第九話 胎動
♪きーんこーんかーんこーん・・・
きーんこーんかーんこーん♪
「麻衣ちゃん、かえろー?」
なつきちゃんが声をかけてきた。
「うん、ちょっと待っててねー?」
麻衣は帰り支度を整えながら、
携帯をチェックした。
「・・・さっそく使いまくってるねー?」
なつきちゃんが冷やかしてきたが、
麻衣はマジである。
麻里&絵美里から、緊急連絡がないかどうか確かめないと安心できないのだろう。
一々、遠隔透視なんてやってたら身が持たないし!
さて、問題はこのあとだ、
今は明るい・・・。
帰り道は安全なのだろうか?
「・・・なつきちゃん、怖くないの?」
「こんな時間ならだいじょーぶでしょ?
それにもしかしたらまたあのお兄さんがー?」
早く帰りたがってるわけはそれか!
麻衣はため息をつきたくなった・・・。
もっとも、
確かに変質者が昼間に事件を起こした事はない。
少なくともニュースになってるのは一人暮らしの女性だけだし、
一昨日なつきちゃんが襲われかけたのは、
たまたまか・・・
いや、もしかすると品定めだったのかも・・・。
実際、第三者から見れば、
麻衣の方が心配しすぎなのかもしれない。
街中でいきなり襲われる確率は低いのではないだろうか。
だが、「メリー」の関係者である麻衣からしてみれば、
「メリー」に異常な執着を持っているという変質者は、
危険極まりない存在だ。
いつ何時、自分や麻里&絵美里に目をつけられるかわかったもんじゃない。
麻衣は怖がっている振りをしつつ、
「アンテナ」を張り巡らせながら下校をする・・・。
自分の周りに「害意」を放つ存在があれば、
麻衣の関知能力が反応するはずである。
・・・今日は不審な気配はない・・・。
結局、二人とも無事に帰宅したのだが、
麻衣が自宅に着いてみると、
いつも家にいるはずの、麻里&絵美里の姿がどこにも見えない・・・。
麻里ちゃん、絵美里ちゃん?
二人の姿がどこにもない・・・。
夕飯の買い物だろうか・・・、
いや、いつもならこの時間、
家に戻ってるはずだけど・・・。
麻衣はさっそく携帯で確かめようとしたまさにその時・・・、
・・・メールの着信・・・!
誰・・・相手は・・・?
・・・パパぁ!?
”麻衣へ、パパでーす。
こないだの火事の件で、今日は会社に泊まりになります。
戸締り気をつけてね、明日は早く帰れると思うから、
いい子にしてるんだよ、
じゃあ~ね~、
何かあったら、パパに連絡してください!”
・・・タイミング悪いよ、パパァ・・・、
それにしても、
本当はパパのほうが携帯、嬉しがってるんじゃ・・・。
だめ!
今はそんなことより麻里ちゃんたち!!
・・・何かあったらパパに?
できるならそうしたい・・・、
でもきっとパパは・・・また。
麻衣がいろいろ理屈を考えていても、
結局は独立心旺盛なリーリトの血がそうさせたのかもしれない。
今の自分にできること・・・
麻里たちに電話をかけても電波の届かない所らしい。
まさか電源切ってはいないよね?
メールは送ったが、ちゃんと届いただろうか?
最後の手段で・・・透視を行ってみたが・・・。
まただ・・・。
彼女達の姿が完全に消えている・・・。
透視映像を過去に遡らせてみると、
この家の応接間で、
麻里達に一本の電話がかかってきたのが視える・・・。
やっぱり能力そのものはいささかも衰えていない。
何らかの原因で、
ある特定の条件下でだけ能力が無効化されているのだ。
・・・そして過去の映像では、
麻里たちは慌ててどこかへと出かけていったのが確認できた・・・。
そこから先の彼女達の行方は・・・
ダメだぁ、何の光景も映らない・・・。
そうこうしているうちに、
日が沈みかけてきた・・・。
家の電気をつけないと部屋の中も薄暗い。
麻衣は明かりをつけて考える・・・。
・・・どうしよう?
