第十七話 歌
この扉の向こうにヤツがいる!
だが、
外側から鍵をかけてどうするつもりなのだろう?
絵美里は扉の隙間に定規を差し込むが、
途中で何かに引っかかる。
・・・ダメだ、断ち切れない!
スティーブも心配だが、どうにかここから出なければ・・・!
絵美里はもう一度辺りを確認する・・・。
窓から出よう・・・!
窓は内側から鍵が掛かってるだけ、
すぐに外せる!
絵美里は慎重に窓ガラスを開けた・・・。
身を乗り出すと、眼下に狭いが足場もある。
ヤツは扉を開けて襲ってこないだろうか?
先回りして、隣の教室に待ち構えていたりしないだろうか?
・・・こういうとき、
絵美里・麻里のコンビは便利だ。
一人が一つの作業に集中してる間、
もう一人は別のことに気を配れるからだ。
絵美里が足元と隣の教室へと、
そして麻里が、後ろの放送室からあいつがやって来ないか注意、
・・・完全に分業する事ができるのだ。
「・・・うんしょ、うんしょ・・・!」
絵美里は片手を壁にくっつけ、
不恰好な仕草で隣に向かう。
万一、落ちても二階なら、捻挫ぐらいで・・・
それとも、骨折くらいは覚悟するか?
”冗談はやめて”と麻里がわめく。
足が使えなくなったら勝ち目は全くない。
だが、どうにかそのまま隣の教室まではたどり着けた。
・・・問題は・・・やはり鍵が掛かっている。
どうする?
足場にうまく手をひっかけて、
そのまま校庭に落ちれば、恐らく大したケガはすまい、
それとも、このまま窓を破壊して・・・!
”エミリー! やるわよ!!”
”・・・マリーならそう言うと思ったよ・・・。”
絵美里は直角定規を振りかぶる・・・!
ガシャァァン!!
二人ともレディ メリー の頃のノリを思い出している。
もちろん、スピード・体力・感覚機能・関節の動きなどは、
どうやっても再現などできやしない。
「あの頃だったらどう行動してたかな?」
という記憶を頼りに動いているのだ。
普通の女性なら、せいぜい腕の力だけで定規を振り回すだけだったろうが、
二人は年季の入った元暗殺者である。
足元から腰の動きまで力を乗せて、それこそ動きだけは達人並みの一振りを実現させて見せたのだ。
ただ次に何をすべきかという行動の選択は、
やはり二人それぞれの性格がにじみ出る。
・・・いや、レディ メリーのころも、
意識せずとも二人の性格は反映されていたのだ。
一見おしとやかだが、実は強気のマリー、
直情的だが自由な発想をするエミリー・・・、
もっとも、絵美里はまだ子供・・・、
それがこの後の猟奇的な恐怖に対応できるかどうか・・・。
・・・教室の中はやはり暗い。
砕き割ったガラスの音は当然ヤツにも聞こえているはず。
だが、廊下への扉が開く事はない・・・。
まさかすでに潜んでたりはしないよね?
”ねぇ、マリー、やっぱり一度下に降りようよ?”
教室の静けさが麻里を冷静にさせた。
”・・・そうね、
このまま廊下に出たら、狙い撃ちよねぇ?”
”それにすぐに上がっていけば、
アイツの裏もかけるよ、きっと!”
そうと決めたら決断は早い。
絵美里はまたすぐ窓の外に出て、
一度、定規を口に咥えて、足場にぶらさがる。
ここから落ちれば安全・・・えいっ!!
どざぁッ!!
「あ、いたたぁ!!」
足とお尻に熱い痛みが走る・・・
でも大丈夫・・・歩ける・・・いたた・・・。
一応、カラダは無事のようだ、
すぐに、入ってきた正門の、下駄箱入り口から再び二階を目指す。
階段はここにもある。
慎重に階段を昇り、
先ほどスティーブと離れ離れになった廊下を・・・。
ヤツはどこだ!?
廊下?
それとも絵美里達が一度、足を踏み入れた教室に?
それとも・・・?
・・・廊下には、
懐中電灯が無造作に転がっているだけだった・・・
一筋の光を発したまま・・・。
ヤギ声の男はおろか、スティーブすらいない・・・!
いったいどうしてしまったのだ?
絵美里は慎重に歩を進める。
一歩、
歩いては立ち止まり、前後左右を確認する。
また一歩・・・。
放送室は、もう入る気にはならない。
絵美里はゆっくり足元の懐中電灯を拾う・・・。
”マリー、どうしよう・・・?”
”私もどうしよう? さっきの教室は?”
”行くしかないか・・・?”
懐中電灯を再び消した。
けれど、もうヤツに気づかれているんじゃないのか?
絵美里は、
そのまま先ほどの教室の前に立ち、
扉を開けようとはせず、少し考え事をした・・・。
”エミリー・・・?”
”ごめん、マリー、
少し気になることがあって・・・。”
”何を・・・?”
”さっきのあいつの歌・・・。”
”「メリーさんを閉じ込めろっ」て歌?”
”・・・うん、それもそうなんだけど、
他にもハンプティ・ダンプティとか、メリーさんの羊とか・・・。”
”なにか判ったの・・・!?”
”あと昨日、
スティーブが言ってた「だぁれが殺した」って歌も全部そうなんだけど、
きっと、あれはナースリーライム・・・。”
”ナースリーライム・・・?”
”マリーの故郷ではなんて言うの?
日本ではわらべ歌、とか、
アメリカじゃマザーグースって言うらしいけど?”
”・・・ああ、それは聞いたことがあるわね、
私の故郷では総称した言葉はなかったわ、
おとぎ話はいろいろあったけど・・・、
でもそれがどんな意味を?”
”・・・ごめん、そっから先はあたしにもわかんない、
ごめんなさい、マリー、気にしないでね、
・・・じゃあ、扉を開けるよ・・・?”
・・・絵美里はしゃがんで、
ゆっくり扉を開けた。
教室の扉はわずかな音が立つ・・・。
もし、教室の中にヤツがいれば気づかれるだろうか?
・・・だが、反応はない。
そのまま扉を開けるが、
部屋の中は何かが動く気配すらない・・・。
先ほど、自分たちが割ったガラスが散乱している。
手前にも、机の陰にも何もいない。
教壇の机の後ろには、隠れる事ができそうだが・・・。
今のところ、
誰かが隠れるとしたらそこだけか・・・。
絵美里はゆっくり立ち上がり、
そのまま窓まで歩いていった。
まさか、あたし達の動きに気づいて、
ヤツもまた、下に降りたなんて・・・?
麻里はその間、
教壇を中心に、注意をおろそかにはしない。
もちろん、視線は絵美里の見ているものと共有せざるを得ないが、
聴覚と空気の流れを感じる皮膚感覚、
床を伝わる振動などに万全の注意を払っていた。
チャリ・・・、
絵美里がガラスの破片を踏んだ。
そのまま窓の外をにらむ。
下にも・・・左右・・・上も勿論、いない・・・
”エミリーッ!! 後ろッ!!”
麻里が何かに反応を示した!
背筋の毛を逆立てながら、
絵美里が戦闘態勢をとって振り返ると・・・?
”何よ、マリー・・・、
誰もいないじゃ・・・”
いや、いる!
視界の端に・・・
教室に入ってきた入り口とは反対側の入り口付近の机に、
誰か座っている陰が見える。
さっきは気づかなかったのに・・・!?
だが、それは動く気配はない・・・。
絵美里は恐る恐る、
懐中電灯を「それ」に向けた・・・。
・・・懐中電灯に照らされたのは、
涼しい顔をした一人の「少年」だった・・・。