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冬将軍、南進す! ~猛吹雪もののふ無双~  作者: 嵯峨 卯近
<第二部・二章> 北の果ての宿場町。業者としての第一歩。
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三十話:雪国の宿場町は、白かった。

 吾輩わがはいは、冬将軍こと(こおりの)利光(としみつ)である。

 こよみは分からんが、冬なのは確かであろう。

 今居る場所は、鎮西ちんぜい【地方】の寒路国さむじのくに【県】にある、北汰分きたわけ宿じゅくという宿場町だ。


 ――以上。




 澄んだ青空の下に白い山々が映え、さわやかな午前の日光が降り注ぐ冬の宿場町、北汰分きたわけ宿じゅくに着いた我らは、木枠で組まれただけの簡素な造りをした北門から入り、そこから続く真っ白な大通りをとりあえず南へ向かって進んでいた。


 大通りの両側には、屋根にこんもりと雪を乗せた木造家屋が、ずらりと並んでいる。しかも、だいたい看板が軒先に掲げられてあり、それらがすべて旅籠はたご【宿屋】である事を示していた。

 さらに、そんな旅籠はたご【宿屋】の出入口から一間いっけん【約2メートル】ほど離れた場所に、人の手が加えられた形の良い松が大通りに沿っていくつも植えられており、その外側に、雪を落として流す為の水路が、大通りと並行するように走っている。おそらくは、先ほど渡った北汰分川(きたわけがわ)へ流れてゆくのだろう。


 今の所、通行人は見当たらない。家屋の中に気配は感じるので、街自体がまったくの無人という訳ではなさそうだ。



(街ですっ、街なのですよっ)


 それにしても、北汰分(きたわけ)宿じゅくに入ってから雪音ゆきねの様子がおかしい。

 何というか。妙にべったりと、引っ付いてくるのだ。

 我らは浮いているので、足が絡んで転ぶ事はまず無いのだが……、ともかく引っ付き過ぎである。さすがに恥ずかしいぞ。



(どうしてなのです? わたし達は夫婦なのですよ? こんな時こそ、わたし達の仲の良い所を、思いっきり主張すべきなのですっ)


 言ってる意味もその思惑もよく分からんが、とにかく公衆の面前で見せ付けたい【イチャつきたい】のは理解した。なればこそ、無理にでも引きはがしたい所ではあるが、それをすれば雪音ゆきねが駄々をこねて面倒な事になりそうだし、いかんせん……。

 本当に、頭が悪くて子供っぽい女房を持つと、いろいろと苦労させられるな。



(ふみゅぅ……、頭の悪いお兄さまを持つと苦労させられるのですよぉ……。女の子になってみれば、わたしの気持ちも、少しはお分かりになると、思うのですけどぉ?)


 うむ、却下であるぞ。女子おなごになるのは、まっぴら御免だ。



(別に、いいのです……)


 溜め息を吐いた雪音ゆきねが、さらにぎゅっと左腕を締め付けてくる。

 幸い、人通りも無いし、しばらくはこのままで良いか。

 しかしながら、我らの目的である口入屋の看板は、一軒も見当たらないな。






 やがて、北汰分きたわけ宿じゅくの中央と思われる地点に差し掛かった。

 右手西側に、青地に白抜きの“うろこ”紋が染め上げられたのぼりが、何本も立っている立派な門構えの屋敷。のぼりの青地はこの寒路国さむじのくに【県】を統治する寒河さんが家を表し、紋所は鶴城つるぎ幕府および冬将軍のモノであるから、まずもって代官所で間違いないだろう。

 次に、左手東側と前方には、相変わらずの真っ白で平坦な大通りが続く。ここは要するに、道が丁字になっただけの、少し広まった場所である。


 そんな広場のど真ん中に高札こうさつが三本ほど立っており、それを囲うように四本の大きな松が植えられている。どうやら、こちら側には何も書かれていないようなので、おそらく正面は南側へ向けられているのだろう。

 高札こうさつとは、法令などを一般庶民へ周知させる為に掲げられた立て札である。


 では、表側に回るとしようか。




凰平おうびょう二年、一月三十日、水曜日』




 真ん中に位置する高札こうさつには、そのように記された紙が、画鋲がびょうによって貼り付けられていた。ちなみに、今は何も書かれていない残り二本の高札こうさつは、為政者が重要事項を告知する為に使われるはずだ。

 あと、雪に埋もれて分かりづらいが、三本の高札こうさつの下には石造りの日時計らしき物が設置されている。


 要するにここは、こよみを知らしめるのが主目的の場所であり、街の中央広場のほとんどが、これと同様の造りになっている。

 宸世しんぜにおいて、こよみ書【カレンダー】は非常に貴重な物で、一般には出回っていない。こうした広場に赴いて曜日を確認するのが、街に住む人々の習慣なのだと聞いた事がある。



凰平おうびょう二年、なのですね)


 宸世しんぜこよみを管理しているのは、朝廷である。曜日は日月火水木金土の七つ有り、一月ひとつきは三十日有り、年号は皇尊すめらみことの譲位によって代わる。凰平おうびょう二年というのはすなわち、最近をもって皇尊すめらみことの御代が替わった事になる。



