黒の巫女カーリーと剛勇の騎士ガワン 2
今回は、
メリーさんシリーズの中でもかなり重要な話です。
この世界の成り立ちについてのお話です。
馬鹿馬鹿しい。
ここから黙って帰すようなら、わざわざ精鋭を率いてこんな場所まで来る筈もない。
ガワンの口調が厳しくなる。
「そうはいかん、
目の前でこんな化け物を見せ付けられて、
お前たちを見逃すわけにはいくまい。
私たちの役目ぐらい知っているであろう?
世界の秩序と平和を守るため、
おまえたちのような怪しげな者達など放っておけん!」
マルコの目が再び敵意の炎を燃やす。
それに引き換え上空のカーリーはいきなり笑い始めた。
「何がおかしい!!」
「ッウフ ウフフ、オーホッホッホ・・・、
あらあら、ごめんなさいね、
だってあんまり可笑しくって・・・。
世界の秩序と平和を守るですって?
・・・あなた達に何の権限が?
あなた達に如何なる資格があってそんなことを?
だれがあなた達にそんなことをしろと頼んだの?
裁判も弁護される機会も与えられず、
あなた達に蹂躙された者たちの尊厳は?
あなた達のやってることはギャングやマフィアにも劣るんじゃなくて?」
ガワンのもっとも嫌う事は、
帰依する騎士団を侮辱される事だ。
マルコとの戦いでは、けして見られなかったほど顔が激しく紅潮する。
「ふざけるな!!
我らは神の教えに忠実に従っているだけだ!
自己の欲望や利益のために活動しているわけではない!
母国の国益ですら我らを拘束しない。」
その言葉に、
初めてカーリーの表情が一転した・・・
これまでにない厳しい表情で。
「神の教え・・・?
それが笑わせると言ってるのよ、
そのお題目で今まで何億の民を殺してきたのです?
神の声を聞いたのは誰?
その姿を見た者は?
ただ単に年寄りがそう言ってる・・・
周りのみんながそう言ってる・・・、
たったそれだけの根拠で神の意志を体現する?
それこそ神の名を騙った詐欺師どもよ!
そしてこれから、
神に従わぬ者たちを何億人殺せば気が済むというの!?」
宗教戦争、魔女狩り、十字軍、布教に名を借りた植民地支配、
それらは歴史の事実である。
もちろんガワンだってそれらを知らぬ訳ではない。
彼も一軍の将、
カーリーの真剣な問い掛けに、戸惑うことなく誠実な態度を貫く。
「確かに、
過去には行き過ぎた争いや不幸な歴史がある。
・・・それは認める。
だからこそ、我々は厳しい戒律を持ち、
剣の使いどころには慎重な判断を下してきた。
少なくとも我ら騎士団は、
神の名を汚すような事などはしない!」
だがそれすらも、黒の巫女カーリーにとっては、盲目なる愚者の発言にしか聞こえない。
彼女は諦めたような、
或いは哀れみを湛えた目でガワンを見下ろす。
「二言目には『神の名』ですって?
ククッ・・・本当に愚かな・・・、
救いようがないわ・・・。
ところでガワン様、あなたは60年前、
世界中からコテンパンに叩き潰された東洋の島国をご存知です?」
「60年前・・・?
東洋の島国? 日本のことか?」
「ええ、国名なんかどうでもいいんですけれど、
敗戦して占領された国民が、
敵の司令官に向かって、なんて言ってたかご存知?
『占領してくれてありがとう』ですってよ?
ついこないだまで、自分達を苦しめていた相手を・・・、
多くの同胞を虐殺した相手に向かって、
拍手と歓声を以って彼をお見送りしたそうよ?
外から見ていた白人達は、
自分達の洗脳の成果を称え、
島国のサルたちをバカにしていたそうだけど・・・、
自分達も同じ目に遭っていることには全く考えが及ばないのよね・・・?」
自分達を侮辱されている事は分かるが、
ガワンには話の展開が見えない。
いや、気づきかけてはいるのだが、
それを認めるわけにはいかないのだ。
「・・・何を言っている・・・
何を言ってるんだ貴様はッ!?」
「あなた達の言う『神』が!
私たち人間に対して、
今まで何をしてきたか、
知らないというんじゃないでしょうね?
聖書の記述ぐらい知らないあなた達じゃないでしょう!?
人間が『禁じられた木の実』を食べただけで楽園を追い・・・、
ソドムとゴモラの町を灰燼に帰し・・・!
バベルの塔を粉々に砕き、
それまで築き上げた文明を消失させっ!
地上を大洪水で覆って人間を滅ぼしかけたッ!!
そんな狭量で・・・
冷酷な・・・悪魔のような存在が・・・
『神』であるはずないでしょうっ!?」
それはカーリーの痛烈なる叫びである。
まるで我が子を殺された母親が憎しみのあまりに発するような・・・。
「ばかな!
それは我々の祖先が罪を犯したからだ!
愚かだったからだ!!」
その答えもカーリーは分かっていたのだろう、自嘲気味に首を振る。
「ウフフ・・・そうね?
東洋の島国の人たちも同じことを言ってたらしいですわ?
