第五話 接触
カラ~ン・・・。
ナイトラウンジ、キャッスルオブメリーの店の扉が開いた・・・。
機械的にカウンターのマザーメリーが声をかけようとする。
「いらっしゃいま・・・ 」
・・・そのアニメ声は途絶えた、
メリーさんしか入れないはずのこの店に、
完全に無関係の少年が入ってきたからだ。
肩までかかる美しいダークグレイの髪の少年は、
店内を見渡し、壁に掛かっている様々な武器を見入っていた・・・。
「へぇ、いろんなものがあるねぇ、
・・・アラベスク文様の鎌が見当たらないね?
いま・・・現在、使用中・・・かい?」
「お前は誰!? ここから出て行きなさい!」
マザーメリーはカウンターから飛び出し、
その壁に掛かっている幅広の斧を掴んだ!
長い黒髪とワンピースが揺れる・・・!
「キ リ リ リ ィ ヤ ァ ァ ァ ァ!!」
マザーメリーは仮面を外し、
その醜い左右非対称の顔を露出させた。
いま、彼女は再び殺戮モードに入る!
その巨大な斧は、
無防備の少年のカラダに襲い掛かった!
・・・だがマザーメリーは全く意外なことに、
その斧を空振りさせてしまう・・・、
バカな・・・?
少年が避けた気配もない・・・、
彼はその場を動いていない・・・、
何事もなかったかのように静かに立ち尽くしているだけだ・・・。
振り返るマザーメリーに、
少年は肩をすぼめて笑いかける・・・。
「ああ、気にしなくていいよ、
すぐに帰るから・・・。
・・・それにしても『あの男』は、
自分の気まぐれが原因で、
ここまで事態が大きくなっている事を自覚しているのかなぁ?
・・・それとも全て、計算ずく・・・なのかな?」
マザーメリーは彼の言葉に反応しない・・・、
この少年の不思議な言動を分析しようと試みるだけだ・・・。
かといって、このままではラチがあかない。
攻撃が不能とは言え、
なんびとも侵入できないはずのキャッスルオブメリーに、
こんな簡単に出入りされては女主人の役目を果たせない。
「どうしてここに入ってこれたの・・・!?」
少年はにこやかに振り返る。
「ん? どうやってだって?
普通に扉を開けてだけど?」
「ふざけないで!
ここはメリー以外には見えないはずよ!!」
「・・・変な事を言うね、
だってここは実際に存在してるんだろ?
カメラで撮れば写真に写るし、
扉をくぐれば店内に入れる・・・。
何も問題はないよ。」
「・・・あなた、結界を破る能力でも・・・!?」
少年は、やれやれ、とでも言いたげに、
そばのテーブルに行儀悪く座る・・・。
「能力・・・?
そんなたいしたもんじゃない。
ただ、君たちの能力とやらは人間相手限定だろ?」
それは・・・この少年が人間ではない・・・
ということを意味するのか・・・?
「ではなにしにここへ来たの!?
あなたの目的は?」
すると少年は笑い出した・・・。
「ハハハ、逆だって、
目的を知りたいのは僕のほうさ・・・
君らの主人のね・・・。」
「そんなものはいないわ・・・!」
「ふぅん、そお?
だが、あの人形・・・
レディ メリーを作ったのは誰だい?
キミが首を切り落とした少女が何故、生きている?
リーリト? イブと何が違うってんだい?
・・・まぁ、人工知能のキミに言ってもしょうがないか・・・、
騒がせて悪かったね、
メリーのみなさんによろしく・・・、
じゃぁ、僕は帰るよ・・・。」
そう言うと、少年は来たときと同じように、
何事もなく店を出て行った。
少年は店の前で、ポツリと独り言をつぶやく。
「・・・本当は『アイツ』・・・
もう復活しているのか?
封印されているフリをしているのか・・・?
いったい、どこまで・・・
『僕ら』を・・・いや人間をも欺くつもりなんだい・・・?」
そして、彼は次の目的地に向かってゆっくりと歩き出す・・・。
・・・ここは騎士団南欧支部・・・、
「勇敢なる騎士」の異名を持つケイのもとに、
いま、ある報告がなされようとしていた・・・。
「サー・ケイ!
フランスの移民居住区で、
去年発見された身元不明の老人の遺体ですが、
以前、マーガレットお嬢様が探索していた老人、
ブレーリー・レッスル本人に間違いないようです・・・。」
ケイは目を見開いて、
提出された書類を食い入るように見つめる。
「・・・真か・・・!
老いていたとは言え、
以前会ったときはまだ生気あふれる印象だったが・・・。
それで死因はどうなってる?」
「・・・死因は不明です。
スラムの道端で眠っているかのように倒れていたとのことですが、
病気でもなさそうですし、
暴行された痕跡もないようです。
・・・ただ発見者が、日本からの旅行者で、
その町に似つかわしくない姿の少年・・・
とのことでしたが。」
「フム・・・、それは気にしなくていいだろう、
しかし、信じられん・・・。
まさかレディ メリーの転生に安心して成仏したか・・・、
それとも、また別の人間に生まれ変わったとでもいうのか・・・?」
「・・・ですがそれだと、もう追跡する事は・・・。」
「不可能だろうな・・・、
あの男もだてに長い間、
人生を渡り歩いているわけでもない・・・、
ことによると、
我らに利用されるのを避けたつもりだったのかもしれん・・・。」
「・・・そのために自分の命を?」
「想像でしかないがな、
・・・まぁいい、仕事が一つ減ったと考えよう、
・・・もっと難儀な仕事が山のようにある・・・。」
ケイはため息をつくと、後ろの窓から町並みを見下ろし、
・・・そして苦悩の表情で独り言を言う・・・。
「ウーサー・・・本気なのか・・・
お前の気持ちはわかるが、
本気で世界を変えるつもりなのか・・・!?
マーゴ・・・お前も実の父を止めれないのか・・・!?」
・・・彼は静かに、
意味もなく、眼下の、
賑やかな車の流れを眺め続けていた・・・。