七話:長老との対談その弐。
吾輩は、冬将軍である。
永き眠りから目覚めた吾輩の前に、二人の村人が現れた。彼者らから、長老に会って欲しいと懇願され、快諾する。
そうしてようやく、村に到着したはずだったが、目の前にそそり立つのは巨大な雪の壁。
どことなく隠れ里の様相であり、村人も“里”と呼んでいた。
さらには、里の姐御的存在であるキツネ女が現れて、夜這い宣告までされた。しかも人妻で子沢山な様子。
そんな中、キツネ女の子供と思しき二人、赤葉と青葉が現れる。彼者らは、今朝の地震で被害に遭った場所を応急処置する為に、里中を回ってるらしい。
長老と、その息子である里長に対面した吾輩は、話の流れから迂闊にも名乗ってしまった。吾輩を祀ってきた里のまとめ役であれば、その氏素性など分かっていて当然だと思ったのだが、そうではなかったらしい。
吾輩の正体は極秘にすべきものである為、変に騒がれたくはない。だからこそ、吾輩は必死にごまかしたが、しかしながら、二人の親子は、ついにそれにたどり着いてしまうのだった。
まだだ、まだごまかせる――ぞ。
「おぉぅ、吾輩……、永らく眠っていた故……、名前を間違えてしまったようだ。本当の名前は、氷戸……っ、とっ、俊み……っ、俊通と申すのであった。はっはっは……っ」
火箸は長老が持っている為、吾輩は右手の人差し指を囲炉裏の灰に突っ込んで、真名【漢字】をぐりぐりと書いた。
されど、長老親子の耳には届いていない様子――。
「父上……、端ヶ谷の守り神様の御名は何も伝わってはおりませんが……」
「もしもじゃ……っ、鎮西の守り神様と同じであればじゃ……っ」
そう――、
畏れ多いので、下手な偽名など、付けられないであろう。
同じ“守り神”でも、一方は宸世に多大な影響を与える名を持ち、もう片方は名すら持たない。そして今朝、目覚めたばかりの守り神は、うっかり本名を漏らした――と。
うむ、辻褄はあってしまうな――。
それにしても、繰り返すようだが――、
吾輩を守り神として祀ってきたのであれば、いくら極秘にする事情があるとはいえ、それを管理する立場の長老や里長にまで、何故に氏素性を伏せられて来たのであろうか。なかなかに気になる所ではある。
こうなれば、変にごまかすよりも、本当の事情を正直に話してしまった方が良いかも知れん。“鎮西の守り神”から強く口止めされれば、さすがに騒がれないだろう。
「やれやれ……、そなたらの想像通りであるぞ。吾輩こそが、鎮西の守り神と云われておる、正一位鎮守征討大将軍の評 利光だ……」
――吾輩は観念して、正式な名乗りを上げるのだった。
正一位は宸世における最強を表す官位。鎮守征討大将軍とは、いつしか形骸化されてしまった臨時の官職だが、吾輩が任じられて以来、永久名誉職となる。
寒波や冷気によって戦場を冬景色にする戦いが得意だったので、その能力と官職を合わせて、いつの間にやら“冬将軍”と呼ばれるに至ったのだ。
「はっ、ははーっ、とっ、とんだ御無礼を、致しましてござりまするううううううっ」
「この虎次郎っ、一生の不覚でござるっ」
「これこれ……、吾輩はすでに世を捨てた身。そのように畏まるでない」
自らのわがままで守るべき故郷と民を手放し、しかも、再びその立場に戻る気すらないのだ。本当に、本当に――、心苦しい限りである。
「ちと深い事情があってな……っ、もはや政には関われない身の上ではあるのだが、吾輩がこのような北の果てで眠りについていたと、もしも宸世中に知れ渡ったとしたら、どうなってしまうであろうな?」
そう――、
吾輩という存在そのものが、あらゆる方面への抑止力なのだ。
吾輩が居なくなる事で、今まで築き上げてきた鎮西【地方】の統治体制である所の鶴城幕府が瓦解し、理不尽な暴力によって民草が踏みにじられるのだけは、さすがに忍びなかった。
故に――、
しっかりと“影武者”を仕立て上げてから、眠りについたのである。
「それはその……、あれですじゃ……、たちまち周辺諸国によって、侵略されていたのではありませんかな?」
「父上、内乱が起きてしまう可能性もありますぞ?」
