第4話
・・・とは言ってみたものの、
高い塀に囲まれた大きな屋敷には、
何者をも拒むような空気が醸し出されており、
そうそう近づける雰囲気でもない。
入り口は閉じられており、
脇に小さなインターホンがあるのみだ。
近くには何人かの報道関係者がいた。
顔見知りもいたので声をかけてみる。
「や、寒い中お疲れ様、
誰かインタビュー、やってみた?」
「ああ、伊藤さん、どーも。
駄目だねぇ、
お手伝いさんらしき人しかインターホンは出ないし、
本人なんか一歩も表に出やしない。
せめて、二階の窓から顔だけでも出してもらいたいんだけど・・・。」
釣られるように私は、
塀の上にわずかに見える階上の部分に目をやった。
えっ ?
・・・何か動いた・・・?
モノトーンの細い物体・・・
「な・・・? 今、何かいたよな!?」
私は興奮気味に確認を求めた。
「えっ?
猫かなんかじゃないんですか?」
「えっ、猫?
いや・・・もっと大きくなかったか・・・?」
もう一度目を凝らして見たが、
もう動くものは見えない・・・。
私は急に思い出した・・・
神父から聞いた動く人形の物語を・・・。
そして
麻衣の電話・・・
お祖母ちゃんの予言(?)めいた言葉、
「お 人 形 さ ん に よ ろ し く ね 」
その言葉が何を意味するのか・・・
いきなり背筋が寒くなった・・・。
たぶんその時から、私の精神はどこかおかしくなってしまっていたのだろう。
もはや・・・私はその時、
周りの声や音が耳に入っていなかった。
恐らく誰か、
「おいおい、伊藤さん?」 とか言っていたのではないだろうか?
私は屋敷の正面入り口までゆっくりと歩き・・・、
そして力強くインターホンを鳴らした。
プルルルルル カチャ
『はい? どちら様でございましょう?』
私は何かに憑かれていたのかも知れない。
さっきまでなら思いも寄らない言葉を自分の口から出していた。
「隣町の○○神父様の使いで来ました・・・。
県議会議員のご主人様にお会いしたいのですが・・・。」
『・・・一体、どのようなご用件で・・・?』
「まずは、そう伝えていただけませんか?」
『少々お待ち下さいませ。』
しばらくすると、
インターホンのスピーカーから、先程の女性の声が再び聞こえた。
カチャッ
『どうぞ お入りください。』
門のロックが開いたようだ。
周りからどよめきが起きる。
中に入ろうとすると、先程の知り合いが、
「伊藤さん、どうやって入れてもらったんです?
後で取材内容教えて下さい!」
と、寄ってきたが、
「ごめんな、取材じゃないかもしれないんだ。」
としか言えず困った表情をしてみせた。
向こうも困惑している。
そりゃあそうだろう、
自分でもこの先どうしたいのかよく分らない。
門をくぐると、
広い庭には池もあり、鯉も泳いでいるようだ。
古ぼけた灯篭や豪勢な松の木、向こうには立派な倉もある。
あちこちにガードマンと思しき人物が立っている。
玄関にようやくたどり着き、敷居をまたぐと、
体格のいい男に迎えられた。
「いらっしゃいませ、秘書の丸山と申します。
こちらへどうぞ。」
用意されたスリッパを履き、
案内されたのは立派な応接室だった。
私は手袋を外しコートを脱ぎ、
これまたいくらするのか想像つかないソファに座る。
「議員先生は・・・?」
と尋ねると、きっぱりと言われてしまった。
「先生は初対面の方に、直接お会いする事はありません、
まずは私に用件をお伝え下さい。」
なかなかうまくいかない・・・。
私が切り出し方を躊躇していると、
丸山の方から問いかけてきた。
「○○神父の使いの方、という事ですが、本当ですか?
名刺か何かお持ちですか?」
「あ? ・・・え、
神父のところから来たのは確かですが、ここへは自分の意思で・・・」
マヌケにも自分の名刺を差し出してしまった。
丸山は名刺をチラッと見てため息をついた。
「お帰りいただけますかな。」
ここで引き下がっては意味がない。
「・・・いや、待って下さい!
