2日目の2 黒十字団
その時の、
うつむいたカーリーの表情は本当に残念そうだ。
どこまで本気なのだろう?
「ああ、それと。」
カーリーは言葉を続ける。
「ご質問は自由ですが、
いかなる理由があろうとも私たちに攻撃を行ったら・・・
おわかりですね?
受験生の数が一人、減ることになりますので・・・。」
シェリーは、
怯えながら礼を言って着席した・・・。
他にも質問したかったのだが、
カーリーの言葉に完全に萎縮してしまったのだ。
・・・だいたい、
受験生の過去を、
何故そんなに詳しく調べ上げているのだ?
自分の事も・・・
メィリィやローズや、
この場にいる全員の情報をおさえているのだろうか?
それに、この人たちは、
人の命をなんとも思っていない・・・、
いや、
それはメリーを目指すには誰でも当たり前のことだ。
・・・落ち着けシェリー・・・
これが当たり前の世界なんだ・・・。
シェリーは必死で気持ちのコントロールを行おうとしていた・・・。
「さて、自己紹介を再開しましょうか、
次はネロね、お待たせしたわね、どうぞ?」
カーリーに促されてようやく次の男が前に出た。
眼光は鋭いが、
ワイシャツにネクタイをしめた小柄な男だ。
「えー、皆さん、初めまして、
ネロと言います。
・・・先程の男ほど乱暴ではありませんのでご安心を・・・。」
呆れるぐらい普通の男だ。
一体、どんな役割を持っているのだろう?
そして三人目・・・。
「よろしく・・・、ルキです。
本職はハンターです。」
彼は薄いサングラスをかけ、
かぶりタイプのワンピースに、
腰布をベルトのように巻きつけている。
足元はサンダル・・・、
どこかの民族衣装だろうか。
再び司会をカーリーが務める。
「さて、それでは全員の紹介が終わった所で、
これからの講義内容をお話させていただきます。」
「ちょっと待ってくれ・・・。」
またもや、受験生の中から手が挙がった。
「あたしにも質問させてもらえるかな?」
「・・・どうぞ?
あなたはナターシャ・・・でしたわね?」
上背も高く、
肉付きもガッチリした女性が立ち上がる。
怯えた様子は全くない。
メィリィ達に、
一緒に船に乗っていた記憶は無い・・・、
恐らく、別便でこの島にやってきた一人だろう。
「・・・あたしは、
いやあたし達は『メリー』の力を得るために来た。
そのために死のリスクもあることは理解できる・・・。
既に、戸籍もなくなった・・・。
だが、それだけかい?
講義を受ける前の今だから聞きたいんだ。
あんた達が求めるものは何なんだ?
あたし達を『メリー』にすることで、
どんなメリットがあるんだ?
条件や制約があること自体は構わないが、
契約の前には事前の説明が必要だろ?
・・・傭兵組織『黒十字団』・・・
それが何でこんな物を開催しているのか・・・?」
にわかに受験生が騒がしくなった。
ナターシャの問いは、
シェリーをはじめ多くの受験生が知りたかったことでもある。
そして傭兵組織「黒十字団」の関与は、
一部の人間以外には衝撃的な事実でもあった・・・。
カーリーは、
二、三歩あるいてからゆっくりと答える・・・。
「仰る事は理解しました。
・・・ほとんどは、
これからの講義で明らかにしようと思いましたが、
まず、
誤解があるところからお話します。
・・・『黒十字団』は、
この試験には一切関係ありません。
ただし、噂も完全に間違いではないのですがね・・・。
というのも、
このイベントの運営は、
黒十字団党首の自費で行われています。
それと、
私も、黒十字団所属ですが、
立場は・・・そうですね、
民間会社なら平取締役、というところでしょうか?
内部では大した仕事は任されていないのですよ。
個人的に、党首の私的事業にお手伝いさせてもらってるだけです・・・。
あ、ネロは黒十字団からこちらに出向してもらってますね。
マルコもルキも、
党首の個人的な繋がりでこちらで仕事をしているのです。」
「・・・それは『メリー』と『黒十字団』の間に、
繋がりはない・・・と解釈していいのか?」
ナターシャはさらにカーリーに問う。
「そうです。
ご存知のように、
黒十字団は合法的な民間事業の傭兵部隊・・・。
殺し屋斡旋事業はおろか、
法に触れるような行為は推奨していませんので。
ナターシャ・・・
あなたも某民族独立組織に身を置いていたなら、おわかりですよね・・・?」
ナターシャは、
カーリーの言葉どおり、某国の反政府系レジスタンスの一員だ。
故に、血生臭い情報や、
軍事的な知識は入手しやすい環境に身を置いている。
カーリーは全てを見透かしたように話を進めた。
「それと、黒十字団も私たちも、
メリーとなったあなた達には、
何の拘束や義務も要求しはしません。
とくに、ナターシャ?
あなたの知りたいのはそこでしょう?
いくらメリーの力を手に入れても、
自分の出身団体に敵対する事になっては意味がない・・・、
自分達の目的を他人に利用されてはたまらない・・・、
そんなとこでしょうか?
大丈夫、
良くも悪くも、メリーとなったら、
私たちとあなた方は一切、無関係・・・。
あなた達が誰を殺そうが、
またどこで野垂れ死のうが、
当方では一切関知しません。
以前、私たちのこういった試験で、
メリーとなった者は他にもおりますが、
彼女達が、
今現在どこでどうしているかは、
詮索する気もありません。」
その答えは、
ナターシャにとって満足いく回答だったようだ。
「それが知りたかったんだ、
ありがとう。」
ニッコリ笑って礼を言う。
「いいえ、どういたしまして。
それよりどうぞ、お座りになって?
他の質問には、
これからの講義で順を追って説明いたしますから。」
・・・和やか・・・
とは決して適当な表現ではないだろうが、
ある意味、ようやく落ち着いた空気になったと言えよう。
プレハブの雰囲気と、
カーリーの物静かな語りは、
南国の普遍的な学校のイメージに近いかもしれない。
・・・マルコがいなくなったせいかもしれないが・・・。
だが、もし仮に、
無関係な人間がこの場を覗いてしまったならば、
受講生達の、
雑多で異様な格好と、講義内容の異常さに、
度肝を抜かれてしまう事は間違いないだろう・・・。