我々が愚かだったんですってよ?」
「き・・・貴様ぁっ!!」
ガワンの顔は怒りで沸騰しそうだ、
・・・もしかしたら血管でも切れるかもしれない・・・。
「ガワン殿!! 落ち着いてください!」
後ろの声に振り向くと、
「忠節の騎士」李袞がやってきていた。
彼はそのまま、熱くなったガワンを諌める。
「もしかすると、あなたを怒らせる事が目的かもしれません・・・、
熱くなっては相手の思う壺です。」
李袞の助言は的を得ていた。
後ろでハラハラして見ていたアキレウス部隊の部下達も、ホッと胸を撫で下ろす。
おかげでガワンもようやく正気に返ったようだ。
それを機に、カーリーも元の涼しげな笑い声に戻っていた。
「あら? あなたが李袞様ね?
初めまして、カーリーと申します。
それで、今のことですが、
別にガワン様を怒らせるつもりはなかったんですよ?
むしろ私の方がはしたなく興奮してしまったようですわ、お恥ずかしい。
でも、あなた達をよこした騎士団本部の人選は見事ですね。
本部にはさぞかし、
的確な判断力をお持ちの方がいらっしゃるんでしょうね。」
先程の激しいやり取りが過ぎ去った空気を読んで、
マルコが気弱そうに口を挟む。
「あ・・・あー、カーリーさんよ、
もしかして、これでお開きってことはないよ・・・な?」
「・・・マルコ。
後であなたにはゆっくり話したい事があります。」
どうもマジで怒ってるようだ。
カーリーの二つの黒い瞳からレーザー光線でも発射しそうな勢いである。
「あ・・・ああ、あ、悪かったぁ!
でも、こいつとは決着を・・・
せめて・・・ダメ・・・!?」
「いい加減になさい・・・!
それに残念ですが、
あなたとガワン様は二度と会うことはありません。」
その言葉に、
そこにいる全員が緊張の糸を張る・・・。
解釈次第でいかようにも取れる発言だからだ。
カーリー自身、
自分の言葉の波及効果に驚いてしまったようだ。
「あらあら、ごめんなさい。
・・・深い意味はありませんの。
ただ、初めてガワン様を拝見した時・・・
あなたの背後に『死』の予兆が見えましたの・・・。
そう遠くない未来・・・あなたは命を落とすわ・・・、
是非、気をつけてくださいね・・・。」
「ほう、この私が殺されるとでも言うのか?
面白い、夜道に気をつければいいのか?
それとも飛行機事故か?」
カーリーは首を振る。
「いいえ・・・あなたは真正面から剣によって貫かれます。
明るい・・・午後の強い日差しの下で・・・。」
もう、たばかれやしない、
ガワンは完全に平常心に返っていた。
「ハッハッハ、
言うに事欠いて太陽の下で殺されるだと?
このガワンをか!?
そんなことは我が騎士団のランスロットやライラックにも不可能だ!
ここにいる狼男ですら、
私を劣勢に追い込めなかったではないか!?」
マルコが即座に反応したが、上空の視線が気になったようだ、
彼は口を開かない。
カーリーはそれを見て満足そうに微笑んだ。
「ウフフ、信じろとは言いません。
さて、そろそろお暇しましょう・・・。
マルコ! 例の地点へ向かいなさい、
ネロがヘリを飛ばしています。
ここは私たちが抑えていますからその間に!」
マルコは、最後までガワンを睨んでいたようだが、
やがて、うなり声を上げながら林の中に姿をくらませた。
何名かの兵士が追おうとしたが、
上空の機関銃を警戒していた李袞にたしなめられる。
どこまでも彼は冷静だ。
そのままマルコの逃走時間が十分と判断したのか、
カーリーは最後に別れの言葉を告げる。
「・・・さて、長話に付き合っていただいて有難うございました。
お別れの前にもう一度申し上げておきますわ?
私たちは・・・黒十字団含めて、
あなた方『騎士団』と戦うつもりはありません。
どうか本部の方々にも伝えておいて下さいませ。
・・・ルキ、お願いします。」
その時、ガワンが彼女を呼び止めた。
「待て! 最後に一つだけ聞こう!
先程、お前は我らが神を否定したな・・・?
ならば・・・
お前たちの信奉する者は・・・
『悪魔』だとでもいうのかっ!?」
カーリーは既に、
この場にいる者達全てが、もはや自分達を攻撃する意図を持っていないと判断したのか、
機関銃の銃口をガワン達から外し、
ルキともども、カラダの向きを変えていた・・・。
その為、首だけ振り返って大地を見下ろす・・・。
「『悪魔』ですって・・・?
いいえ、とんでもない。
・・・私たちが信ずるものは、
ノアの大洪水という人類全滅計画から人間を救った・・・
この世界の本物の『神』よ。
その為に、あなた達の神・・・
天空の者達に永久の罰を与えられた・・・ね・・・。
もう、これ以上・・・お話しすることはありませんわ・・・。
御機嫌よう、お元気で・・・。」
それを最後に、
ルキに抱えられたカーリーは、
そのまま見えなくなるほど遠くの空へと去っていった・・・。
今回のカーリー先生のお話は、
演技でもデタラメでもありません。
少なくとも彼女は本気で信じています。
そして実際、旧約聖書のお話では、
全て神様1人の行いとされてますが、
メソポタミアの洪水説話や、
ギリシア神話での洪水説話では、
人間を滅ぼそうとした者と、
人間を救おうとした者は明確に異なる存在です。
そしてカーリーが信奉するのは後者だと言う事です。
さて皆さんはどちらを信じますか?