シェリーの涙 ~ 三年前の真実
・・・おい、
聞こえるか・・・?
・・・おい、目を覚ますんだ・・・!
「・・・あ・・・ここ・・・は・・・?」
眩しい・・・、
目も開けられないほどの、
強い光が辺りを覆っている・・・。
頭もガンガンするし、
吐き気がする・・・気持ち悪い・・・。
・・・シェリーは重い瞼を開いた。
ここはどこだろう・・・、
知らないベッドだ・・・。
フラフラと上半身を手で支えて、
声が聞こえた方を向く。
・・・だるい。
狭い部屋・・・扉のところには、
無表情な七三分けの東洋人が立っている。
背筋が張っていて軍人のようだ・・・。
あ・・・、 そうだ、
私は兵隊達に捕まって・・・。
「・・・気分はどうだね? お嬢さん?」
軍人らしき男が話しかけてくる。
「あ? ・・・え、は、はい、
すごく・・・気持ち悪い・・・です。
・・・ここは?」
「まだ、意識がはっきりしてないかね?
だが、そのうち全部思い出すし体調もよくなる。」
シェリーは頭を抱えながら必死に思い出そうとした・・・。
そうだ・・・、
この人たちに尋問されて・・・、
メリー認定試験で、
私の知ってることを全て喋らされて・・・
それで・・・。
「私、・・・薬を打たれて・・・。」
部屋に入ってきた男、
亜細亜支部支部長李袞は済まなそうに頭を下げた。
「申し訳ない、
自白剤を併用させてもらった・・・、
あまり時間がなかったのでね。
おかげで、君の証言に嘘はないことがわかった。
捕虜はもう一人捕まえているが、
彼女はかなり非協力的でね、
少々手荒な尋問になっている・・・覚えているかね?
君と一緒に連れてこられた・・・。」
「ああ、ルキ班の・・・。
そうだ、
私は・・・このあと・・・どうされるんですか?
・・・処刑されてしまう・・・の・・・?」
李袞はまさかという表情で首を振った。
「とんでもない!
君が我々に対して、
敵意がないとわかればすぐに解放するさ。
ただ、ここは洋上だし、
君のカラダも衰弱している・・・。
条件が整うまで休んでいる事だ。」
シェリーはぼうっとしながら、
視線を部屋の片隅に向けたまま、独り言をつぶやいた。
「私ぃ、メリーには・・・
なれなかったのかぁ・・・。」
「確か・・・
人形と共に攫われたお姉さんの謎が知りたいと、
そう言ってたね?」
「私・・・そんなことも喋ったんですね・・・?
もう・・・どうでもいいですけど・・・ね。」
李袞はベッドの足元の方にある冷蔵庫を指差す。
「何か口に入れたほうが良さそうだ、
・・・飲み物や果物がそこに入っている。
食事がしたければ、内線電話で注文すればいい。
要望は聞けないが味については保証する。
・・・なんなら、今、注文してもいいぞ?」
シェリーは力なく首を振った。
「いえ、・・・今は要りません・・・。」
李袞はしばらく彼女を観察していたが、
落胆している彼女のそばに寄り、
一通の大きな封筒を手渡した。
「あの・・・これは・・・?」
「君には尋問の間に、
奇妙な事件を聞かされたのでね、
何か関係あるかと思ったんだが・・・。」
彼の言葉に、シェリーは不思議そうに封筒の中身を取りだした。
・・・写真?
メガネはベッドの脇のテーブルに置いてあった。
すぐに、顔にかけて印刷された写真を見始める。
「・・・!?」
なにこれ・・・人形の写真?
気味が悪い・・・
ボロボロの・・・顔がなかったり、
頭が飛び散ってたり・・・。
シェリーは顔をしかめながら李袞の顔を見上げた。
「何ですか、これは・・・?」
彼は入り口近くのイスにもたれてタバコに火をつけた。
「タバコを失礼するよ・・・、
君の尋問では、
植物状態のお姉さんが亡くなったのは・・・、
今から3年前の12月・・・、
と言ってたが間違いないかね?」
「は、はい、それが何か・・・?」
「いや、最初は関係ない話だとは思ったんだが、
時期が一致してたのでね・・・。
先程、本部から送ってもらったんだ・・・。
そこに写っている写真は、
ちょうど3年前の12月に撮ったものだ。
顔や頭部を破壊したのは私たちの仲間がやった・・・、
やらざるを得なかった・・・。」
3年前の12月・・・!?
急にシェリーは反応を変化させ、
食い入るように写真を見比べ始めた。
何枚目かの写真を見ているうちに、
突然彼女の動きが止まる・・・。
李袞は黙ってシェリーを見守っていた。
「こ・・・この人形の衣装は・・・!?」
頭が破壊されている・・・。
だが、その写真に写っている人形の衣装は、
紛れもなく、
かつて姉とケンカして取り合ったアンティークの人形だ・・・!
