2日目の5 カーリーの講義 続
説明回はこれで終わりです。
カーリーは静かに話を続ける。
「・・・多くの・・・
多くの神話や物語はそれを伝えてきました。
人間が生まれて間もない頃、
ある事件の為に、地上に『魔』が生まれました。
そしてそれは、初めの女性を恐ろしい死神へと変貌させ、
大勢の子供達の命を飲み込み始めた・・・。
最初の女性は、
冥界の女王となり、世界各地で様々な名で呼ばれるのです。
極東の島国が伝える国生みの女神・・・
南海で伝わる死の女王・・・
地中海には、冥府の神に引きずり込まれた少女・・・、
・・・そして地上と冥界に境が出来た後は、
様々な魔性の女達が、
その使命を全うしようと現われたのです。
貴方達もご存知でしょう?
ユダヤ・キリスト・イスラムの宗教で、
女性がどんな扱いを受けてきたか・・・。
女性そのものが、
悪魔に一番近い存在だと伝えられてきた歴史を。」
ここでカーリーは、
一息入れて自嘲気味に笑う。
「・・・フフ、誤解しないで下さいね、
別に時代遅れのウーマンリブでもありませんので。
先程の哀れなパメラのように、
男性に異様な憎しみを持つ方もいらっしゃるとは思いますが、
それも私たちの関知するところではありません。
それに、過去において男達が、
魔性の者を弾圧したのも無理なからぬことではあると言えますから。
もちろん濡れ衣や、
不当な扱いを受けた女性のほうが、
圧倒的に多いのも事実なんですけどね?
・・・ここで私が強調したいことは、
あなた方がメリーを目指すには、
その根源的な死の恐怖を、
対象者に与える事が出来る力を手に入れること・・・!
それが必要だという事です。
メリーは戦士でも殺し屋でもありません。
メリーとして要求される事は、
対象となった者を恐怖の深淵に導く事なのです。
・・・メリーとは恐怖を与えるもの・・・、
その為には、
聖なる女性という器を体現している事が大前提・・・
まず、この点は皆さん問題ないですね。
それでは次のステップです。
皆さんにまず、メリーの本質を理解していただいた上で、
あなたがたに身につけていただくもの・・・
それは『美しさ』です。」
今度はナターシャがいぶかしがる顔をする。
「美しさ?」
「そう、美しさです。
ただそれは、
容姿とか体型とかファッションではなく・・・、
ま、勿論みなさん女性ですからね、
そこのところは多かれ少なかれ、
美しくありたいとは思ってらっしゃるでしょうけど、
大事なのは『スタイル』です。
あなたがたが何故、他人の命を奪うのか?
いかなる方法にて命を奪うのか?
そこにあなた方の生き様というか哲学というか、
一つの美しいスタイルを確立して欲しいのです。」
ナターシャは続けて尋ねる。
「それがさっきまでのメリーの本質とどう関わってくるんだ?」
「メリーという存在は、
神話の時代よりの恐怖の伝説が、
さらなる恐怖を産み出して今日に至ってます。
町のどこかで、
時々新聞を賑わす猟奇殺人とは一線を画すべき存在です。
実際にメリーに必要なのは、
殺害に至るまでの過程の恐怖だけでなく、
常日頃から、
社会に恐怖の素地を蔓延させてなくてはなりません。
それらが相乗効果を織り成す事によって、
殺される者の恐怖が高まるのです。
従ってメリーには、
特定の行動パターン、
特定の殺害方法、特定の癖、嗜好、能力、
あなた達、個人個人のスタイルで結構ですが、
一つの流儀を貫いて欲しいと思います。
・・・これが一つの理由。
もう一つは、外見的な美しさも影響しますが、
女性の象徴であり、特権とも言える筈の『美しさ』と、
また、命を産み出すはずの女性が、
『死を与える者』に転じてしまう不条理さ、
この両者のギャップからなるイメージが、
さらなる伝説を作り出すと考えるからです。」
既にほとんどの受講生が、
カーリーの話に飲み込まれ始めていた。
彼女達の持つ、これまでの漠然としたイメージのメリーが、
明確な姿を現わし始めたからである。
カーリーの言葉には、
「神話」「伝説」「美しさ」「流儀」など、
彼女達の自尊心をたくみにくすぐる要素が紛れ込んでいた。
もはや、受講生の彼女達にとって、
メリーになることは、
「選ばれたお姫様」を目指す事と大差がないものであるのに違いない。
それでもシェリーなどは、
まだ冷静さを保とうと、
自分の心に沸きあがるメリーへの憧憬に、
自分自身が飲み込まれる事を必死に拒んでいた。
「あ・・・あの、
先程からお話を聞いていて・・・
メリーに恐怖が不可欠というのはわかるんですけど・・・、
カーリーさん、あなたの話からだと、
まるで社会に恐怖をもたらすことが目的のようにも思えるのですが・・・。」
・・・カーリーの黒い瞳が見開いた。
黒衣のカーリーは、
ゆっくりとシェリーの席に近づく・・・。
「あ? ・・・えっ!?」
カーリーはその見開いた目のまま、
表情も変えずにシェリーの目の前までやってきた。
再びシェリーの心が恐怖で覆われる。
カーリーはシェリーの顔の10cm程までに近づき、
背中をそらして怯えてしまう彼女の頬を撫でた・・・。
「フフッ、シェリー・・・、
怯えなくていいのですよ、
あなたは本当に賢いわね?
