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冬将軍、南進す! ~猛吹雪もののふ無双~  作者: 嵯峨 卯近
<第一部・序章> 永き眠りから覚めし冬将軍。
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四話:キツネ女に狙われる。

 吾輩わがはいは、冬将軍である。


 原因は不明だが、永き眠りから目覚めた吾輩わがはいの前に、二人の村人が現れた。

 彼者かのものらから、長老に会って欲しいと懇願こんがんされ、吾輩わがはいは快諾する。

 そうして、彼者かのものらに先導されながら村へ向かう途中で雪崩なだれに遭遇そうぐうするも、吾輩わがはいの力でそれを真っ二つに割り、事無きを得たのだった。


 さてはて、どうなる事やら――。




 あれから歩き続けて、半刻はんこく【約一時間】が過ぎた頃、ようやく谷の奥に着いた。日の高さから、正刻せいこく【約十時】あたりであろうか。

 もちろん、吾輩わがはいはずっと浮いており、二人が汗だくになりながら進むのを、ただただながめておっただけだが――。



 確か――、流れからして――、

 我らは、村を目指していたのではあるまいか。


 だが、何も無い。

 ――目の前に広がるのは、真っ白い雪の壁。



 そう、雪の壁なのだ――。






 ふむ――、

 遠くからパッと見ただけでは――、本当に何も無い雪だけの谷であるのだが、こうして近付いてまじまじとながめれば、なるほど不自然だ。


 ――おや、

 雪だけで出来た壁だと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 表面を触ってみると、氷のように固かったのだ。


 おそらくは――、雪の表面を熱で溶かしたか、如雨露じょうろでやさしく水をかけたりして、あとは極寒の外気で凍らせたのであろうか。


 続いて――、

 そんな雪壁の背後には、一列ずつ、きれいに立ち並んだ杉がある。

 整然としている事から、村人の手で植えられた人工林であろう。

 さらには、これら杉の高さと雪壁が、だいたい同じ高さだったりする。



 以上の事から、次のような推測を立ててみよう。


 雪壁のしんとなる部分は、一列に並べられた杉である。

 そこに、四角に固められた【ブロック状の】雪を積んでゆき、杉を完全におおいつくす。

 最後の仕上げは、崩れないように表面を凍らせる。


 さすれば――、村一つは余裕で隠せる規模の、巨大な雪壁の出来上がりだ。






「おかえりーぃ」


 声のした方から怪配けはいが――。

 振り向けば、頭の上からキツネの耳がぴょこんと出た、村人らしき女の姿があった。

 間違いなく、もののけ(●●●●)であると、断言しよう。


 何故なぜなら――、

 奴らは、“ちから”という物を必ず持っており、吾輩わがはいはそれを感じる事ができるのだ。

 もちろん、ただの人間には絶対に持ち得ない代物である。



「おぅ、ただいま、帰ったー」

「守り神様をお連れしたぞぉ」


 吾輩わがはいを先導していた二人が、それぞれこたえる。


 しかし――、

 ここに来て、初めて耳にした単語である、守り神――。

 吾輩わがはいの事であろうか――。



「へーぇ……、あんたが……、守り神かい?」


 キツネ女は、吾輩わがはいを上から下まで値踏みするように、つぶやいた。

 やはり、守り神とは、吾輩わがはいの事であったか――。

 あながち、間違ってはいないのだが――なぁ。



「もっと、お顔を、見せとくれよーぉ?」


 おもむろに近寄ってきた、このキツネ女――、


 足運びや身のこなし――からして、


 なかなか――に、できるようだ。



 年のころは、見た目としては二十代前半であろうか。

 当然ながらもののけ(●●●●)であるからして、実際のよわいは不明だ。


 あと、女にしては背が高いだろうか。男の吾輩わがはいと大して変わらない背丈せたけだ。

 横幅は――、着ぶくれしているので、本当の体型は分からん。


 ただ言えるのは、人間に化けている時点でも相当な実力者だ。

 人間に化ける事のできるキツネは、実は、半分もいないらしいからな。



「じゅるり……、いい美少年じゃないかーぁ……っ」


 一気に――、不穏な流れになった。

 このキツネ女、よだれをぬぐいおったぞ。しかも、口からき出した白い息が、先ほどよりも大きくなってきており、荒い――。



「この烏帽子えぼしかられる、さらっさらのきれいな銀のかみーぃ。氷のように青くりんとした目つきーぃ。それでいて線の細い、女の子にも見える面立おもだちーぃ。神秘的な白雪しらゆきはだ華奢きゃしゃな体付きは、とても男の子には思えないよーぉ」


