三十三話:お買い物。
吾輩は、冬将軍こと評 利光である、が……。
現在は故あって、駆け出し業者【冒険者】の氷戸 俊通と名乗っておる。
暦上での本日は、凰平二年の一月三十日、水曜日。
今居る場所は、鎮西【地方】の寒路国【県】にある、北汰分宿という宿場町だ。
――以上。
あれから後、雪音と入れ替わるようにして、斉隆に案内された吾輩。
位置的に、隣の『よろず』という暖簾があった入り口の、奥だろうと思われる。
そこは畳敷きの広間で、やけに引き出しの多い箪笥が壁に沿って並んでいた。万屋を営んでいるだけあって、いろんな物を収納しているようだ。
さらに、その奥にも広大な部屋があった。衝立に阻まれ、詳しくは分からなかったが、結構な数の木箱が、積み上がってたような気がする。
斉隆は、手早く吾輩の背丈を採寸し、衝立の向こう側にある木箱の山へ消えてゆく。だが、さほども経たない内に再び現れた彼者の手には、吾輩の求める装束があった。
白い狩衣【平安貴族の普段着】に、若葉色の指貫【平安貴族の袴で明るい緑色】の一式。あとは足回りの追加で、吾輩が履いていた毛沓【鹿や猪などの皮で出来た靴】に合う、黒い大立拳の脛当て【膝と脛を守る防具】がある。
早速ながら着用してみたが、なかなか、しっくり、くるではないか。
これで、冬将軍を示す“三ツ鱗”紋と、指貫の色を除いては、眠りにつく前の服装に戻ったという事だ。
「そうそう、白い狩衣は白備えの制服でしてね。それに、すべての氷人は、白備え入隊の義務がありますから、この際ですので手続きしておきましょうかね?」
「ほぅ?」
白備えとは、冬将軍直参の近衛兵である。白い狩衣の着用を白備えの全員に強制したのは吾輩だが、氷人はすべて入隊しなければならないとの義務を課した覚えはない。おそらくは影武者の仕業であろうが、いったい何の利点があるのか。
いや、そんな事よりも、吾輩が入隊するのは、非常にまずいのではなかろうか。下手すると、正体がバレてしまう恐れがある。もっともらしい口実で断るとしよう。
「白備えと言えば、冬将軍直参の近衛兵ではないのか。吾輩のような若輩の者など、畏れ多過ぎて、到底務まるとは思えんので、ここは辞退させて戴きたく……」
「貴方は、言動と態度がまるで一致していませんね。ちっとも畏れ多いとは思ってないでしょう。逆に興味深いですがね?」
「それは、いささか心外だな………………」
言葉を続けようとしたが、斉隆の片眼鏡が光ったので、黙る事にした。
「まぁ、書面上での手続きだけですよ。氷人の人口を把握したいが為の、白備え入隊義務制度ですからね。もし、その気があるのでしたら、鶴城の都へ行って下さい」
斉隆が大きく溜め息をついた途端、張り詰めていた空気が和らぐ。やはり、こちらの挙動を探っていたようだ。油断大敵である。
だが、それが本当なら、別に入隊しても問題はなさそうだ。書面に載る名前はそもそも偽名であるからして、まさか冬将軍本人が白備えの末席に連なっているとは、お釈迦様でも気付くまい。ここで、変に波風立てて怪しまれるよりは、ずっと良いであろうな。
「うむ、承知した。よろしく頼むぞ」
「分かりました。入隊手続き自体は無料ですので、業者の登記書と共に鶴城の都へ送っておきますね」
「それはそうと……、斉隆殿の指貫は、もしや、検非違使の色では?」
検非違使とは、宸世全土の治安を守る組織【警察】であり、それを表す色は赤と制定されていたりする。本家本元の、京に居る検非違使は、赤い狩衣を始めとした赤尽くしの服装なのだ。その反面、検非違使の官職を持つ者以外が、赤を着る事は禁じられている。
「よく御存知で。確かに某は、検非違使でもあります。白備えの制服を着つつ、検非違使だと分かるようにしなければいけませんので、このような服装にしました」
「なるほどな……、ところで一つ聞きたいのだが、黒瀬 寒十郎とやらは知っているか?」
少し前に吾輩が成敗した、凶悪な人殺しの名前である。検非違使つながりで、ふと気になったのだ。
「黒瀬 寒十郎………………、ですか? 確か、凍海国【県】出身の、正三位を賜った、“狐火使い”の業者【冒険者】だと、記憶しておりますがね? それが何か?」
「いや、特に、どうという事でも、ないな」
ふむ………………。
斉隆の反応からして、指名手配はされていなかったようである。
これ以上の奴らに関する質問は、非常に危うい気がしたので止めにしよう。
斉隆は、白備え手続きの仕上げをすると言って、どこかへ行ってしまった。服装を一新した吾輩は、とりあえず口入屋の番頭台へ戻る。
そこには、二人の雪女が座り込んで談笑していた。
斉隆がこよなく愛する、見た目六歳にしては巨乳の幼な妻である雪華と、我が女房の、見た目十五歳の………………、真っ白な巫女服を纏った雪音である。
「やっぱりお兄さまは、狩衣が一番お似合いなのですっ」
「そ、そうか?」
「それはそうとっ、わたしの服はいかがですか?」
唐突に立ち上がった雪音の、桜色の女袴【プリーツスカート】が、ひるがえる。ほんの一瞬だが、こやつの見えてはいけない部分が目に入った。しかし、それは、吾輩が見慣れたモノとは、少し違う。
「ふふふぅーっ、お兄さまが大好きなっ、もっこ褌【ひもパン】なのですぅーっ。慣れたら案外、履き心地が良いのですよーぉ?」
ピョンピョンと軽く跳ねる雪音。女袴の中身である白い褌が、チラリチラリと見えかかる度に、吾輩の……、吾輩の股間が…………、うずいてしまう。
「これなら、いくら見えても平気なのですっ、褌さまさま、なのですよっ」