そうですね、
最初にナターシャにも、
私たちの目的を聞かれていましたものね?
でもね、
少なくとも・・・メリーによって行われる殺人による社会不安など、
政治的や軍事的に見れば、大したレベルではないのではないですか?
・・・そうでしょう?
確かに、あなた達がどこかの権力者やマフィアなどに利用されるなら、
話は違ってくるかもしれませんけど、
前提としてメリーは自分の意思で動くフリーの存在。
政治テロや内戦に繋がるはずもないでしょう?」
「は、はい・・・え?
じゃ、じゃあぁ・・・?」
実際シェリーが頭に浮かべていたのは、
傭兵組織黒十字団が、
政情不安や内戦につけこんで、
その利益を得る事ではないか、と考えていた。
だが、
カーリー達の目的はそんなことではなかった。
「本当の目的は・・・
理解してくれないかもしれませんけど・・・、
私たちの信仰の問題なのですよ。
あなた方がメリーとして、
多くの人間の命を奪う事は・・・、
私たちの教義では魂の救済に繋がり、
神の御心に叶う・・・。
つまり、私たちとメリーの関係は、
互いを拘束しないギブアンドティク・・・
そう思っていただいて欲しいのです。」
その後カーリーは、
シェリーのカラダから離れた。
だがシェリーはまたもや怯えてしまい、
顔を上げる事ができない。
メガネがずれそうになって、
ようやく顔をカーリー以外の方向へと持ち上げた。
一方のカーリーは、
教壇の方へ戻りながら、再び涼しげな笑い顔を浮かべ、今後の予定を話す。
「・・・さて、
午前の部はそろそろお終いにしましょうか?
お昼休憩を挟んで、
午後は皆さんの適性試験となります。
さっきも言いましたけど、
あくまで素質や考え方を把握するためですので気楽に受けてください。
それと、明日の午前中も私が担当ですが、
過去の伝説となったメリーのお話をしようと思います。
皆さんの参考になるでしょうしね?
鏡の中に潜む血まみれの美女、
海岸で歌声を発して、男達を惑わした少女の言い伝え・・・、
森に潜んで、夜、家々を廻っておなかを切り裂いていく魔女の物語、
男達の性器を食いちぎる狂女の話・・・、そういった予定を組んでいます。」
丁度その時、マルコが帰ってきた。
「たっだいま戻ったぜぇ~。」
「あら、遅かったですわね?
いったい今まで何を・・・
いえ、言わなくて結構です・・・。」
カーリーはあからさまに不快な表情を示した。
何かを察したのだろうか・・・?
「ヒゲのおじちゃん、なにしてたの?」
たまたま出入り口が、ローズの座席の近くだった為、
彼女はヒゲのマルコを見上げて無邪気に尋ねる。
マルコは元来、陽気な性格なので、
こういう無垢な子供は大好きだ(変な意味ではなく)。
だが、彼が遅れた行為は十分に異常と言える嗜好のせいらしい・・・。
「ハハーッ? ごめんよ、お嬢ちゃん!
教えてあげたいのはやまやまなんだが、
それを言うと、あの黒いおば・・・
お姉さんが怒るんだよぉ!
もうちょっと大きくなったら教えてあげるよ!」
ローズはつまんなそうな顔をしたが、
カーリーの顔は本気で怖そうな表情になっていた。
所定の位置に戻ろうとしたマルコに、
ルキがぼそっとつぶやく。
「まったく・・・よく死体とできるな?
大したもんだよ。」
「ま、確かに叫び声があったほうが燃えるんだがよ・・・!」
「ルキ! マルコ!」
二人を一喝した後、
カーリーは再び受講生のほうへと向き直り、
「午前の講義は終了です。」
と、涼しげに挨拶をして話を締めくくった。