 吾輩わがはい引立ひきたて烏帽子えぼしを、がっしりと両手でつかんで、顔を近付けるキツネ女。恍惚こうこつな表情を浮かべながら、うんうんうなっている。


 ちなみに、引立ひきたて烏帽子えぼしとは、白い布の鉢巻はちまきが付いた烏帽子えぼしで、後ろで結んで頭に固定する。主に、かぶとの下に着用する、軍用の物である。


 吾輩わがはいは――、

 常在戦場の精神の下、何時いつ如何いかなる時も素早く戦えるように、烏帽子えぼしと足回りは軍装にしているのだ。



 しかし――、

 それにしても――、

 この状況は何とかならないのか――。


 先ほどから、キツネ女の荒くも白い吐息といきが顔にかかって、身の危険すら感じるのだが――。



「やめてくださいよ、ねぇさん。長老に怒られますよ」

「そうですよ、こう見えても、我らが里の守り神様ですぞ」


 こう見えても、という言葉に何かひっかかりを覚えるが、吾輩わがはいは昔から美少年と言われてきたのは確かだ。そういえば、人攫ひとさらいのたぐいに襲われたのも何度かあったな。


 あと、このキツネ女。村――、いや里と言っておった中では、姐御あねご的な存在のようだ。まぁ、口のき方からして、そんな感じではあるがな――。



「チッ……、冗談に決まってんじゃないのさーぁ」


 そう言ったキツネ女は、心底口惜(くちお)しそうな表情で、吾輩わがはい烏帽子えぼしから手を離した。

 理不尽ないましめから解放された吾輩わがはいは、素早く間合いを取る。


 ――とりあえず無事に済んだようだ。

 もし、このキツネ女が、吾輩わがはいかみや肌を触っていたら、面倒な事になっていただろうな。



ねぇさんの冗談は、いつも本気じゃないですか……」


 うむ――、

 即座に切り返す村人の言葉に、吾輩わがはいは思わず心の中で同意した。

 さっきの舌打ちが、本気にしか聞こえなかったからだ。



「当ったり前さねーぇ、あたいは毎日を本気で生きてる女さっ」


 このキツネ女め、早くも開き直りおった。


 しかし、吾輩わがはいを見る目つきが、獲物えものを前にした肉食獣のメスに似ておるのは、気のせいだろうか。



「……と、いう理由わけで今夜、キミの寝所に夜這よばいかけるんで、よっろしくーぅ」

「な……っ?」


 ――何という事だ。

 いつの間にやら、吾輩わがはいの、女房に捧げた貞操ていそうが、狙われているではないか。


 なれば――、この里の中で寝泊ねとまりするのは、何としても避けねばならんな。

 万が一、こんなキツネ女に襲われでもしたら――、嫉妬しっとで怒り狂う女房によって、吾輩わがはいきにされてしまう。



「あーあ……っ、虎次郎こじろう旦那だんなに言ってやりましょうか。ねぇさんがまーた、若い男を狙ってるーって?」

「ちょっ、待っておくれよーぅ、堪忍かんにんしとくれよーぉ。あの人のお仕置きで、まーぁた子供が、できちまうよーぉ」


 ふむ――、

 物騒ぶっそうな単語が続々と飛び出してきたな。


 旦那だんなに言いつけられるという事は、このキツネ女は若い男をしょっちゅう狙っている年増としまな人妻で、お仕置きされると、また子供ができてしまうというのは、すでに沢山だくさんで――。


「………………」


 ――うむ、これ以上の詮索せんさくは、やめておこうか。

 ぐずぐずしてはおれん、さぁ――、


「お二方ふたかた、参ろうぞっ」


 吾輩わがはいは、面倒ごとを振り払うように、先へ進もうとうながしたのだった、が――。

【 】内は現代語訳、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけ(●●●●)の表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為です。

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