議員先生の命を狙ってる者がいるかも知れないんです!」
これは効果があったか、一瞬、場の空気が止まる。
丸山はしかし動じず、そのまま私に質問した。
「ほう? どこで知った情報か教えてもらえますかね・・・?」
質問と言うか恫喝だ。
だが怯んでなんかいられない。
「例の・・・
お孫さんが起こした監禁事件、
被害者の一家が心中したのはご存知ですか?」
丸山は顔色一つ変えない。
この時、彼の内ポケットの携帯に一本の電話がかかってきた。
丸山はゆっくりと携帯を取り出し、発信者を確認する。
少し怪訝そうな表情をしていたのは私にも見て取れた。
「いや、存じませんでしたな。」
彼らの死にも、電話の着信にも彼は冷たい。
「で、不幸なことですが、当方にどういう関わりが・・・?」
私は息を飲んで、彼を揺さぶる発言を行おうと試みた。
「彼らの車から遺書が見つかりました。
私も神父もそれを読んでおります。
遺書には、
ここの先生とお孫さんに恨みを残し、
殺し屋のようなものに依頼を行ったと読める件がありました。」
さて、どんな反応をする?
そこにまた携帯の着信、タイミングがいいのか悪いのか?
勢いを外されて私は、
「よろしければ電話をどうぞ。」と言う他なかった。
丸山も再び回線を切ろうとしていたようだが、私の言葉につられてか、
「では失礼。」
と言って、窓際で電話を受けることにしたようだ。
「は? 誰だ、君は?
・・・もしもし?」
だが電話はすぐに切れたらしい。
「間違い電話ですか?」
「いや、イタズラの方かもしれません、失礼しました。」
「で・・・殺し屋・・・ですか?」
丸山は再びソファにもたれて言った。
「困りましたなぁ、
娘さんの自殺を恨まれても逆恨みとしか・・・。」
「逆恨み・・・ですか?」
なんとか本来の話に持っていかねば。
「と、思いますがね。」
「では・・・、
今朝方ここの関連会社の労働者が殺された事件は?
あれは実行犯への復讐とは考えられませんか?」
最初は口封じの為の仲間割れだと自分でも思っていたのだが、
実際その説も有りか、とも思うようになっていた。
・・・じゃあ「誰が」ということになるのだが。
「そちらも無関係ではないのですか?
いずれにしても警察の捜査待ちでしてね、
しかし・・・この日本で県議会議員相手に殺し屋、ですか・・・?
事実だとしたら誰に頼む気なんでしょうね?」
丸山の落ち着き振りが癇に障る。
どうすれば核心に近づけるのか?
「この土地の者なら、
メリーにでも頼むんじゃないのですか?」
やけ気味に放った一言だったが、突然、丸山の様子が変わった。
「・・・メリー!?
『君達』は私をからかいに来たのか!?
私の携帯番号を何故知ってる?
何が『わたしメリー』だ!
『今、お屋敷の前にいる』!?
一体、君達は何の遊びをしにきたんだ!?」
丸山の豹変に戸惑ったのはこっちの方だ。
「・・・? ちょ・・・え?
な、何のことです!?
今の電話のことですか?
私はあなたの番号なんて知りませんよ!?」
丸山は立ち上がってこちらを見下ろした。
取っ組み合いにでもなったら、間違いなくこちらに勝ち目はない。
たぶん、秒殺される。
「では、何故 『メリー』 などと口にした!?」
「ですから、それは遺書に・・・!」
いかん、
余計なことまで言ってしまった。
肝心の殺し屋の話が、都市伝説の類いだと思われたら、
議員秘書にとって、これ以上、私の話など聞く価値もなくなるだろう。
丸山はニヤリと笑って、
再び落ち着きを取り戻していた。
「・・・お帰り下さい。
先生には伝えておきますよ・・・。」
担がれたのはこっちだった・・・。
まあ、そうなるよな・・・。
私は万策尽き、
落胆しながらコートを取ろうとした。
その時、またもや丸山の携帯が鳴る。
彼は 「またか」
とでもいう風に画面を見た。
「もう演出は終わりだと、言ってあげるんですな。」
「?」
私は未だに何のことか分らずに、彼から携帯を受け取った。
電話に出ろというのか?
丸山の携帯を耳に当てると、
聞いたことのない女性の声で、
小さく、
しかし、
はっきりとした声が私の耳に流れてきた・・・。
「 わ た し メ リ -
今、こ の お 屋 敷 の 中 に い る の 」
さぁ、いよいよ レディ・メリーの登場です。