第3章 レディ メリーと黒い森 第1話
ついに3番目の物語です。
・・・いまさらなんですけど、「レディ メリー」って元は「Lady メリー」で名前作ってたんですけど、
英語と日本語同時表記は違和感あって・・・
それで日本語表記に統一したんですけど・・・
検索したらホストクラブの名前やらなんやらに使われてて・・・うああああああっ!!
さらにちなみに「Lady メリー」は、私の大好きなブルーアイドソウルシンガー「Lady T」から
つけられています(R.I.P)。
・・・約、150人ほどの集団であろうか?
腰に剣を佩き、
弓矢を携え、
兜や胸当てに身を包んだ一団が、大きな湖の岸辺に集まっていた。
戦でもあるのだろう、
彼らは20人ずつ程に分かれ、
岸に停めてある幾艘かの船に乗り込もうとしている。
その内の一際大きな船には、
羽飾りの兜をかぶり、ビロードのマントを纏った男が、
大勢の部下達に指示を与え、
そして湖の遠く・・・
山あいに見える大きな川の、
遥かその先に目を凝らしていた。
「何だぁ、ありゃぁ?」
その光景を、
少し離れた所で見ていた地元の農民がつぶやいた。
その農民は、武装された兵士達を見ていただけなのだが、
岸に停めてある大きな船に、
水面から何かが近づいてゆくのを目撃した。
魚・・・?
だとしたら、でかいよな?
とも考えたが、
そのうち水面の波紋も見えなくなると、
農民は興味も失ってしまい、
いつもの仕事に戻るべくその場を後にした。
しばらくして船団は出航した。
この地域の領主と思われるマントの男は、
船団の先頭に位置する大きな船の船べりで、
今度の戦の作戦を練っている。
・・・さて、
彼の船が湖の中ほどにきた時、
一羽の大きなワタリガラスが、
領主がいる営倉の屋根にバササと留った。
ワタリガラスは、
小刻みに首をかしげながら、
領主に興味を持ってるようにも見える。
ガァァァ・・・
「ほう、珍しいな、
こんな人間の近くに・・・」
マントの領主は、
ワタリガラスを刺激しないように、
船べりに手をついてその鳥を観察しようと試みる。
だがその時、男は自分の耳を疑った。
何故なら、
そのワタリガラスの嘴から、
突然、人間の女性の声が聞こえてきたからである。
「 わたしはマリー・・・
今 おまえの船の下にいる・・・ 」
水しぶきをあげて水面から一体の人形が現れた!
「う お お お ぉ っ ! ? 」
その人形は、
後ろから領主の腕をガッチリとはさみ、
あっという間に男を水中に引きずり込んだのだ。
兵士達はその一瞬の出来事に、
何が起きたか、殆どの者が理解すらできない。
忠実な部下が湖に潜り、
領主を助けようと準備を始めるが、
あれだけの装備をしたままで、恐らくそれは叶うまい・・・。
そのうち、
もつれあった二体の身体は、
既に陽の光も薄い、
冷たく暗い湖の底に達しようとしていた・・・。
・・・この出来事が起きる、
すこし前まで時間を戻してみよう。
ここはヨーロッパ中部の、ある小さな谷あい。
周りは万年雪の見える山々に囲まれ、
一方には、暗く深い森があり、
湖の周りには小さな草原もある。
人々は主に、
放牧や狩猟、また小さな畑でわずかながら作物を収穫していた。
人口はけして多くもなく、
産業も豊かとは言えないが、
あまり交易にも頼らず、ある程度は村で自給できるぐらいの共同体が成立していた。
この地方の領主は、
この辺りを含むいくつかの村々の支配者でもあったが、
近隣の諸侯との小競り合いがしばしば起こるため、
今回この村に一度駐留し、
山向こうの敵対する諸侯との戦への準備を進めていた。
これは、そんな時に起きた物語である。
「ウオッホン! ・・・よいか、
夜の森にはな、
恐ろしい悪霊が徘徊しておる・・・。
特に冬の夜には絶対に森へ出てはならん、
・・・それはおまえ達が子供だからではない、
例え大人になっても、それは同じじゃ・・・。
特に陽の一番短い冬の日は、
奴らが最も活発になる時じゃ。
森のヴィルダーヤークト(荒々しい悪霊)、
ナハトイェーガー(夜の狩人)共が、
凄まじい風と共に行軍する。
夜は彼らの物じゃ・・・、
生ある者がそこを侵してはならぬ。
もしそれを破れば、
いかなる者も、奴らに捕まり、
死者の王ヴォーダンの元に引きずられていくだろう。
・・・そして二度とこの世に戻ってくることはない・・・。」
・・・小屋の外は既に強い風が吹いている。
陽はまだ落ちきってはいなかったが、
短い冬の日差しは、
間もなく到来する暗黒の夜が、
すぐそこまでやって来ていることを小屋にいる者達に告げていた。
「ねぇ!
ニコラ爺さんは夜の森に出かけたことがあるの!?」
好奇心の強いチビのエルマーは、
相手が誰だろうと物怖じしない。
「わしかね?
あるともさ!