嗚呼……、そういう事か。
少し跳ねたぐらいで、やたらと白い褌が目に入るなと思っていたが、それもそのはず。こやつの履いている女袴の裾が、これまでより圧倒的に短かったのだ。
「でもでも、お膝に布が当たらないって、何だか不安なのです……」
まぁ、そうなるだろうな。
今まで、こやつの着てきた女袴の裾は、膝頭にちょうど当たるぐらいのモノだった。慣れた感触が無くなったのだから、当然と言えば当然だ。
「じゃーぁ、あたちが、もうちょっと丈の長い女袴持ってくるねーっ」
雪音のそんな呟きを聞いた雪華が、言うや否や、もうすでに奥へと走り去ってしまっていた。
まったくもって、せっかちな幼女である。うむ、これからは雪華ちさんと呼ぶ事にしよう。
「これならきっとーぉ、お膝に当たるよーぉ?」
雪華ちさんは、戻って来るのも早かった。その手には、雪音が今履いているのと同じ色の女袴がある。
「どっちにするーぅ?」
「どっちも買うのですっ」
雪音の、まさかの欲張り宣言。
だがしかし、衣服が破れた場合に備えて着替えを余分に持つのは、悪くない選択ではあるな。金子もまだまだ、充分過ぎる余裕があるからして、ここは思い切って買うべきであろう。
「では、吾輩の着替え一式も、所望してよろしいか?」
「あいさーぁ、分かったよーぅ、ぜんぶ、あたちにお任せくだちゃいっ」
* * *
見た目六歳の雪華ちさんは、愛らしい見た目に反して、大人顔負けの働きを披露した。短い時間でテキパキと、我らの旅に必要な物品一式を揃えてくれたのだ。
まず最初に、柳行李は、五百文【5000円】也。
柳行李とは、柳で編まれた長方形の箱である。背負い紐が付いている荷物入れ【リュックサック】として、旅に無くてはならない代物だ。
続いて、矢立と手帖で、百文【1000円】也。
矢立【筆記用具】は真鍮製。手帖の紙も丈夫で上質な物を使用との事。
さらには、提灯と蝋燭二十本に火打石は、四百文【4000円】也。
ほとんどが蝋燭の値段であったりする。それでも、ここ鎮西【地方】は水産資源が豊富なので、原料の魚油が安価である。他の地方ならば、これの三倍ぐらいはするらしい。
ただし、我らにとって暗闇は障害に成り得ないので、まったく必要無い物ではあるが、いざに備えるのは良い事なので、買っておく。
他には、麻綱【ロープ】と鉤【釣り針のような形の金物】十本に扇子五本は、五十文【500円】也。
正直、どれも要らなかったが、地味に役立つらしいので購入した。あと、手鏡は氷で作れるので断った。
最後に、衣服である。
吾輩の狩衣一式は、着替えも合わせて二着分で、五千文【50000円】也。
雪音の巫女服一式の二着分に、桜色で丈の短い女袴が二着の追加。さらに履物として、桜色の鼻緒で黒漆塗りの雪駄が一足。合わせて六千文【60000円】也。
「ご破算で願いまちてはーぁ、五百文なーぁり、百文なーぁり、四百文なーぁり、五十文なーぁり、五千文なーぁり、六千文ではっ、一万二千とんで五十文【120500円】になーぁり、まちゅっ」
雪華ちさんが、見た目六歳とは思えない算盤捌きで、合計をはじき出した。
(ねぇねぇっ、わたしに、わたしに、払わせて下さいよっ)
そうそう……、こやつは金子のやり取りをしたいと、言っておったな。これは絶好の機会であるからして、あとは任せるとしよう。
吾輩はそっと、雪音の左手に黄金小判を二枚、握らせてやった。
「これでっ、お支払いするのですっ」
雪音は興奮した口調で、番頭台に金の小判を二枚、滑らせるように置いた。
「お客ちゃん、両替料として百文【1000円】いただきまちゅから、一万二千百五十文【121500円】でちゅので、お釣りが七千と八百五十文【78500円】でちゅね」
宸世においての小判の重量は、五匁【約19グラム】と統一されている。それに、使われた金属によって、小判そのものの貨幣価値が定められているのだ。
それに照らし合わせると、金の小判一枚当たりの価値は一万文であり、対して銀小判の価値は、一枚百文である。
すなわち、雪華ちさんが出したお釣りは、銀の小判七十八枚と、銅銭が五十枚である。
「ありがとなのですっ」
番頭台に並べられた銀貨を、一枚ずつ滑らせながら取り上げ、満足そうな笑みを浮かべる雪音。
それはそうと、我らの現在の所持金はどうなっているのか。
隠れ里から、三十九万文【390万円】を戴いたが、業者登記に十二万文【120万円】を支払う。さらに、旅に必要な物を揃えたので一万二千百五十文【121500円】が支出となる。
と………………、いう事は、我らの全財産は現在、二十五万七千八百五十文【2578500円】であるようだ。
計算が間違ってなければの話だが………………。
(お兄さまは、算数が苦手ですもんね?)
うむ、そうなのだ。
吾輩は、昔から数字が苦手でな。すべて家臣に任せておった故、今まで何とかなっておったのだが………………、それに扱う額も多過ぎるので………………、これからどうしたものか、悩みどころではある。
【 】内は現代語訳と省略用語、その気などや“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけともののふの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、『 』内は紙などの媒体に記されている文字を表し、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。




