5日目 逃げ場無し
「おはようございます、
・・・あら、ラブゥ眠そうね?」
カーリーはラブゥの顔を覗き込んだ。
・・・そういえば瞼が重そうだ。
「あ・・・すいません、
昨日、眠るのを邪魔されて・・・。」
前日ラブゥの部屋を訪問したのはローズも覚えている。
ローズがばつが悪そうに驚いた。
「えっ? あたし達のせい!?」
それを聞いて、ラブゥが申し訳なさそうに首を振る、
一応ぶっきらぼうとはいえ気はつくらしい。
「あ、違う、あなた達じゃない、
あの後、深夜に黒い服の女に侵入されて・・・。」
「黒い服の女!?」
ローズの顔つきが変わる。
カーリーとてその事実は予想外だったようだ。
「まぁ? ラブゥ襲われたのですか?」
「あ、ハイ、でも追い返しました・・・。」
「・・・! すごいよ、ラブゥ!
どうやって追い返したの!? 相手はどんなヤツ!?」
ローズの必殺・質問の嵐!
さしものラブゥも、たじたじになってしまう。
それは質問の多さと言うよりも、
普段からは想像できないローズの重苦しい顔つきのせいだ。
「・・・どうやって追い返したかは言えない。
ただ、
彼女が襲い掛かってきたときに、私の術を使った。
しばらく拮抗状態が続いたけど、
突然ヤツが笑い出して・・・、
『後が楽しみだわ』と言って帰って行った。
一応、その後も警戒していたので・・・
あんまり眠れなくて。」
ローズもびっくりしてたが、
普段冷静なカーリーも興奮してるようにも見える。
「素晴らしいわ、ラブゥ!
でも、慢心したり油断しないようにね。
今後も襲われないとは限らないから・・・。
ローズも聞きたい事が沢山あるでしょうけど、
今は講義に集中して?
大丈夫よ、
あなたが彼女に会いたいのなら、
いずれ会えるでしょうから・・・。」
この場にメィリィかシェリーでもいれば、
話の追及をやめなかったかもしれないが、
ローズは不満ながらもカーリーの言葉に従った・・・。
彼女達なら、きっとこう思っただろう・・・
「やはり、カーリーはその女を知っているのか」、と。
そして、ローズもラブゥも思い至らぬ事だが、
ラブゥが黒服の女を撃退したおかげというか、とばっちりで、
マルコ班及びネロ班から、
身代わりというわけか、さらに二名の脱落者が出ていた・・・。
黒服の女は別の部屋に忍び込んで、
その部屋の床を血まみれにしていたのだ。
当該班であるナターシャ・メィリィ・そしてシェリーは、
当然、昨日からの受講生の消失事件とつなげて考えていた。
マルコ班では、
体力を極限まで削り取られているので、一瞬たりとも気が抜けない。
むしろ、訓練中のほうが安全と思いたいのだが、
マルコの実習は、
気を抜くと大怪我することもありうるので、
二人とも、もはや死に物狂いにならざるを得なかった。
実際、ことの危険性を認識していたのは彼女達だけではない。
他班の出来事でも、ランチの頃には話が広まる。
カーリー達に雇われている島の従業員が、
昨夜の犠牲者の部屋を清掃している所を、
ある受講生が目撃してしまったことも話の信憑性を確かなものにした。
受講生達の間では、
「今晩は誰の部屋に現われるのか?」
といった騒ぎが始まっていた。
午後の講義でも、
何人かが各講師に訴え出るわけだが、
勿論誰も取り合わない。
例えばマルコだ。
「あーん? いいじゃねーか、返り討ちにしてやれば?
疲れて指一本動かせねぇ?
・・・だったら抵抗しないで殺されるんだな!」
この島には定期便と言うものはない。
カーリー達が契約している、食料や生活物資の運搬をしている船が寄港するのみだ。
何人かの受講生が逃亡を試みるも、
船員達は、カーリー達に割増料金をもらって、
受講生を乗せないように厳命されていた。
島の随所には、
打ち捨てられた小船は存在しているが、
エンジンすら積んでいないボロ船しかない。
それでも命の危険を感じた受講生は、
荷物をまとめて、この狂った島から逃亡しようと試みる事にした。
・・・午後、
実習を始めていたルキの下に携帯電話が鳴る・・・。
「はい・・・ルキです。
ええ、私の所ではステラが来てません・・・、
そうですか・・・判りました、では直ちに・・・。」
ルキは電話を切って、その場にいる受講生達に告げる。
「みんな、申し訳ない、30分ほど席を空ける。
さっき言った内容を各自始めていてくれ。」
ここは受講生達が泊まっているバンガローの一室・・・、
紅い髪のステラは荷物をまとめ、
日が傾くのを待っていた。
既に小船は見つけている。
オール一本でも、
近くの島までたどり着けばなんとかなるだろう、
とにかくこの島からすぐに出るんだ・・・
それしか考えていなかった。
すぐに島を出ても良かったのだが、
カーリー達に雇われている、島の用務員に見つかる事を警戒していたのだ。
ステラは同室のパートナーへの別れの手紙を書いていたが、
不意に誰かの視線を感じ、ハッとして顔を上げた。
どうやって!?
