第6話
メリー対秘書の丸山さん戦決着です。
私が振り返るのと、
丸山の驚愕の咆哮、
どちらが先だったかは分らない。
丸山が顔を天井に向けたときには、
既に人形は、柱と天井に器用にしがみつき、
圧倒的に存在感のある不気味な鎌が、
丸山の首を射程距離内に収めていた。
・・・まるでカマキリがエモノを捕食する寸前のように。
次の瞬間、私が見たのは、
丸山の咽喉に突き立てられる刃、
そして、そこから溢れる真っ赤な鮮血。
丸山は受話器を握り締めたまま、
ドサッと床にその巨体を沈み込ませた・・・。
「人形」はゆっくりと床に舞い降りる・・・、
不気味なほど静かに。
私は再び絶望の恐怖に襲われた。
人形は、首が変な角度に向いたまま、
足を引きずりながら・・・
先ほどの鎌を携えて向かってくる・・・。
駄目だ もう 助からない・・・
それでも私は最後まで「生」にしがみつきたかった。
「お・・・お願いだっ
私は関係ない! たすけて・・・
妻と・・・娘がいるんだ・・・
生きてた時の 君と 同じように 可愛い娘が・・・
私の帰りを 待っているんだ!
おねがいだ
むすめが 麻衣が泣いてしまう・・・!」
私は泣き叫んだ。
自分の置かれた状況・・・
目に浮かんだ愛娘の姿・・・
どちらによるものかは分らないが、
両の瞼からはどんどん涙が溢れてきた。
その時、
何故か泣きじゃくる麻衣と、
「人形」の過去が私の脳裏で重なっていた。
見ればこの人形もボロボロなのだ。
・・・相次ぐ戦闘のためか、
薔薇の刺繍の黒いドレスはあちこち破れ、
手足の関節も正常ではない角度に曲がっている。
銀色の髪はボサボサに乱れ、
首もずれ足も引きずり、
その白い手足や端正なはずの頬の表皮は、
石膏がはげてボロボロになっていた。
人形の目の下の、
はげた石膏の跡が、大粒の涙を流した跡のようにも見える・・・。
「怖かった・・・のかい・・・?」
私の口からは、
その場の状況にそぐわない言葉が出た。
「彼女」は私を黙って見つめている。
「苦しかったのか・・・?
今も苦しいのか・・・メリー・・・?」
・・・人形は私の言葉を理解してるのか、
全く聞こえていないのか、
その表情や仕草からは全く読み取れない・・・。
ただ一点、曲がった首に浮かぶ2つの瞳が、
いつの間にか、
私というより私の手元に注がれていることに気がついた。
私が握り締めているある物に。
私が握り締めていたのは、
コートと妻からもらった毛糸の赤い手袋だった。
私はほんの一瞬、
それらに目をやり、再び人形の視線を追ってみる・・・。
やはり赤い手袋を見ているようだ。
人形は、
ゆらゆらと微妙にカラダを動かしているが、
先ほどからほとんど動かない。
私は恐る恐る、赤い手袋を持った手を・・・
人形のほうへと動かしてみた。
・・・!
やはりその銀色の眼球は手袋を追っている。
何故・・・!?
私は必死に神父の話を思い出そうとした。
ヨーロッパの小さな町、
しつけの厳しい母親、
寒い日に母からのプレゼント、
そして失くしてしまう・・・
あ・・・
私の目には再び涙が溢れてきた・・・。
「君が・・・ママからもらって
失くしてしまったのは
この 赤い手袋なのかい?
・・・メリー?