誰に頼ればいい・・・?
こうなったら・・・おばあちゃんに・・・。
もっとも、おばあちゃんが、
伊藤や麻里&絵美里に好感は持ってないのは麻衣も知っている。
おばあちゃんは典型的なリーリトだし・・・。
人間社会から姿を消し、
闇の世界に生きるおばあちゃんと実際に会った事はない。
それでも、
昔から夢や母親を介在してお話しする機会はしょっちゅうある。
自分がお願いすれば、なんとか・・・。
結構あっけなく、
・・・おばあちゃんとの交信は無事に成功した・・・。
もちろん、おばあちゃんは麻衣には親身になってくれるが、
現実の事件の解決には、やはり消極的な態度を見せる。
麻衣が、おばあちゃんから手に入れた情報と言えば、
今回のような、感知能力の不具合に関してだ。
結論から言えば、
自分たちと同じような能力者を感知する時は、
もやのようなガスだったり、
曇りガラスのようなイメージだったり、
数年前の赤い魔法使いのような、
白い空間に阻まれることが起こりうると言う。
・・・だが、今回のようなケースは考えられないそうだ。
リーリトの能力でさえ超えられないような、
次元の狭間にでも飛ばされたとしか・・・、
そういうものが存在すればの話だそうだが・・・。
結局おばあちゃんは、
麻衣に深入りして欲しくないようだったが、
これまでの、麻里&絵美里と麻衣の関係について、
おばあちゃんはある意味、あきらめというか、
麻衣の気持ちを理解はしていたので、
麻衣に励ましと注意をして交信を終わらせた。
・・・多少は麻衣も気がまぎれたが、
そこへ不意に、
・・・麻衣の感知能力が、
家に近づく何らかの気配を感じ取った・・・。
首だけを後ろに向けてカラダを固める麻衣。
・・・ゆっくり、ゆっくりとそれは近づいてくる・・・。
耳に聞こえる音ではないが、
イメージとして、
重い・・・何かを引きずるような気配。
・・・ズルッ ズルッ ・・・
麻衣の本能は危険を感じ取る・・・!
殺意や害意を撒き散らすものではない・・・。
だが・・・なんと表現すれば言いかわからないが、
今まで感じたことのない異質なもの・・・。
それが家の外の道を、
間違いなく伊藤家に向かって近づきつつあるのを・・・
麻衣は確信を持って受け止めた。
・・・背筋の皮膚が泡立つこの感覚・・・。
麻衣は意識をカラダから分離させる。
一般人には理解できない感覚だろうが、
カラダと精神をずらしたまま、
同じ場所に存在させるという表現が適切なのだろうか?
同じような能力者がその現象を目撃すれば、
麻衣のカラダの映像が、
二重に重なってるように見えるはず・・・。
麻衣が肉眼で見ている光景は、意識の底に落とされ、
精神で見る映像が、
クッキリ脳の中に再現されていく・・・。
麻衣の視覚には、
全ての物質は透けて見えていき、
その眼から何者も逃れうる事は出来ない。
・・・それでも近づいてくる存在の正体を掴む事が出来ないのだ・・・!
そのことが麻衣の恐怖を倍化させる・・・。
なに!?
ズルッ・・・ ズル ル・・・・・・
「それ」は家の前で止まった・・・。
今、それは玄関の前にいる。
麻衣はカラダと意識をずらしたまま、
うまくカラダを操って(この状態だとカラダを動かすのが難しい!)、
台所から包丁を用意する・・・。
・・・消火器の方がいい!?
何なのっ?
なんであたし一人しかいない時なのに・・・!!
怖いよ、パパァ・・・!!
・・・気配は動かない・・・。
玄関の前から動く様子はない・・・、
何をしてるの!?
ただ、突っ立ってるだけ!?
ちゃらららら~ん♪
そしてその時、麻衣の携帯が鳴った・・・!