・・・部屋の戸口にはルキが立っていた。
扉が開いた気配はなかったのに?
「ル・・・ルキさん? どうして・・・!?」
「・・・ステラ、どうしたんだ?
実習を休むのか?」
「あ・・・え・・・その・・・!」
慌てふためくステラにゆっくりルキは近づく。
サングラスをしているので、
ルキの視線がどこへ向いてるか判断できなかったが、
彼はステラの書いていた文面を読み取っていた、
「・・・お詫びと励ましの手紙か・・・、
律儀なんだね、君は。」
「あ、これは!」
反射的に紙をくしゃくしゃにするがもう遅い・・・。
「残念だ・・・
もう少し頑張る女の子かと思ったけど・・・。」
「ごめんなさい!
もう怖くて耐えられません!
お願いです、ここから帰して下さい!」
ステラは泣き出し、
しまいにはルキの胸にカラダを預け始めた。
ルキの視線の先には豊満な谷間がある。
ルキとステラのカラダの間でひしゃげた「それら」は、
まるで遠慮するなとでもいうようにそのボリュームを男にアピールする。
「怖いんです・・・、
こんなとこもう耐えられない・・・。」
ルキは表情こそ変えないが、
そっと左手でステラの頬を撫で、優しく語りかけた・・・。
「ほら、泣くのをやめて・・・、
可愛い顔が台無しだよ・・・。」
「グス・・・ルキさん・・・。 ウッ!?」
プシュッ、
という乾いた音と共に、ステラの口から小さな嗚咽が漏れた。
ルキの右手には、
サイレンサー付きの拳銃が握り締められていたのだ・・・。
「・・・女の武器を使うことは結構だが・・・、
相手にそれが通用するかどうかは考えないとな・・・。
さて、あと二人か・・・。」
ルキは部屋を出た後、
島の清掃係に電話で指示を与える。
ステラの後始末だろう。
その後、カーリーにも連絡を取っていたようだ。
ルキは事前に予告したとおりに、
ほぼ30分で元の場所に戻ってきていた。
受講生達に、
どこに行っていた等の説明はない。
訝しがるものもいたが、
彼は演習に関係ない質問は受け付けない。
杓子定規に席を離れた事への侘びを口にするだけだ。
元々、ルキに限った事でなくマルコにしても、
受講生達には、
各自の能力に見合った課題と解決方法を提示している。
その教え方はハードではあるが、
受講生達には納得しやすい教え方なため、
これまで、教官である彼らに反発する受講生はいなかった。
しかも、カーリーの方針が徹底されていて、
必要以外のところでは、
決して受講生に甘い顔を見せてはいけない、
という態度が貫かれているので、
妥協や馴れ合いと言ったものは一切ない。
真剣に学ぼうとする者にとっては、
指導者としての彼らは、正味ありがたい存在であった。
メィリィもナターシャも、
マルコに気は置けないが、彼からは様々なテクニックを学んでいた。
だが講習が終わると、
各自、現実に気づいて背中を凍らせる・・・。
ディナーの頃にはまたしても恐ろしげな噂が広がっていくのだ。
そう、
既にマルコ班は残り4人、
ルキ班は3人、ネロ班2人、
カーリー班変わらず2名・・・と、
最初の半分近くにまで参加者が減っていたのである。
・・・食堂はまるでお通夜だ。
シェリーは恐怖で口も聞けず、
ナターシャ、メィリィは、
緊張と疲労でムダ口を叩く余裕がない。
ローズはローズで、
ラブゥの遭遇した黒服の女のことが頭から離れないようだ。
・・・まぁ、ローズだけが、
受講生の数が減ってっていることなど、
どうでもいいと思っているのだが・・・。
果たして彼女たちは、
残りの日数を無事に過ごせられるのだろうか・・・?
ローズは春巻きをほおばった。
あれ?
5日目これで終わり?
そして次回からいよいよ彼らが。
物語も本番です。