五話:赤葉と青葉。
吾輩は、冬将軍である。
永き眠りから目覚めた吾輩の前に、二人の村人が現れた。彼者らから、長老に会って欲しいと懇願され、快諾する。
そうしてようやく、村に到着したはずだったが、目の前にそそり立つのは巨大な雪の壁。
どことなく隠れ里の様相であり、村人も“里”と呼んでいた。
さらには、里の姐御的存在であるキツネ女が現れて、夜這い宣告までされた。いつの間にやら、吾輩の貞操が危機を迎えているではないか。
さてはて、どうなる事やら――。
さぁ――、
「お二方、参ろうぞっ」
吾輩は、面倒事を振り払うように、二人の里人に先へ進もうと促したのだった、が――。
「かあちゃん、手伝いに来たよーっ」
その時――、
明らかに別の声が聞こえ――、
真っ白い雪壁の向こう側、つまりは杉林の方から人が歩いてくるのが見えた。
――深緑の直垂【平民の普段着】を纏った人間の少年と、その肩に乗った赤毛の子ギツネであった。
少女のような甲高い声を発したのは、子ギツネの方である。キツネ女とよく似た“怪の力”を感じる事から、親子のもののけであろうな。うむ、間違いあるまい。
「赤葉ーぁ、だぁーれが、かあちゃんだぁーい?」
心なしか、親子であるはずの、二人の表情が、引きつっているように、見える。
何であろうか――、この居心地の悪さは――。
まるで、空気が凍り付いたかのような――。
「あ……っ、おっ、お姉ちゃんっ、手伝いにきまちたっ」
「赤葉はあれだね……、ウソを言う時は舌っ足らずになるんだ……、という事は要するにだね……」
「青葉うるちゃいっ」
赤毛の子ギツネが尻尾でペチッと、少年の頬を叩いて黙らせた。
話の流れからして――、
声変わりがまだらしい少年の名前は、青葉というらしい。気配からして人間である。
舟形烏帽子【平民の烏帽子】から漏れた髪は茶色で、まだまだあどけない顔付きに、小柄な体型をしている。
ただ――、違和感があるのは、彼者が佩いている小太刀。左腰の一本だけでなく、右腰にも一本、吊るしているのだ。
ふむ――、
果たして、どんな戦い方をするのか。皆目見当が付かん。もしかしたら、一本ずつの小太刀を、両手で同時に使うのだろうか。
とりあえず、宸世でそういう話は聞いた事がないな――。
その一方で、赤葉と呼ばれた子ギツネは、母親のように人間には化けれないようだ。もののけとしては、まだまだこれから――、といった所か。
「か……っ、おっ……、お姉ちゃんっ、どうちよっか?」
「かあさん、地震で壊れた家の代わりにする、人数分のカマクラは作ったよ……?」
あたふたと慌てるだけの赤葉とは対照的に、腕を組みながら至って冷静に状況を説明する青葉。しれっとかあさん呼ばわりする事から、なかなかイイ性格しているようだ。
――ん?
ひょっとして、人間である青葉も――、親子関係にあるのだろうか?
キツネのもののけから人間の子供が生まれる事例も、確かにあるが――。
まぁ――、詮索しても仕方ないか。
「じゃあ、とりあえずは……、壁の裏を見ておくれよーぉ」
「うん、分かったーっ」
母ギツネの要望を即座に応えるべく、青葉の肩から飛び降りた子ギツネの赤葉は、弾け飛ぶように壁を駆け登ってゆく。
そして、よく見ると、雪壁の裏側は急傾斜の坂になっていた。
確かに――、表裏が垂直の壁よりも、それの方が安定しそうな造りである。
「あーっ、ところどころにヒビ割れがあるよーっ」
「青葉と一緒に、直していきなーぁ」
「あいあいさーっ」
「心得た……」
こうして雪壁は、このキツネ一家の手によって補修されてゆくのだろう。
――さすがに、いつまでもそれを眺めている訳にはいかないので、吾輩達は長老の住居を目指して歩き出した。
それにしても――、
里をすっぽり覆い隠せるほどの雪壁に、その裏に広がる人工の杉林――。
まさに隠れ里、そのものではないか。
何故に――、そうする必要があるのかは分からんが――、
とにかくは、長老の話を聞く事が先決だろうな。
そういえば――、
青葉と呼ばれていた少年の言葉通り、里の建物があちこちで崩れている。
それらの被害から察するに、よほど大きな地震だったらしい。
吾輩の目が覚めてしまったのも、おそらくはその地震のせいか。
なんと、はた迷惑な話であろう――。
まぁ、あれだ。
これも縁と思って、流れに身を任せてみるのも有りだな。
「さぁ、着きましたぞ」
「どうぞ、お上がり下さい」
あれこれ考えをめぐらせる内に、長老の住まいに到着したようだ。
まずは、丸太で組まれた階段が見えた――。高床式の住居らしい。
「……うむ、大儀である」
吾輩は、音も無く、すぅっと降り立った。両足の毛沓【鹿や猪などの皮で出来た靴】で雪を踏む。
実は――、雪上や氷上でないと身体を浮かせられないのだ。
だから、丸太の階段には自らの両足を使って進む必要がある。
ただ、久方ぶりに足を動かすので、もつれて転ぶかも知れん。守り神である以上、無様な醜態を晒す訳にはいかんだろう。
――では、どうするか。
一歩ずつ慎重に、着実に、気を付けて登ってゆくしか、あるまいな。
「では、参ろうか……」
吾輩は、慎重に一歩を踏み出し、その果てに――、
何事もなく、玄関の前に到着したのだった。
玄関の木戸は両開きの扉になっており、
「さぁさぁ、どうぞお入り下さい」
吾輩を先導していた二人が、それぞれの扉に手をかけ、押して開ける。
いよいよ、長老との御対面である――。
【 】内は現代語訳、“ ”内とかあさんの表記は強調単語、重要固有名詞であるもののけの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為です。