美里はまだ事態が飲み込めない。
だが、次の麻衣の一言で、
いま、自分たちがどんな状況下にあるか、
絵美里は完全に理解する事が出来た・・・。
「じゃ、じゃあさ、絵美里ちゃん、
この玄関から外に出れる!?」
「え・・・っ?
そんな、そこのガラス扉を・・・えっ・・・ない!?」
おかしい。
ここは玄関だ・・・間違いなく・・・。
だが、外へ通じる扉が一つとして周りに存在していないのだ。
「どっ、どういうこと!?
あたし達はさっき、確かにここから!? 道、間違えた!?」
「間違えてなんかないよ!?
ここは玄関だもん!
でも何故か学校の中身があたしの知ってる学校じゃなくなってしまったみたいな・・・!」
麻衣は言いかけて、一度、口をつぐんでしまった。
「麻衣ちゃん・・・?」
「絵美里ちゃん、
・・・さっきあの二階で会った男の人の話を覚えてる・・・?
こんな風に言ってなかった?
『この部屋はあの男に認識できちゃいない』って・・・。」
「あ、うん、聞こえてたよ?
それって・・・?」
・・・麻衣はしばらく黙っていた・・・。
自分の考えが、
あまりにも想像しがたい現実なので、
言葉にする自信がなかったのだ。
だが、どう考えても結論は一つしかない・・・。
閉じ込められている・・・。
それも物理的に鍵を閉められたとか、
出口を塞がれたとか、
そんなレベルではない。
外への出口自体が完全に消失しているのだ。
「あいつ・・・、
あたしたちに出口を認識できないようにさせてしまったの?」
「ええ!?
それって結界みたいなもの?
麻衣ちゃんでも見破る事が出来ないの?」
麻衣は、
透視能力を駆使しようと試みたがすぐに諦めた。
これまでの経験から、
あの男の能力を打ち破るのは不可能に近いであろうし、
透視を行う間は、ほとんど無防備になる。
この場所は危険が大きすぎるのだ。
「・・・きっとあいつの能力は、結界と言うよりも、
他人の知覚機能を、完全に支配する能力なのかもしれない・・・。
でも、電話とかも制御できるところを見るとそれだけじゃないみたいだし・・・。
今は、あの素っ裸のヤツをどうにかしないと、
きっと外には出られないと思う・・・。
あああ、くっやしいっ!!」
麻衣はイラつきを抑えられない。
・・・だが、この麻衣の感情は、
何も彼女のパーソナリティによるものだけではない・・・。
彼女自身、まだ気づいていないが、
それはリーリトとしての本能から来る怒りなのだ。
リーリトの本能は、
あの少年を、
憎むべき「敵」として認識していた・・・。
「つまり麻衣ちゃん、
あの男の子は、
・・・さっきの露出変態男とケリをつけないと、
あたしたちをここから出させないつもり、
・・・ってことなの?」
「そう・・・いうことなんだと思う・・・。」
しばらく二人はお互いの顔を見合わせていた。
麻衣は元より、
絵美里にも事の理不尽さが理解でき始めていた。
自分と麻里は最初から、
変態と一戦交える覚悟はあったが、
あくまで自分たちの意志でだ。
どこの誰とも知らない他人にお膳立てされていたとなると話が違う。
・・・しかし今更、自分たちのとるべき行動を変更するわけにもいかない。
二人はどちらが先に・・・
というわけでもなく諦めて体育館に向かう・・・。
麻衣はこの時、
心の中で半分本気でこう思っていた。
もし、あたしたちが殺されたら、
ママ・・・、
あの男の子をターゲットにしてね?
舞台はいよいよ最終決戦の場へ!