「こ、これを・・・どこで!?」
李袞は煙を吐いた後、
タバコの火を灰皿に押し付けた。
「まさかと思ったが・・・やっぱりそうか・・・。
昔・・・人の命を弄ぶ人形遣いがいてね、
我々もそいつを追っていたんだが、
ようやく3年前にそいつを仲間が発見してね。
ヤツは自分の好みの女の子を見つけると、
秘術を使って、人形の中に魂を封じ込めていたのさ。
・・・にわかには信じがたい話だが・・・。
事の真偽は今となってはわからんが、
その人形達が生き物のように動き出して、
我々の仲間を襲ってきたのは間違いないんだ。
たまたまその時、助言をしてくれた人がいたようでね、
器を破壊すれば魂は解放されると聞いて、
ここまで徹底的に破壊したんだそうだ・・・。」
シェリーは再び写真をみつめていたが・・・、
しばらくすると目元から一筋の涙を流していた・・・。
「・・・お姉ちゃん・・・。」
その写真に幾滴もの涙が落ちてゆく・・・。
こんなところで・・・
あの忌まわしい事件の真相を手に入れられるなんて・・・。
ふと、シェリーは思い出したように顔をあげる。
「あ・・・あの、
魂が解放される・・・というのは、
つまり・・・私の姉は・・・。」
「むう、
私はそういう方面には知識がないのだが・・・、
想像で言わせて貰えば、
君のお姉さんの魂は、
赤い魔法使いという邪悪なる男によって、
その人形に魂を封じ込められた・・・。
そしてその間は、本人の意識とか意志はなくなっているのか、
操られたままの状態だった・・・。
だが、術士を倒し人形を破壊した事によって、
魂はこの世から消え去る。
・・・お姉さんが亡くなったのは偶然じゃないのだろう、
魂が消え去ったと同時に・・・
肉体の命も天に召されたんじゃあ・・・ないのかな・・・。」
シェリーは李袞の話を黙って聞いていたが・・・、
しばらくすると、
写真を見つめたまま動かなくなってしまった・・・。
どのぐらい時間が過ぎ去ったか、
李袞は席を立った。
扉を開けて出てゆこうとする李袞に、
シェリーはあわただしく声をかける。
「あ・・・あ、あの・・・!」
振り返る李袞に、
シェリーは一生懸命、泣き声にならないように声をつむぎ出す。
「ど、どうもありがとうございます・・・。
なにか、心の中の、重いものが・・・
なくなったような、気がします・・・。」
李袞はにっこりと笑った。
「・・・そうか、それは良かった、
なら、普通の生活に戻れるように・・・
努力するんだな・・・。」
「は・・・はい!」
扉は閉められた。
船内の廊下を歩く李袞に、
次の角でガワンが待ち構えていた。
「李袞よ、
やはりあの少女はバァルの犠牲者か?」
「そのようです、
・・・ま、これで彼女も呪縛から解放されたようです、
もう、こんな世界には足を踏み入れないでしょう。」
「フン、一件落着みたいなセリフを吐いている場合か?
結局、肝心な目的はわからずじまい、
首謀者達は全員逃がしてしまった・・・!
本部になんと釈明すればいい!?」
「しかし、あの島で行われている事については、
指令どおり叩き潰しました。
・・・あとは黒十字団と表立って矛を交えるのかどうか・・・、
本部の決定待ちではないでしょうか?」
「・・・だとしても、
次は我らの出番ではないだろうよ、
エリア的には南欧支部のケイの管轄だ。
・・・ただ、奴らの規模からいって、
本部からランスロット直々に出向くことは間違いあるまい。
あとは東欧支部のモードレイユ・・・、
ガラハッドの若造辺りか・・・。」
「若い連中にも経験を積ませませんと・・・。
いずれは騎士団の中核を担う者達です。
我らは、その踏み台でいいではありませんか?」
「フン、・・・李袞よ、
お前は人間が出来ているな?
まぁいい、
総司令官ウーサー・ペンドラゴン殿のご子息も成長されたと聞く・・・。
確かに・・・そろそろ世代交代の時期なのだろうな・・・。」
「さて、我らは報告書でもまとめましょう・・・。
マーガレットお嬢様から矢のような催促の来ないうちに・・・。」
「・・・そうだな、
全くあのお嬢様は誰に似たのか・・・。
あのご子息と血が繋がっているというのが、
我ら騎士団最大の謎だな・・・ハッハッハ・・・。」
すでにローズに持たされていた発信機が、
洋上に投棄された事は彼らも知っていた。
従って作戦行動は全て終了して、
あとは本部に帰還するのみ。
・・・だが、まだこの時点で、
忠節の騎士李袞も・・・
剛勇の騎士ガワンも・・・、
騎士団がこれから向かう恐ろしい運命を知りうることはない・・・。
カーリーによるガワンの死の予言も・・・、
でたらめでも、
動揺を誘うためのペテンでもない。
全てこれから起こる、
破滅という悲劇の一幕に過ぎないのである・・・・。
そう、
すでに彼らの知らないところで・・・
最初の幕は既にあがっていたのだ・・・。
日本の・・・東京で・・・。
本来、カーリー、マルコ、ルキ、そして赤い魔法使いバァルは、
メリーさんとは違う別の主人公の物語で、
いわゆるラスボス前の四天王位置的な扱いキャラでした。
レディ メリーの物語を作るときに、そっちの話から敵役で引っ張ってきたのがバァルです。
そちらの物語とはパラレルワールド的に扱ってますので、
人間関係や登場時代などが異なる場合があります。
ちなみにネロはまた別の物語に。
と言っても黒十字団所属に違いはありません。
さて次回、「南の島のメリーさん達」最終回、
そこで最初の悲劇が明らかに。