一度、取り戻したけど、
君は殺されてしまったから・・・、
君はもう二度と手にすることのできなかったもの・・・
それが、これなのかい? 」
「人形」は相変わらず動かない・・・。
私は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、
意を決して、一対の手袋をゆっくりと「人形」に差し出した。
しばらく「彼女」はじっとしていたが、
私の動きと同じぐらい遅い動作で手を伸ばした・・・。
「彼女」の指が触れる。
彼女はすぐには手袋を取らない・・・。
怖かったが、
私は麻衣に接するかのように、彼女の指を優しく撫でてみた。
硬くて冷たい・・・。
彼女はその間、
じっとわたしの動きを見ている。
「ママから もらった手袋・・・ 」
その時、彼女は、小さいがはっきりとした声でしゃべったのだ。
私がそれに驚くと、
彼女は思い出したかのように急な動作で私から手袋を取り上げ、
はじけるように、応接室の窓ガラスに身体ごと突っ込んだ。
うぅ らぁ らぁ
彼女はガラスの窓枠にいったんしがみつき、
歌うような声をあげた後、
壁の外を二階へとかけ登っていった・・・。
しばらくして、
階上の遠くのほうからか、
小さな電話の音が何回か・・・、
そして、数人の男性の悲鳴が聞こえた。
県議会議員の断末魔の声も・・・。
・・・それからしばらくして警察がやってきた。
私は重要参考人として何日も取り調べられた。
私の推測では、
県議会議員(命令)
→秘書丸山(工作立案)
→建設現場の三人(少女を自殺に見せかけて殺害)
という仮説があったのだが、
今となってはもはや無意味な話だ。
神父から聞いた「人形」の話は警察にしたが、
あの場で「人形」を見たとか、
「人形」が、秘書やガードマンを殺しまわったとは言わなかった。
応接室で、ただただ震えていたと・・・
廊下に出た時には、もう血の海だったと言い続けた。
実際証拠はないし凶器もない。
あんな大勢の人間を私が殺せるはずもない。
現場には、
人形のものと思われる石膏の破片が落ちてたそうだが、
恐らく捜査には使えないだろう。
また、
現場で生き残ったガードマン達(彼らを殺す目的はメリーにはない?)や、
家政婦の証言(彼女は争いや人形も見ていないが)などから、
最終的には私は解放された。
警察の中にもベテランの中に、
「メリー」という人形の伝説に、心当たりがある者もいたのかもしれない。
後で知ったが、
教会の神父も私の解放に尽力してくれたらしい。
お礼を言いに行かねば。
仕事先の編集長には、
出版用の原稿と、本当のことを書いた報告用の原稿を両方提出した。
編集長は、
思いっきり対応に苦慮したようで(そりゃそーだろう)、
結局、報告用の原稿はファイルの奥底にしまわれた。
日の目を見る事はないと思う。
それでも、大量殺人現場に居合わせた事や、
警察に長期拘留された事をいろいろとねぎらってくれた。
しばらく休みも頂いた。
あ、
私の話も、もう終わりになるが、
あの大量殺人が起きた次の日、こんな事が起きたらしい。
・・・拘置所から一台の車が出て行く。
運転手は、昨日殺された県議会議員のお抱えの弁護士、
後部座席には、
監禁事件の加害者・森村剛志が乗っていた。
車は彼の両親の家に向かっていたが、
高速道路で事故を起こし、車は中央分離帯に激突。
不幸中の幸いか、
二人とも命に別状はないが、弁護士は左足切断、
青年のほうは、
フロントグラスに頭から突っ込み、
顔の半分を皮膚移植することになったという。
もう、以前のような甘いマスクには戻れないだろう・・・。
事故の目撃者によると、
「事故を起こした車のボンネットの上に、
赤い手袋をはめた『何か』が、しがみついているのが見えた」そうだ。
では、最後に今一度、私の話を続けさせてもらう。
「あなた。」
「は・・・はい!」
妻の百合子は滅多に熱くなることはない。
常にたんたんとこちらを責める。
「あれほど危険なことはしないでと言ったでしょう?
二、三日で帰るどころか警察にまで連行されて・・・
自分の立場を分っているの?
あなたに何かあったら、
私や麻衣はどうなるか、考えたことあるの?
正社員じゃないあなたは労災もおりないのよ。」
私は小さくなって妻に平謝りだ・・・
休みをもらって嬉しいのか嬉しくないのか・・・。
「はい、もうおっしゃるとおりでございます、
返す言葉もございません・・・。」
「それであなた。」
まだ来るよおぉ!
「私が編んであげた・・・
赤い手袋はどうなさったのかしら?」
・・・私の妻はきつい妻だったようです。
「・・・え・・・と、
向こうで失くしちゃった・・・かな?」
人形にあげちゃった、なんて言えるはずがない!
「その程度なのね、
もういいわ、もう作ってあげません。」
「ごめんなさい・・・百合子・・・」
妻は後ろを向いて洗濯物をたたみ始めた。
もうこの場にはいづらい!
「・・・スロット、行って・・・きていいですか?」
小さくポツリとつぶやくと、百合子は後ろを向いたまま、
「はい?」
何の感情も見えない言葉が返ってくる。
どちらが人形なんだか・・・。
「あ・・・あの、(泣きながら) 町じゅう探してきまっす!」
魔法使いには会いませんように!
何か機嫌の良くなるものでも買ってこよう・・・。
玄関で靴を履いていると、
後ろから、ばりばりとおせんべを食べながら、
麻衣がトコトコやってきた。
ああ、もう麻衣は本当に可愛い!
「ぱぱぁ!」
「出かけてくるね、麻衣、
あ~あ、ほっぺにおせんべつけて・・・」
私は、
麻衣の唇についた煎餅のかけらを取りながら話しかけた。
「あのね、ぱぱぁ? 昼間ね、お昼ねしてたらね! 」
「うん、うん 」
「 お に ん ぎ ょ う さ ん が ね ! 」
弁護士と監禁王子は殺害に関わらなかったと判断されたようです。
目的の邪魔になるガードマンさん達は容赦されませんでした。
第2章は次の回で最後です。
あっという間に終わりますので、
今回のページの最後の流れをもう一度読んでから、次のページをご覧くださいませ。