 ――その時、



「ちょっとぉーっ、花梨かりんーっ、気を付けて行きなさいよぉーっ、西の山は霧が掛かってて、危ないからぁーっ」


 突如として、雪音ゆきねとは別の女子おなごの声が耳に入ってきたので、思わず右後方へ振り向いた。

 高札こうさつを見ていた吾輩わがはいは今、北を向いているので、つまりは南東から聞こえてきた訳か。

 そんな角地に建てられた比較的大きな屋敷から出てきたのは、背中に黒い翼を生やした、おかっぱ頭の女子おなごだった。



「分かったってばー、もぉ、沙羅しゃらってば、心配性なんだからぁ」


 その屋敷は、『聞屋ぶんや』と記された看板が出入口に掲げられており、またもや黒い翼を持った女子おなごが、中から出てきた。二人とも、上半身はふっくらした防寒着をまとっているが、足は丸出しで一本歯の高下駄を履いている。



「行ってくるよぉー」

「気を付けてねーっ」


 花梨かりんと呼ばれた、おかっぱ頭の女子おなごは、一本歯の高下駄を脱いで左手で抱え、黒い翼を広げた。

 続いて、雪の上を裸足で駆けて助走をつけ、離陸する。そのまま、風をつかむ為にしばらく上空を旋回していたが、やがて見えなくなってしまった。



「なんかぁ……、あの霧って、ヤな予感するんだよぉ……」


 見送った方の、後ろ髪を二つ【ツインテール】に束ねた沙羅しゃらという名前らしい女子おなごが、西の山々を見ながら物憂ものうげな表情を浮かべていた。


 ふむ……、あの二人はからす天狗てんぐというもののふ(〇〇〇〇)女子おなごであるな。

 奴ら天狗族てんぐぞくは、大空を高速で飛び回れる唯一無二の能力を活かし、聞屋ぶんや【情報屋】という商売を宸世しんぜ全土に展開している。



(あっ、あのっ、お兄さまっ、あれっ、あれを見てっ、見て下さいよっ)


 いきなり、興奮した口調でまくし立てる雪音ゆきね

 いったい何を見れば良いの……だ……。なっ、なぬうっ?

 何だっ、あれはっ?



(すっ、すごいっ、すごいのですよっ、あんなに短いなんてっ、今の子って、なんて大胆なんですかっ)


 吾輩わがはいが目の当たりにしたのは、屋根の上で雪下ろしの作業をしている一人の雪女。いや、あれは雪ん子だ。問題なのは、あの子が履いている薄茶色の女袴めばかま【プリーツスカート】のすそである。なんと、膝上ひざうえ六寸【約18センチ】以上の、あまりにも短いっ、あっ、あれだ。いろいろとまずい所が、今にも見え……っ、見えてしまうっ。実に、けしからん。けしからんぞっ。



(あの……、お兄さま……?)


 いったい何だというのだ。今はそれどころではないのだ。うむ、もう少しだ。もう少しで見えるな。まったくもってけしからんので、この目でしっかと焼き付けてやろうぞ。



(あのぉ……)


 えぇい、うるさいっ。何度も言わせるでないっ、よし、見え……っ。



「なんだ………………、と……ぅ」


 だがしかし……、女袴めばかま【プリーツスカート】の中から見えた予想外の光景に、吾輩わがはいは思わず驚きと落胆が混じった微妙な声を上げてしまった。



「あれは……、ふんどし……、なのか……、女子おなごが……、か?」


 確かに、もっこふんどし【ひもパン】という、女子おなご用のふんどしがあるのは知っていたが、まさか、あんな年端も行かない雪ん子が、白いもっこふんどし【ひもパン】を履いているなんて、夢にも思わなかったぞ。



(女の子は、わたしのように、何も履いてないのが、普通ですもんね?)


 そうである。

 ふんどしは、男子おのこなら誰しも履いている、男子おのこならではの布であるのだ。

 女子おなごふんどしを身に着けるなぞ言語道断である。いったい、どういう事なのか。



(それでお兄さまはあんな年端も行かない雪ん子のあられもないお股をまなこに焼き付けたかったのですね? わたし以外の年端も行かない女の子のお股に期待したのですね? それって浮気ではないのですか? お兄さまの浮気者ぉー、助平ぇー、変態ぃー)


 早口で何やらのたまっている雪音ゆきねだが、どことなく棒読みなので、本気で怒っている訳ではなさそうだ。吾輩わがはいのような氷人こおりびとは、相方である雪女以外の女子おなごのあられもない姿をいくら見たとしても、まったく興奮しないので安心しているのであろう。



(ふみゅぅ……、ふしだらなお兄さまは、あとでお仕置きなのです。でわでわ、口入屋も見つけましたし、行きましょうか?)


 ほぅ……、いつの間に見つけていたのだ。



(ほらほらぁ、お兄さまが夢中で見ているあの子の下に?)


 先ほどから、白いもっこふんどし【ひもパン】を惜し気もなくさらしながら、屋根の雪下ろしをしている雪ん子。その建物に『よろず屋』と達筆で記された看板が、あった。

 だが、いくらよろず屋であっても、さすがに口入屋まではやっていないとは、思うのだが……。



(もっと下を見るのですよ、暖簾のれんにあるでしょ?)


 ふむ……、なるほど。

 建物には入り口が二つあり、片方の暖簾のれんには、確かに『口入れ』の文字があった。

【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけ(●●●●)もののふ(〇〇〇〇)の表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、『 』内は紙などの媒体に記されている文字を表し、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。

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