わしがおまえらのような子供の時じゃ、
親父の言いつけを守らず夜の森に出てしまってな、
森の真ん中まで来たときに、
大勢の兵隊達が森の中をさ迷い歩くのを見た。
骸骨どもの行軍をな・・・。
鎧の音か、骨の音か、
ガチャガチャと不気味な音を鳴らして歩いとった・・・。
そして、その後ろには、
森の魔女・・・
フラウ・ガウデンが、
首のない馬車に乗って通り過ぎおった・・・。」
ニコラ爺さんはいろんな事を知っている。
爺さんはあちこちを旅してきた人だ。
いつの間にか村から消え、
何年かしてからまたひょっこり帰ってくる。
身寄りはない。
・・・ただの乞食といってしまえばそれまでなのだけど。
しかし、
この爺さんは村のみんなに大事にされている。
いつだったか、
西の村で疫病が流行った時、
たまたま旅から帰ってきた爺さんが、
いち早くみんなに知らせて、
西側からの商人や旅行者の出入りを完全にストップさせた。
その結果、この村は事なきを得た、なんて事もあるからだ。
「・・・フラウ・ガウデンはの、
二頭の馬が牽く馬車に乗っておった。
彼女は、
見る者によっては美しいお姫様に見えるというが、
わしが見たのは、
蜘蛛の巣や醜いかさぶたに覆われた、
ボロボロの老婆じゃ。
わしは大きな樹木の後ろに隠れていたんじゃが、
しばらくの間、怖くて一歩も動けんかったわ・・・。」
風の音はますますひどくなっていた・・・。
子供たちには、
大きな獣の中にでも閉じ込められたようにすら感じているだろう。
年寄りのこういった語りは、
子供たちにとっては欠くことのできない娯楽だ。
また、これらの森の伝承は、
彼らにとっては全て現実の出来事であり、
人として生活していくためには必須の知識であるとも言える。
「さぁーて、そろそろ陽も落ちてきたぞ。
続きはまた明日じゃ・・・、
フィーリップ、親父さんによろしくな、
トーマス、夜更かしするんじゃあないぞ。
ハンス、お母さんに『煮込み、うまかった』と伝えてくれ!
マリー、エルマー、
帰り道は気をつけるんじゃぞ?
領主様がいらしておるそうじゃ、
みんなも砦の方には近づくな、
戦があるかもしれんのでな。
さ、みんな、おやすみ!」
「姉ちゃん、砦の方・・・
ちょっと帰りに覗いて見ようよ!」
チビのエルマーは、
時々無謀な発言をして周りの者を困らせる。
歌好きのマリーはいいお年頃で、
村の独り者や少年達から憧れの目で見られているのだが、
弟の世話や家事が忙しく、
本人にはなかなかその自覚がない。
「あんた、また馬鹿なことを言わないで!
もうじき夜になるわ、
ニコラお爺さんに言われたばかりでしょ!?」
「どうせ、
帰り道から少し外れるだけじゃん!
見るだけ、見るだけ!
すぐ帰るよぉ!」
「・・・もぅ~、しょうがないわねぇ~。」
普段から弟の世話を焼いている歌好きのマリーは、
しっかり者ではあったのだが、
実際、砦は彼らの家から遠くもなく、
マリー本人も兵隊達に興味があったので、
「すぐに帰るわよ。」
という条件付きで覗いて見ることにした。
う~ら~ら~ら~♪
ねぇ、あなた、行かないで~
こんなに貴方が好きなのに
こんなに貴方を愛してるの
う~ら~ら~ら~♪
ねぇ、あなた、私の元から去らないで~
貴方にさよならを言われたら、
私は悲しくて死んでしまうことでしょう・・・
「・・・ちょっとぉ、ゆっくり行きなさいよぉ!」
「急いでって言ったの姉ちゃんじゃん。」
最初は歌を歌いながら歩いていたマリーだったが、
すばしこいチビのエルマーについてくのは一苦労のようだ。
歌ってる余裕がなくなって機嫌が悪い。
砦は、斜面の深い谷の、
小高い場所に位置しており、
その向こうには広大な森が広がっている。
普段は見張り程度の人数しかいないのだが、
今回は領主の出陣ともあり、大勢の兵隊が既に集結していた。
「うわ~、かっこいいぃ~・・・」
陽はまだ沈んでいないものの、
既に山あいに隠れてしまい、
兵士達はかがり火を焚く。
武具の手入れをする者、
馬の世話をする者、
食事の準備をする者などがせわしなく動いている。
二人の姉弟は、
寒くないようにくっつきながら、
物陰に隠れて兵士達の動きをみていた。
さて、この二人は、
あまり戦争や戦というものを知らない。
戦いの前の兵隊達が、
どれほど気が荒くなっているか、
また、この時代の権力者達が、
しばしば、山賊と、
大差がないほどモラルの低い者達がいたということを。
「何だ、おまえ達は・・・?」
不意に背後から威圧的な声がする。
びっくりして二人が振り向くと、
そこには羽飾りの兜をかぶり、
ビロードのマントを纏った男が立っていた・・・。
う~ら~ら~ら~
は、あえて純朴そうな歌にしています。
もっと素敵な歌詞にしたいところではありますが。
ええ、Lady Tこと Teena Marie の大ヒットソングです。
あ、一応、Teena Marieの名前が、
今回のお話の歌好きのマリーの由来となったわけではありません。
それに関しては全くの無関係でたまたまです。