「そう……、その通りであるのだ。だから……っ、くれぐれもこの事は内密に頼むぞっ」
と――いう訳で、変に騒がれないよう、吾輩は釘を刺す。
そういえば、冬将軍は御年三百歳と言っておったが――。
吾輩が眠りについたのが百八十歳を過ぎた頃なので、冬将軍――つまり吾輩が三百歳であるなら、ざっと百二十年が過ぎ去った計算になる。
そのような途方もない時間を経て現在もなお、鶴城幕府が無事に存続し、この鎮西【地方】に住まう民草達が平和に暮らしているなら、開祖冥利に尽きる――というものだ。
「なるほど……ですなぁ、これですべて得心がいきましたぞ」
長老は、白く長い髭をさすりながら、深く――、深くうなずいた。
そして――、
ここ、端ヶ谷に伝わる長い長い、昔話を話してくれたのであった。
* * *
おそらく、まるまる一刻【二時間】は、過ぎ去ったであろうか。この里に到着したのが、巳の正刻【約十時】ぐらいだったから、現在は午の正刻【正午】あたりかな。
では――、長かった長老の話を要約するとしようか。
まず、端ヶ谷の“守り神”については、まさに降ってわいたような話である。
ある日突然、長老のジジ様は天からの啓示を受けた。
宸世を変える“お宝”と、それを守護する名も無き“神”を崇め奉り、その存在を秘匿すべし――とのお告げであったようだ。
ただ、長老が言うには――、
ジジ様は、宸世を変える“お宝”と、それを守護する名も無き“神”の正体が吾輩――冬将軍であるのを知っていたのではないか、との事。
それを示唆する事件が起きたのは、現在より――およそ百十年前になる。
鎮西【地方】の東に広がる海から、荒くれの海賊どもが上陸する。
恐れを知らぬ大悪党として知られた奴らは、宸世を変える“お宝”を手に入れるべく、ここ端ヶ谷にまで攻め入ってきたそうだ。
ジジ様は、里人をすべて逃がし、その身一つで、海賊どもと対峙した。
当然ながら、多勢に無勢――。
しかし――、海賊どもに決して憶する事なく、大太刀を振り回して勇猛果敢に戦い切ったそうな。
そんなジジ様は、里人を逃がす時、こう――、つぶやいていたらしい。
“ワシは何としても、鎮西を守るのだ”――と。
それ以来――、
代々の長老に伝えられるべき隠れ里の真実は途絶えたようだ。
宸世を変える“お宝”については、一切が不明のまま――。
それを守護する“守り神”が御安置されている場所と、御使いとして“雪だるま”を供えるべし――とだけ、伝承されているらしい。
とどのつまり――、
主はあくまでも、宸世を変える“お宝”で――、“守り神”は従。
それが故、里人の“守り神”に関する扱いがぞんざいであるというのだ。甚だ理不尽な話だと思うが――な。
だがしかし――、“守り神”の正体は冬将軍であった。
宸世を変える“力”を持ち、こんな北の果てに居る事実を、絶対に明かしてはならない存在。
すなわち、“お宝”と“守り神”は同一である。
それで、長老はすべてに得心がいった――という訳なのだ。
――ふむ。
なるほど――な。
「長老殿、そのジジ様の名を、聞いておきたいのだが……」
今の今まで、誰にも知られる事なく、歴史に埋もれてしまった英雄の名を、吾輩は無性に知りたくなったのだ。
「はい、北峨谷 信八と申したそうですじゃ」
当然ながら、囲炉裏の灰を火箸で突き刺し、真名【漢字】を書く事も、長老は忘れない。
「そうか…………。吾輩は、忠勇義烈の士である信八の名を、“生涯”忘れぬよう、魂に刻んでおこうぞ……」
吾輩は一言一句、敬意を込めて、口に出した。
それに対し、静かに居住まいを正した長老親子は――、
「ははーっ、有り難き幸せに存じ奉りまする。我がジジ様も、草葉の陰で喜んでおりましょうぞっ」
「………………ござる」
最大級の返礼として、土下座するのだった。
【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語です。
有り難いの表記は、読んで字のごとく、有る事が難しいの意味を強調――、敢えて漢字にする事で、ありがとうの最大級を表現したつもりです。